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第79話

 なぜか機嫌が急降下してしまったイザベル。その眼鏡の向こうの不思議な色を湛えた眼差しは、背筋がゾクゾクとするほど冷たい。なんだか、ムズムズする。開けてはいけない新しい扉が開いてしまいそうだ。

「叔父さん、今のは叔父さんが悪いよ……」

「えー?」

 クロエがそう言うなら、まったくもってその通りなのだろう。オレは知らず知らずのうちに、またなにかやらかしてしまったようだ。

 自分の口が悪いことは理解しているつもりだったが、どうもオレは失言が多いらしい。

「ちなみにだが、今回は何が悪かったんだ?」

 古いエルフの言葉にもあるように、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥だ。同じ失敗を繰り返さないためにも、過ちを認めて改善するのは必須だろう。

 オレは進化するおっさんなのだ。

「女の子に向かって太るって言うのはちょっと……」

 クロエが困ったように眉をハの字にして言う。

 オレも女性に向かってデブと言うのは失礼だとは知っている。と言うか、相手が男にもデブなんて言ったら失礼だ。

 たしかに、イザベルに向かって太っているなんて言ったら、失礼だというのはオレにだって分かる。だが、今回は痩せ過ぎているイザベルに、もう少し肉を付けてもらいたいという、オレの善意100パーセントの言葉だったのだが……。

「しかしなー……。オレはイザベルが太いなんて一言も言っていないぞ? むしろ、痩せ過ぎだから心配しているくらいだ。たしかに、太ろうなんてワードセンスは悪かったかもしれないが、イザベルはもう少しくらい肉が付いた方が魅力的だと思う」

「ちょ、貴方!?」

「叔父さん!?」

 オレの言葉に、なぜかイザベルとクロエが色めき立つ。なぜだ?

「それに、冒険者たるもの太ることを恐れてはならない。筋肉をつけるためには、まず太れって言うだろ? 今のイザベルとリディ、ジゼルたちは、痩せ過ぎだ。もうちょっと太った方が、筋肉がつきやすくなって、訓練の質が上がる」

「だから貴方は……はぁ……」

「叔父さん……話がズレてる……」

「そうか? まぁ、オレが何を言いたいかと言えば、お前らはもっとよく食えって話だな。よく食って、よく動く。それが冒険者の鉄則だからな」

 イザベルとクロエが冷めた目で見てきたが、オレは負けないぞ。こういう地道なところで差が付くからな。たしかに、太るというワードチョイスは悪かったかもしれないが、オレは間違ったことを言っていないつもりだ。

 まぁ、今度から太るという単語は極力使わないようにすればいいだろう。

 オレは最終的にそう結論付けた。

「うーん……」

「はぁ……。貴方はもう……」

 クロエがむず痒いような表情を浮かべ、イザベルがもう諦めたような表情でため息を吐いた。なんというか、女心とは難しいな。

「まぁ、今度から言葉選びには気を付けるさっと」

「ネギに、パセリ、ローズマリー、タイム、ローリエ、クローブ……。胡椒もあるの? 貴方って意外と料理好きなのね?」

 イザベルが、オレが収納空間から次々と取り出す香辛料を見て、感心したような声を上げた。たしかに、ちゃんとした店でも、ここまで豊富に香辛料を使用している店も珍しいかもしれないくらいだ。

「料理好きというわけじゃないが、入れた方が美味いからな。場所を取るものでもないし、たまにこうしてポトフを作るために常備しているだけさ」

「そういうこと」

「叔父さんの作るポトフって、本当に美味しいのよ。イザベルのほっぺた落ちちゃうかもねー」

「女の頬ってのは、もっとふくよかな方が……。分かった。分かったからそう睨むなよ」

 クロエとイザベルに睨まれて、オレは両手を上げて降参の意を示した。どうやら、ふくよかという単語も禁句のようだ。やれやれ、この調子だとオレはいつか喋れなくなる日がくるかもしれないな。

「じゃあ、オレは薪を拾ってくる。肉と野菜の下処理は任せていいか?」

「うん! 大丈夫!」

「分かったわ。貴方に言う必要は無いでしょうけど、気を付けることね」

「おう」

 まぁ、森の中だからな。薪なんてすぐに集まるだろう。オレは、腰をかがめて地面に落ちている木の枝の中から、比較的乾いている物を拾っていく。生乾きの薪は、火を着けると煙が出るし、臭いし、最悪だからな。

 同じ理由で、オレは木に付いてる枝を薪になんてしない。木は中に水分を豊富に含んでいるからな。こいつを燃やしても、臭い煙が上がる。

 狼煙を上げる時なんかは、逆に煙を出すために、わざわざ木の枝を毟って火をおこしたりもするが、普通はそんなことしない。

 じゃあ、木こりはなぜそのまま燃やすと臭い木をわざわざ切り倒すのかと言えば、木こりが切り倒した木は、その後よく乾燥させてから薪として販売されているのだ。しっかり乾燥させれば、嫌な臭いも出ないからな。

 このあたり豆知識は、常に乾いた薪が売っている王都じゃ知らない奴もいる。

「ぐー……」

 薪を拾うために曲げていた背を伸ばすと、肉や野菜の下準備をしているクロエとイザベルの姿が見えた。男所帯じゃ、料理の手伝いをしてくれる奴なんて稀だった。オレはクロエとイザベルの姿に、無性に眩しいものを覚えたのだった。

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