ドシンッ!!!
「ふむ……」
オレの視界の先では、鼻から白煙をたなびかせた白狼が、前脚を器用に動かして、地面を叩いている。まるでステップを踏んで踊っているかのような光景だが、白狼の目は殺意に煌めき、振り下ろされる前脚には必殺の威力が込められていた。
白狼の狙いは、目の前をちょこちょこと動き回るエレオノールを圧し潰すことだ。エレオノールは、見事に白狼の注意を引きつけることに成功していた。今では、白狼の注意はエレオノールにしか向いていないほどだ。
エレオノールは、一撃でもって白狼に脅威として、敵として認識させたのだ。
「はあッ!」
白狼によって踏み荒らされ、茶色の地面が露出したステージを、黄金のたなびかせた白銀の少女が踊る。舞い上がる土に汚されようとも、その輝きに陰りは無い。
エレオノールは、ただ回避を繰り返しているわけではない。時には剣を振るい、白狼にチクチクとダメージを与えていた。大したダメージではないが、白狼の苛立ちを加速させるのには一役買っているのだろう。白狼の意識が更にエレオノールへと集中し、視野狭窄へと陥っていく。
全てはエレオノールの目論見通りだ。
「ちぇいやッ!」
なんとも気の抜ける声と共に、土煙を斬り裂くように銀弧が振るわれる。茶色い土煙の中に、白煙が混じり、人間の頭くらいの物体が、土煙を割って飛び出してきた。
よく見ると、飛び出してきた物体は、白銀の毛に覆われていた。鋭い爪も見える。あれは白狼の指か。ジゼルは、白狼の足の指を切断することに成功したらしい。空を飛んでいた白狼の指は、空中で白い煙と化して消えた。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
耳を塞ぎたくなるほどの声量で、白狼の悲哀の混じった叫びが響き渡る。力無い声だ。だいぶ消耗していることが分かる。おそらく原因は、横腹に穿たれたクロエの一撃だろう。今もどくどくと濃く白い煙が勢いよく溢れ出している。
ダンジョンのモンスターは血を流すことはない。しかし、あの白煙が血の代わりに流れ出しているのなら、もうかなりの出血量になるだろう。もしかしたら、白狼が座ったままなのは、体力を温存するためか、もしくは、もう立つこともできないほど消耗しているのかもしれない。
オレは、クロエの運用方法は間違っていなかったと確信を得た。【痛打】のギフトを持ち、敵の急所を知覚できるクロエ。オレは、その特徴を活かして、クロエを影に隠れて致命の一撃を繰り出すアサシンとして運用してきた。正直、前衛がエレオノールとジゼルの二枚になってしまうことに不安が無いわけでもなかったが、それを加味しても、クロエの攻撃力は魅力的だ。
「大型モンスターだから、ちと苦労するかと思ったが……」
クロエは、オレの予想を一撃で上回ってみせた。なるほど、失血か。傷をつけると白い煙を吐き出すモンスターだが、その白煙はモンスターにとっての血液である。失えば、当然弱る。
「これは失血死のルートも狙えるな。大型のモンスターには有効な手かもしれねぇ」
クロエに気付かされるとは、オレもまだまだだな。
オレはクロエの活躍に気を良くするが、それには当然、エレオノールとジゼルの存在が必要不可欠だということは分かっている。二人が白狼の注意を引いてくれたからこそ、クロエの一撃はここまで鮮やかに成功したのだ。
そして今、白狼は同じ過ちを犯そうとしている。指を斬り飛ばされた恨みからか、ジゼルに執拗なまでに攻撃を繰り返していた。その目は最早、ジゼルしか映していないだろう。その隙を見逃すオレのかわいい姪ではない。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
もう何度目かになる白狼の悲鳴が上がる。あまりの痛さに背筋を逸らし、天を仰ぎ見ているかのようだ。
見れば、白狼の左腹に小柄な黒い人影が一瞬見えた。クロエだ。オレが発見した時には、既に白狼の腹からスティレットを引き抜き、白狼の死角へと潜るところだった。
素早い退きだな。素晴らしい。先程も思ったが、クロエは決して無理をしない。それだけ、正確に自分の役割を理解しているのだ。
よく、初心者冒険者にありがちなミスとして、敵を倒せそうだと感じたら、攻撃を欲張る奴が居る。敵が退いた分だけ前に出るイノシシみたいな奴だ。危なっかしくて見ていられない。
クロエには、例え味方がピンチでも影に潜り、伏撃の機会を窺うように指示してある。クロエが表に出て助けに入るよりも、伏撃からの一撃で、敵を屠ってくれた方が、よっぽど味方のためになるからだ。
仲間想いのクロエには辛いことを命じたと思う。しかし、クロエはオレの指示を守ってくれた。そのことが今、実を結んでいる。
「よくやった。よくやったぞ。お前は俺の誇りだ」
できることなら、今すぐにでもクロエの頭を撫でてやりたいところだが、まだ戦闘は続いている。白狼はクロエの一撃を受けながらも、まだその存在を保っていた。予想外のしぶとさだな。まだなでなではお預けか。