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第86話

「GYAOHOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!」

 白狼は、天に吠えるように断末魔を叫ぶ。その白銀に輝く幻想的な巨体をビクリッと震わせると、ボフンッと大きな白い煙となり果て、消えていく。ここのところ毎日見ている光景だが、そこには儚い美しさがあった。

 例のボスの色違い。オレが黒狼を討伐してから、早くも五日経っていた。『白狼の森林』に潜り始めてから、今日で10日目だ。

 黒狼の登場で一日潰れたとはいえ、もう九度も『白狼の森林』に潜っている計算だな。パーティメンバーの皆も力を付けてきたし、オレはそろそろ『白狼の森林』を卒業しようと、卒業試験を実施することにした。

 その結果が、まるで狼煙のようにたなびく大きな白煙だ。

 たなびく白い煙の元に居るのは、三人の少女たちだ。紺のワンピースに白銀の鎧を身に纏ったエレオノール。黒に赤のラインが入った軽装鎧の剣士ジゼル。闇に溶けるような黒のピッチリとした装備に身を包むクロエ。我ら冒険者パーティ『五花の夢』が誇る前衛陣たちの姿だ。

 彼女たちは、オレの期待以上に成長してくれた。もう白狼すらも危なげなく三人で討伐できるほどだ。

 今回のダンジョン攻略で、間違いなく一番成長したのはエレオノールだろう。最初はオオカミにいいように遊ばれていた彼女だが、今では五体以上のオオカミを軽くあしらえるまでに成長していた。

 アタッカーであるジゼルの成長も目を瞠るものがある。道中のオオカミは一太刀の元に斬り捨てるし、白狼の巨体も断ち斬るまでに成長した。白狼を安定して討伐できるようになったのは、間違いなく彼女のおかげである。

 そして、忘れてはならないのは、我らがピュアピュアエンジェルクロエたんの存在だ。敵の死角に潜り込むことが格段に早くなり、よりコンスタントに敵を屠ることができるようなった。白狼戦でもその早さは健在である。白狼に一番ダメージを入れているのは彼女だろう。

「いい感じだな。これなら合格でいいだろう」

「そうね。いいんじゃないかしら……」

 オレの独り言に相槌が返ってきた。いつの間にかオレの隣に立っていたイザベルからだ。イザベルの声にいまいち張りが無いのは、自身が全く活躍していないからか、新魔法の開発に苦労しているからか……。

 オレは、気が付いたらそんなイザベルの頭に手を置いていた。クロエの頭よりも高い位置に手を置くのは、オレに新鮮に気持ちを与えた。

 イザベルの頭に手を置くつもりなんてこれぽっちも無かったが、置いてしまったものは仕方ない。なにもしないのは逆に失礼かと思って、イザベルの頭を軽く撫で、優しくぽんぽんと頭を叩いてみる。

「なに? 気安く頭に触れないでくれるかしら?」

 言葉だけ聞くと嫌がっていそうだが、振り払われる気配もなく、その語気には勢いがない。いつもなら絶対零度の視線が、今日は呆れたように半目になる程度だった。

 そこまで嫌がっているわけではないが……。まぁ、深追いは禁物か。

「悪かった」

 オレはそれだけ言ってイザベルの頭から手を放す。その時、少し寂しそうな視線を寄こしたように見えたのは、オレの勘違いだろうか?

「ん?」

 その時、オレのローブをちょんちょんっと引っ張るような感覚を覚えた。下に目を向けると、リディの赤い瞳がオレを見上げていた。

「わた、し……も……」

 少し判断に時間を要したが、リディは、自分の頭も撫でろと言っているのだろうか。

 オレは恐る恐るリディの白銀の頭へと手を伸ばす。クロエよりも頭一つ分は低いリディの頭。力を入れたら壊してしまいそうで、ゆっくりとゆっくりと丁寧に撫でていく。

「むふー。かんせ、つ、なでなで……」

 リディが気持ちよさそうに目を閉じ、微かに口を開けて呟く。かんせつなでなで? 間接なでなでか? なんだそれ?

 よく分からないが、リディの中では満足のいくものだったらしい。見たこともないくらい気持ちよさそうに顔を蕩かさせている。

「あー! リディたんだけずるーい! あーしも! あーしもなでなでしてー!」

「ちょ!? ジゼル! 待ちなさいったら!」

「あらあらぁ~」

 リディを撫でていたら、前衛陣も戻ってきた。

「ほらほらアベるん。なでてなでてー!」

 オレみたいなおっさんに頭を撫でられるのがそんなに嬉しいのか、ジゼルがオレの左手を手に取ると、自分の頭の上に置く。オレは仕方なくジゼルの頭を撫で始めた。

 まぁ、嫌われるよりもよっぽどマシか。

 右手でリディの頭を撫でて、左手でジゼルの頭を撫でる。そんなオレを見て、クロエが少し頬を膨らませていた。納得いかないことがあった時のクロエのクセだ。かわいい。クロエも頭を撫でてほしいのだろうか?

 しかし、前にクロエの頭を撫でた時、「あたしもう子どもじゃないんだから!」と怒られてしまったことがあるオレとしては、ちょっと難しいところだな。本当に撫でてもいいのだろうか?

 撫でたいか撫でたくないかで言うと、俄然、撫でて愛でたいが、こういうのは本人の気持ちが大切だからな。

「その……なんだ。クロエも撫でるか?」

「べつにいいし……」

 クロエが腕を組んで、そっぽ向いてしまった。くそっ! クロエに寂しい思いをさせるなんて、オレはなんてダメな奴なんだ! なんでオレには腕が三本ないんだ!

「あらぁ~。アベルさんモテモテですねぇ~」

 エレオノールが微笑ましい表情を浮かべ、おっとりした表情でそんなことを言った。

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