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第84話

「ふぅー……。なんとかなったな」

 オレは、滑り落ちてくる黒い巨狼の顔を見ながら、安堵の溜息を吐く。その大きな赤い瞳は、既に輝きを失い、なにも映していない。

 今回の黒狼戦は、運がよかった。黒狼は、オレの想定以上の行動を取らなかったからだ。もし予想外の行動を取られれば、もう少し苦戦していただろう。まぁ、オレの勝利は動かないだろうがな。

「ぶっつけ本番だったが、使えるじゃねぇか。“カット”の能力はよ」

 今回、黒狼に致命の一撃を与えた首の切断。あれはオレの新たな能力“切断”によるものだ。

 “カット”は、収納空間に触れたものをほんの少しだけ収納し、収納空間を閉じることで発動する。例えば、パンを半分だけ収納空間に収納し、収納空間を閉じると、そこには滑らかな切り口で半分に両断されたパンだけが残る。

 原理はこれと同じだ。

 オレは、黒狼の首を両断するように収納空間を展開し、少しだけ黒狼の首を収納した。後は収納空間自体を閉じちまえば、収納された部分を失い、黒狼の首が両断される。

 今回、最も驚いた点は、展開しただけの収納空間は、物理的な影響力を持たず、物体を透過することに気が付いた点だろう。このおかげで、オレはどんなに太く固い物でも、関係の無く両断できる可能性が出てきた。

 オレの【収納】のギフトは、今のところなんでも収納できるからな。

 この“カット”の能力は、ロクな近接攻撃能力を持たないオレにとって、まるで福音のように感じられた。収納空間が展開できる距離までという有効範囲の制限があるが、それもかなり広い。

 本当に汎用性の高い良い能力に気が付いたものだ。“ショット”の能力の発見以降、【収納】のギフトの能力を試しに試してよかったな。“カット”以外にも、更に二つ新たな能力を発見できたし、万々歳だな。

 ギフトってのは、使い手の発想次第でここまで多彩になるのかと驚いたほどだ。

 これは、まだまだオレの思いもよらない新能力が隠れているかもしれないな。これに満足することなく、研鑽を続けないとな。

 オレは気を引き締め直すと、前方の白い煙の中から、パサッとなにかが草の絨毯の上に落ちる音がした。おそらく、ドロップアイテムだろう。色違いは、アイテムのドロップ率が高いらしいからな。これがレベル4以上のダンジョンなら、宝具のドロップも期待できるというのに、まったく、なんでレベル3なんかで色違いと遭遇するかねぇ。なんだか無駄に幸運を消費したようで面白くない。

「まぁ、“カット”の能力も実戦で確認できたし、よしとするか」

 オレは気を取り直して前を見る。薄れてきた煙の向こう。草の絨毯の上に、黒いツヤのある大きな毛皮が落ちていた。これは……。

「黒狼の毛皮か……」

 手に持つとズシリと重く、思ったよりも大きいことが分かる。

「白狼の毛皮はわりと高値で売れるが、黒い毛皮はどうなんだろうな?」

 そんな疑問を呟いて、オレは黒狼の毛皮を収納空間にしまう。

「叔父さーん!」

 マイプリティエンジェルの声に後ろを振り向けば、クロエをはじめ、パーティの少女たちが駆け寄ってくるのが見えた。

「すごい! すごいよ叔父さん!」

 先頭を駆けてきたクロエが、オレに頭突きするように抱き付いてきた。オレはチェインメイルを中に着込んでいるからクロエの頭が心配である。痛くなかっただろうか?

 しかし、クロエは頭の痛みなどまるで感じていないようにガバッと顔を上げると、オレの顔を見つめる。クロエの黒曜石のような大きな瞳が煌めいた。

「すごいよ叔父さん! 色違いに勝っちゃうなんて! しかも楽勝じゃない!」

 クロエがオレの勝利を我がことのように喜んでくれる。オレに抱き付いたまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねて、全身で喜びを表現していた。クロエが喜んでくれて、オレの心もぴょんぴょんする気持ちだ。クロエが喜んでくれるなら、オレはなんでもできる気がした。

「アベるんちょーつよつよじゃーん! マジつよーい! 強過ぎて惚れちゃうレベルなんですけどー!」

 そう言って、ジゼルがオレの右腕に抱き付くと、オレの右手を手に取って、きゅっと互い違いに指を絡ませる。俗に恋人繋ぎと言われるアレだ。ジゼルがオレの手をきゅっきゅっと握るたびに、慣れない感覚に背筋がゾワゾワする。何のつもりだ?

 クロエから目を離してジゼルを見ると、濡れたように潤んだ輝きを見せるジゼルの緑の瞳と目が合う。オレと目が合うと、ジゼルの瞳がゆっくりと閉じられていく。

 踵を上げて近づくジゼルの顔。オレを信頼するように閉じられた瞳。ほのかに上気した頬。微かに開いたツヤツヤの唇。まるでキスを待っているかのような顔だが、オレとジゼルはそんな関係じゃない。ジゼルは何をしているのだろう? オレに何を求めているんだ?

「ちょいちょいちょいっ!? ジゼル! あなた何してるのよ!」

 すると、クロエが慌てたように声を上げて、ジゼルの体を揺さぶった。ジゼルの同い年のクロエには、ジゼルが何をしているのか分かったのだろう。若い女の子たちの間で流行っていることなのだろうか?

 残念ながら、オレには今の若い女の子の好みなんて分からないからな……。いや、いつまでも分からないから仕方がないで通すのは甘えかもしれない。オレも若い女の子たちの流行りや好みを研究するべきだろう。そうすれば、今より円滑なパーティ運営ができるはずだ。

「なーにクロクロ? こういうのは早い者勝ちって決まってるんだよー?」

 クロエに揺さぶられて、渋々といった表情で目を開けるジゼル。結局、ジゼルは何をしたかったんだ? ヒントは早い者勝ちらしいが……。まったく思いつかない。

 オレは素直にクロエに訊いてみることにした。

「クロエ、ジゼルは何がしたかったんだ? 早い者勝ちらしいが……」

「えっ!? えっと……それは……」

「アベるん鈍すぎ……」

 オレの問いかけに、クロエは言葉を濁し、ジゼルは半目でオレのことを見ていた。なんだろう? なにかミスったことは分かるのだが、なにをミスったのかが分からない。どういうことだよ?

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