「はぁー……ふぅー……」
エレオノールが深呼吸をする。上下する細い肩に着けられた鎧が、カチャカチャと小さく鳴った。
オレの胸元くらいまでしか身長のない、小さく華奢な少女の背中。その細い肩に圧しかかるプレッシャーはいかばかりか。
「ふぅー……。行きますわ」
エレオノールが、大きく息を吐き、正面を見据えたのが分かった。ボスと正面からやり合う決心がついたのだろう。エレオノールにとって、初めての大型ボスだ。決心するのは、並大抵じゃない精神力が必要だっただろう。
「アベルさ……。アベル?」
エレオノールが振り返って、オレを見上げる。エレオノールの黄金の髪が流れ、キラキラと輝くのは、まるで朝日によって輝く清流のようだった。その下にある白磁のような美貌に填め込まれた二つの青い宝石。エレオノールの瞳が、決意を固めたように揺ぎなくオレを見据える。
おそらく、オレの戦闘開始の号令を待っているのだろう。真面目で礼儀正しいエレオノールらしい。
「皆、準備はいいか?」
エレオノールに促されて、オレは『五花の夢』のメンバーの皆を見渡すと、皆が決意を秘めた強い視線を返してくる。
「んじゃ、いっちょやってやっか」
オレは、皆の緊張を解くために、笑顔を浮かべて、敢えて軽い口調で言うと、少女たちも少しだけ顔を綻ばせる。それだけのことだが、オレがパーティに受け入れられているような気がして胸が温かくなった気がした。
◇
「行きますっ!」
白銀の鎧を勇ましく鳴らして、エレオノールが駆けていく。オレたちは、エレオノールに続いて、ボス部屋へと侵入を果たした。
『白狼の森林』のボス部屋は、部屋といっても、ちゃんとした部屋ではない。鬱蒼と木の生える森の中に突如として現れた、木々に囲まれた広場のような空間だ。地面には草花が生え、まるで緑を基調とした絨毯のように地面を覆っている。
その広場の奥に待ち構えているのが、レベル3ダンジョン『白狼の森林』のボスである巨大な白狼と、5体のオオカミだ。オレたちのことなど、とっくに感知していたのだろう。白狼たちオオカミに、慌てた様子はない。ゆっくりと地面からその身を起こし、遥か頭上からオレたちを睥睨する。
座った状態でも、オレの倍は高いだろう高さを誇る白狼。その雄々しいまでの姿は、事前に聞いていたとしても、恐怖を禁じ得ないだろう。
「やぁああああああああああ!」
しかし、エレオノールは駆けていく。その足取りは、大きく早く、恐怖を感じているようには見られない。エレオノールが、恐怖をねじ伏せて勝利した証だ。
みるみるうちに、エレオノールとオオカミたちとの距離が潰れていく。
「BAUBAU!」
「GURURURURURU!」
「AOHOOOOOOOOOOOOOOOOOON!」
五体のオオカミたちも、エレオノールを迎撃するように走り出し、両者の距離は、あっという間にゼロになっていく。オオカミたちを従えた白狼も立ち上がり、動き出す予兆を見せていた。
「収納!」
「トロワル! ストーンショットッ!」
オレは、自身の前方に黒い収納空間を展開する。オレの横では、イザベルが自分の使役する精霊に、魔法の指示を出していた。
今回の『白狼の森林』の冒険にて、エレオノールは急成長しているのは確かだ。オレもそこは認めている。だが、今のエレオノールには、白狼と五体のオオカミを同時に相手して耐えられるほどだとは思わない。
「まずは数を減らす!」
ダダダダダダダダダダダダッ!!!
連続で空気を重く震わせるような連射音の奏で。その正体は、事前にヘヴィークロスボウで射撃し、収納空間に保存していたボルトの大群だ。その行く先は、四体のオオカミたち。
今のオレが放てる最大火力。礫の嵐とも呼ぶべき、大量のボルトによる暴虐に、四体のオオカミは、弾け飛ぶように引き千切られ、次の瞬間には白い煙となってたなびく。
「トロワル! 放ちなさい!」
ティウンッ!!!
独特の発射音を響かせて、イザベルの精霊魔法が放たれた。イザベル十八番のストーンショットだ。ストーンショットの発射音が響くのとほぼ同時に、残った一体のオオカミが煙となって消えるのが見えた。一撃だ。やはりイザベルの精霊魔法は、レベル3のダンジョンにはもったいないほど圧倒的な力を持っている。
本来なら、オレのボルトも、イザベルの精霊魔法も、ボスである巨大な白狼に放つべきだろう。しかし、オレにはある考えがあって、敢えてボスである白狼を狙わなかった。イザベルにも白狼には攻撃禁止の指示を出している。
オレの視線の先には、元より小さな背中が、更に小さくなったエレオノールの姿が見える。
今回のダンジョンの選出も、道中の戦闘も、そしてボス戦も、全てエレオノールを鍛えるために選んだものだ。道中での戦闘では、獣型モンスターとの一対多数戦を学ばせ、ボス戦では、自分よりもはるかに巨大なモンスターへの対処法を学ばせる。
一応、コツのようなものは伝えはしたが、エレオノールはそれを昇華して己のものにできるだろうか。
「がんばってくれよ……」
オレは、もしものために、すぐ援護射撃できる体制を整えて、エレオノールの小さな背中を見守るのだった。