静まり返ってしまったクロエたち。皆が怯えたような、恐怖を含んだ真剣な顔を浮かべていた。オレはそのことに満足する。彼我の戦力差も分からなくなっちまったら、冒険者として終わりだからな。
クロエたち『五花の夢』の少女たちは、いろいろな問題や試練を突破してきた。たしかに、最初期に比べれば、各々が見間違えるほど成長してきたが、それでも、まだレベル3ダンジョンの色違いボスを打倒できるほど程ではない。
彼女たちは、まだ成長途中なのだ。いつかは討伐できる日も来るかもしれないが、それは今ではない。
今ここで重要なのは、クロエたちがちゃんと恐怖心を残していることだ。
恐怖というのは、厄介なもので、いざ戦闘となれば、どんな恐怖も克服しなければならない。
しかし、恐怖を克服し続けて、恐怖が麻痺してしまうと、今度は怖がるべきところでも恐怖を感じなくなってしまうことがある。コイツが厄介だ。
冒険者の間では、恐れ知らずなんて、まるで長所のように持て囃されるが、恐れを感じ取れない奴なんて、冒険者として欠陥品だ。こういう奴は、彼我の戦力の差も分からず、無茶ばかりするからな。
無茶をして、一度痛い目を見たなら自分の間違いにも気付けるだろう。しかし、間違って成功してしまうと、手に負えなくなる。恐れ知らずが、へんな自信を付けて、傲慢へと変わる瞬間だ。
そんな奴の最期ってのは、どれも揃えたように無謀な戦いの果てに戦死だ。
オレは、クロエたちにはそんな愚か者にはなってほしくない。
「今、感じている恐怖を忘れないことだ。怖がっていることが恥ずかしいなんて考えは捨てちまえ。冒険者ってのは、臆病なくらいが丁度いい。決して無理はしないようにな」
オレは、クロエたちの顔を順々に見つめながら言い聞かせていく。
「まぁ、恐怖を克服している訓練をしているのに、真逆のことを言っているのは、オレも承知している。だが、どうしようもない恐怖を感じたら、素直にその心に従うことだ。楽観的な考えは捨てろ。それが長生きするコツだ」
自分でも上手く説明できたとは思えない拙い言葉だが、クロエたちは、オレの本気を感じ取ってくれたのだろう。彼女たちは、真剣な表情を浮かべたままオレに頷き返してくれた。
「まぁ、色違いの説明については以上だ。そのダンジョンではありえないくらい強いからな。普通は全力で戦闘を避けるべき相手だってのを覚えてくれればいい。今回はボスっていう分かりやすい色違いが出たが、通常モンスターでも色違いの出現はありえる。むしろ、通常モンスターの色違いの方が、確率的には断然高い。偵察、そして釣り役であるクロエは、よくよくモンスターを観察する目が必要だ」
「はいっ!」
クロエの元気のいい返事に満足し、オレはクロエに頷き返す。まぁ、パッと見りゃ違和感で気が付くことができるだろう。そんなに心配はしていない。
「問題は、モンスターリンクした時に、色違いが紛れ込んでいる可能性があることだ。釣るモンスターのパーティだけじゃなくて、リンクしそうなモンスターのパーティにも気を配れよ。広い視野を持て」
「お、叔父さん……」
オレの話を真剣な表情で聞くクロエが愛おしくなって、気が付けばオレはクロエの頭を撫でていた。真剣な話をしている最中に、自分でもどうかと思うが、いや、かわいかったんだよ……。クロエがかわいすぎるのが悪い。オレは悪くない。無罪。
「ま、まぁ、そういうこった」
自分でもどういうことなのか分からなかったが、オレは話を締めくくったのだった。
「それでは、今回のダンジョン攻略は、これで終了でしょうかぁ? さすがに、いくらなんでもレベル5ダンジョンのボス相当のモンスターと戦えると思うほど、わたくしは己惚れていませんからぁ……」
「そうなるわね。無理に倒す必要もないのだから、危険は極力排除すべきよ」
「だよねー。さすがのあーしちゃんにも、ちょーっとだけ荷が重たいかもー」
「ん……さん、せい」
「いや、色違いは倒しちまおう」
エレオノール、イザベル、ジゼル、リディによって、話がダンジョン攻略を諦める方向に向かいかけたのを、オレは否定する。
「貴方、今まで懇々と色違いモンスターの危険性を説いていたじゃない。どうして、その貴方が反対するのよ?」
イザベルが、その細い両腕を組んで、オレを睨み付けるように見据える。断固として反対すると、その不思議な色合いの瞳が言外に語っていた。
自分をはじめ、仲間の命が懸かっていることだからな。生半可な気持ちでは許さないと、本気の目をしている。
「んっ……!」
リディも相変わらずイザベルのスカートに抱き付いて、しかし、その子どもっぽい仕草には似合わないほど、赤い瞳は責めるような険しい視線でオレを見ていた。
「……マジ? 色違いってヤバいんだよね? え? 逃げるぱてぃーんではないの?」
「あの……。アベルさ……んは、なぜ色違いのボスに挑むと言うのでしょう? なにか勝算があるのですかぁ?」
ジゼルもエレオノールも混乱し、困ったような表情を浮かべて、オレに真意を問うてくる。
「……叔父さん。本気……?」
姪のクロエまで、オレを驚きの表情でもって見つめていた。
まぁ、今まで散々、危険だと警鐘を鳴らしてきた本人が手のひらを返せばこうなるか。
「無論、本気だ」
オレはじっくりとクロエたちの反応を観察した後、そう言ってのけた。