「ちょっと通してくれねぇか?」
「は、はい!」
「どうぞ!」
もう夜も随分更けたというのに、冒険者ギルドには人々がひしめき合っていた。皆、思い思いの恰好で武装した冒険者たちだ。たまに普通の町人のような姿の者もちらほらと見える。
なんで、今日はこんなに人が多いんだ? 祭りかなんかか?
これは、お目当ての人物を探すのは難しそうだな。
そんなことを思いながら、オレはその人垣に割って入っていくと、お目当ての人物はすぐに見つかった。並みの人間より頭一つ分は大きい人物。リボンに結ばれたご立派なヒゲと、見る者の目を引く豪奢な深紅のローブが特徴的だ。
「よお、オディロン。邪魔するぜ」
オレは人の波を泳ぎながら、オディロンに声をかける。すると――――。
「いらっしゃったぞ!」
「おい、退け! 道を開けろ!」
「おい! 押すなって!」
「誰よ? 私の足を踏んだのは?」
冒険者ギルドに密集していた冒険者たちが、まるで一つの意思を共有しているかのように動き出す。できあがるのは、オレからオディロンへの一直線の道だ。まるで、波が真っ二つに割れたような光景に、オレは目をぱちくりさせる。
「来たか親友! こっちに来い!」
「お、おぅ……」
異常な光景に戸惑うオレに、オディロンから声がかけられた。オレはできたばかりの人垣の道を通ってオディロンの居るテーブルまで辿り着いた。
「まぁ座れよ。今日の主役はお前さんだ」
「主役? 何の話だ? それよりも、今日はなんでこんなに人が居るんだ? 祭りかなにかか?」
「皆、お前さんのために集まったんだ」
「オレのために?」
オレは、オレとオディロンを幾重にも囲むように居る冒険者たちを見渡すと、皆がオレを見ていた。オディロンの言葉を肯定するように頷く奴の姿も見える。
なんでこんなに大勢の冒険者がオレのために集まるんだ? 訳が分からない。
オレの顔に浮いた疑問符に気が付いたのだろう。オディロンが二ヤリと笑って口を開く。
「皆、明日の決闘でお前さんに勝ってほしいと願っている連中じゃ。慕われておるのぅ。眩しいわ」
「オレの勝利を……?」
自慢にもならねぇが、オレは人に慕われるような性格じゃねぇ。それに、マクシミリアンのように孤高の強さ持ってるわけでもねぇし、その強さへの信奉者が居るわけでもねぇ。単なるおっさん冒険者だ。
そんなオレを慕う連中はおろか、決闘の勝利を願ってくれる連中なんて居ないと思っていた。それが、こんなに大勢居るとは……。なんだか狐や狸にでも化かされている気分だ。
「こんなに居るのかよ……」
「応とも!」
知らず知らずのうちに零れたオレの呟きに、オディロンがニカッと笑い頷く。
「これだけじゃねぇぞ! 町人たちにも大勢居る。お前さんは、パーティを組む全ての冒険者の希望の星だからな」
「希望の星? オレが?」
そんな話聞いたことないぞ?
「知らぬはお前さんだけじゃて。お前さんはひどく卑屈なところがあるからな。ワシが言っても信じられんと思って、皆に集まってもらった」
「そりゃ……」
たしかに、オディロンにただ言われただけでは信じられなかっただろう。だが、実際にこれだけ多くの人間が集まっているのだ。嫌でも信じざるをえない。
「オレはそんな大層な人間じゃねぇんだが……」
「何を言っておる。お前さんはパーティを組む全ての冒険者の希望と言ったじゃろ? お前さんは、パーティを組んでお互いの得意不得意をかみ合わせれば、一人よりもよっぽど強くなれるという当たり前のことを、自らの行動でもってワシらに思い出させてくれた」
たしかに、“雷導”や“悪食”なんていう逸脱した個の強さを持つ奴が居ると忘れちまいがちかもしれないが、個人よりも統率の取れた集団の方が強いに決まっている。
「オレは弱いからな。パーティを組まないとダンジョン攻略なんてできねぇ。それだけのことだぜ?」
オディロンの言うように、オレが冒険者たちを啓蒙していたわけじゃない。あくまで、オレにはこれしか道が無かっただけだ。
「分かっておる。じゃが、“雷導”の奴は、パーティを組む冒険者を散々コケにしてきたからの。たしかに、あ奴は強い。圧倒的じゃ。じゃが、あ奴にワシらの命よりも重い絆をバカにする資格なぞ無い!」
話していてヒートアップしたのか、オディロンが強くテーブルを叩く。それほどまでに義憤が溜まっていたのだろう。オレたちを囲む冒険者もオディロンの言葉に同意なのか、苦虫を嚙み潰したような顔で頷いている姿が見える。
「……すまんの。思い出しただけで怒れてきてしまった。ワシはお前さんに重荷を背負わせたいわけじゃないんじゃ。お前さんが“雷導”に勝てれば万々歳じゃが、今はまだ厳しいのも分かっておる。じゃから、ワシらは連名で冒険者ギルドに働きかけた」
「冒険者ギルドに?」
たしか、姉貴が言っていたな。決闘を止めさせようという動きがあると。こんなにも大勢の人が動いていたのか。見渡せば、冒険者ギルドの壁が見えないほどの人の波。オレの想像以上の人が動いていることに驚いてしまう。
姉貴には無理だと切り捨てたが、これだけの人々が動けばあるいは……。
「どうなったんだ?」
オレは一縷の望みをかけてオディロンに問いかける。
「ダメじゃった。冒険者ギルドは貴族たちともめることに二の足を踏んでおる。貴族たちにも掛け合ってみたんじゃが、金銭は要求するクセに、まったく動く気配もない。時があれば交渉の余地もあるんじゃが……。なんにせよ、時間が足りぬ」
「そうか……」
マクシミリアンとの決闘自体止めることができれば、それが一番だったが、それは難しいようだ。
「お前さんならあるいは“雷導”に勝てる手段があるのかと思っていたんじゃが、その様子じゃと、難しいようじゃな……」
「あぁ……。相手はあの“雷導”だぜ? 勝機も見えねぇよ……」
「そうか……。クソッ! あの卑劣漢が、お前さんのパーティメンバーに手を出すと脅したのは知っておる。お前さんを決闘の土俵に上げるためになッ!」
オディロンがギリリッと歯を噛み鳴らす。人のためにここまで怒れるオディロンに、オレは温かいものを感じた。
「結局、ワシらは決闘を止めることができなかった……。じゃが、少しでもお前さんの力になりたくて、お前さんを呼ばしてもらったんじゃ。ワシらの持つ装備が、宝具が、戦術が、情報が、お前さんの力になれるかもしれん。ワシらは、お前さんへの協力を惜しまぬ」
オレはオディロンの言葉に驚いてしまう。
「宝具まで貸してくれるのかよ?」
宝具には人知を超える力を持つ物もある。それこそ、パーティの切り札として秘匿されている宝具もあるだろう。その宝具を貸し出しに応じるってのか?
「そうとも! ワシらの全てをお前さんに託す。皆、そうじゃろう?!」
「応!」
「もちろんだ!」
「やってらろうぜ!」
オレは周りを見渡すと、冒険者の誰もが真剣な表情を浮かべて頷きが返ってくる。コイツらは本気だ。本気でオレの勝利を後押ししてくれている。
「マジか……」
「マジじゃよ。皆、お前さんの勝利を望んでいると言うたじゃろ? それに偽りはない!」
思わず零れたオレの言葉に、オディロンが頷いて応えた。