「GURURURURURURURU!」
小山のように白銀の巨狼が、赤い歯茎が見えるほど、その大きな牙を剥き出しにして唸っている。鼻の頭にはシワが寄り、その上に鎮座する赤の瞳は、怒りを湛えて鋭い眼差しをジゼルに向けていた。
巨大な白狼の左前脚の前部からは、今ももうもうと白い煙がたなびいている。ダンジョンのモンスターは、血の代わりに煙が出る。どういう理屈でそうなるのかは分からないが、剣で斬りつけても、剣に血糊が付かない点は嬉しいところだな。討伐すると白い煙となって消えるし、普通の動物とは違うということだろう。
白狼の左前脚から上がるあの煙の量。ジゼルはなかなかの深手を白狼に負わせたな。しかし、その代償に白狼から強く恨まれてしまったようだ。
「こっちを見なさい!」
エレオノールもジゼルに白狼の注意が向いていることに気が付いたのだろう。剣で盾を打ち鳴らし、白狼の注意を引こうとしているが、効果がない。白狼の獰猛な視線はジゼルを向いたままだ。
こういうことは、実はよくあることだ。タンクというのは、防御能力は高いが、攻撃能力は低い。モンスターの注意が、攻撃能力の高いアタッカーに貼り付いてしまうのだ。
モンスターにとっては、より危険な相手に注意を払うのは当然のことだろう。そこをどう解消するかは、タンクの力量にかかっている。エレオノールは、白狼の注意を自身に引き戻し、ジゼルをフリーに動かせることはできるか?
「そっちが来ないのならば、こちらから行きますっ!」
エレオノールが、ガチャガチャと鎧を揺らして白狼へと突撃していく。そうだ、エレオノール。まずは、接近して間合いに入るのが大事だ。自分が相手にとって脅威と映るように、自分の剣が届く範囲へ迫ることは、基本である。
先程は危ないところだったのに、再び強敵へと立ち向かうエレオノール。その勇気は称賛されるべきものだ。駆けるエレオノールの足取りに乱れはなく、速い。恐怖は感じているだろう。だが、それを表に出すことはない。
「強い子だ」
「やぁああああああああああ!」
オレの呟きを掻き消すような、エレオノールの再びのウォークライ。しかし、白狼はエレオノールに視線を向けることはない。あんなに憎々しげに睨んでいたジゼルからも視線を外し、天を仰ぎ見るように、背筋を逸らして上を見上げる。あの姿はッ!
「イザベル、魔法の準備! くるぞ!」
「トロワル、ストーンショット準備! 急ぎなさい!」
「収納!」
イザベルが精霊魔法を行使するのを横目に、オレは収納空間を前方に展開する。狙いは、白狼の足元だ。まだ射撃はしない。時はまだ満ちてはいない。
時は――――。
「AOHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!」
突如として、耳を塞ぎたくなるほどの大声量が、空間を震わせる。白狼によるハウリングだ。これだけでも音波攻撃になりそうなほどの威力を秘めているが、その真価はそこではない。
「AOHOOOOOOOOOOOOON!」
「AOHOOOOOOOOOOOOOOOOOON!」
「AOHOOOOOOOOOOOOOOOON!」
「AOHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!」
「AOHOOOOOOOOOOOOOOOOOON!」
まるで白狼のハウリングに呼応するように、白銀のオオカミたちが、白狼の足元から現れる。まるで空気からしみ出したかのような、異様な出現方法だ。これこそが、白狼のハウリングの真価。白狼はハウリングにより、三度も仲間のオオカミたちを召喚できるのだ。
召喚されたオオカミたちの数は五体。まるで、今までの戦闘がムダになってしまったかのような光景。
ダダダダダダダダダダダダッ!!!
「放ちなさい! ストーンショットッ!」
ティウンッ!!!
空気を連続で切り裂くような射撃音が響き、イザベルの精霊魔法ストーンショットが爆音を上げる。生み出されるのは、嵐のような圧倒的な暴力だ。瞬く間に、召喚された五体のオオカミたちが千切れ跳び、白い煙となり果てる。
「ふぅ……」
オレはその光景に満足げに息を吐き出した。今までヘヴィークロスボウで一発ずつ大事に撃っていたのが、バカバカしく思えるほどの破壊力だ。
「まぁ、裏では一発ずつ溜めてるんだけどよ」
事前に大量のボルトをヘヴィークロスボウで発射するという地道な作業が必要とはいえ、これだけの有用性を前にしたら、全てが些事だ。
「………」
あまりにも衝撃的な光景だったのか、白狼が言葉もなく身を硬直させていた。たしかに、レベル3ダンジョンには過剰な破壊力だったからな。驚くのも無理はない。
しかし、体を硬直させたのは間違いだったな。
「GYAGA!?」
制止していた白狼から、まるで悲鳴のような大声が上がった。よく見ると、白銀の巨狼の右の横腹に、一瞬だけ小柄な黒い人影が写ったのが見えた。
白狼が身をよじるようにして暴れ出す。まるで痛みにのたうち回っているかのようだ。それを証明するかように、白狼の右腹からどっぷりと濃く白い煙が上がっていた。