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第65話

「ふむ……」

 オレは目の前で展開されている戦闘を観察していく。特に注目しているのは、三体のオオカミに襲われているエレオノールだ。

 以前、二体のオオカミの攻撃に引き倒されてしまってから、幾度もの戦闘を経て、エレオノールは、二体のオオカミまでなら、危なげなく攻撃を凌げるようになっていた。

 しかし、今回は三体のオオカミが相手だ。果たして、エレオノールに耐えられるだろうか?

「叔父さん! 早く助けないと!」

「あぁ、危なくなったら手を出す。クロエは戦闘に参加してこい」

「う、うん。行ってくる!」

 少し戸惑いを帯びた顔を浮かべて、クロエが素早く音を殺して走り出す。クロエは真正面から敵と戦うタイプじゃない。敵の隙を窺って、致命の一撃を繰り出すアサシン。それがクロエの戦闘方法だ。真っ直ぐに味方のピンチに助けに入りたいだろうに、その心を押し殺して、敵に気取られないように静かに忍び寄っていく。

 さて、クロエの援護にはまだ時間がかかる。エレオノールにこのピンチを切り抜けられるか?

 とはいえ、オレはそこまで心配していなかった。エレオノールならば、可能性はあると踏んでいるからだ。エレオノールのギフトは【強固】。自身と自身の身に着けている物を強固にする地味だが強力なギフトだ。【強固】さえ発動すれば、エレオノールが大怪我を負うことはないだろう。

 焦点は、エレオノールがタンクとしての役割を果たせるかどうかだな。タンクってのは、敵にとって攻撃するに値する存在であり続けなくてはならない。ただ硬いだけの人形など、敵にスルーされてしまうだけだ。

 まぁ、エレオノールなら大丈夫だろう。いざとなれば、【強固】を発動してゴリ押しもできる。

 それに、エレオノールには近い内に三体のオオカミの相手をさせるつもりだった。多少予定が早まったくらいどうってことない。

「収納……」

 オレは【収納】のギフトを発動すると、真っ黒な底なしの収納空間が現れる。これで援護射撃準備は終わりだ。事前にヘヴィークロスボウで撃ったボルトを収納しておく必要があるが、これはかなり便利だな。連射も一斉射撃も思うがままだ。今までヘヴィークロスボウでの一射しか戦闘に介入できなかった身からすれば、まさに革命的にオレの戦闘能力は上昇した。

「さて……。どうなるか……」

 オレは改めてエレオノールの様子を観察する。

 紺のロングスカートに、白銀の鎧。優美な片手剣と小型のラウンドシールド。黄金の髪を靡かせて、その姿は、まるで童話から飛び出した戦乙女のようだ。一枚の絵画のように凛々しく美しい。

 だが、オオカミたちにはその美しさを解す心は無いようだ。その咢を大きく開き、戦女神を喰い破らんと跳びかかる。

 三体のオオカミによる連携攻撃だ。

「えいっ!」

 いつもほんわかした空気を纏い、ゆったりとしたお上品な所作をするエレオノールが、機敏に反応する。一体目のオオカミをラウンドシールドで受け流すと、二体目のオオカミも剣で撫でるようにしてその軌道をズラした。

「ふむ」

 以前のように、オオカミを討伐しようと焦ることがなくなったな。二体のオオカミを、難無くいなしてみせた。しかし……。

「ッ!?」

 エレオノールの息を呑む音が、離れているこちらにも聞こえてきた。地を這うようにエレオノールに迫る最後のオオカミに気が付いたようだ。

「気付けただけでも成長だが……」

 だが、オレはエレオノールに“もっと”を望んでしまう。敢えて援護射撃はせずに、エレオノールを見守ることにした。

「強固ッ!」

 エレオノールの凛々しい声が、その身に宿ったギフトの力を発動したことを告げる。今のエレオノールは、オオカミたちの跳びかかり攻撃を受け流すために両腕を使ってしまった状態だ。最後のオオカミの攻撃を体で受け止めることにしたのだろう。

 このあたりは、まだ改善の余地があるな。体で受け止めるのは、最後の手段だ。できれば避けるなどして乗り切りたい。可能ならば反撃を加えたいところだが、それはまだ高望みというものだろう。

 そんなことを思っていた時だった。

「GYAUN!?」

 オオカミたちの連携攻撃。その最後を飾る地を這うように疾走していた三体目のオオカミが、情けない鳴き声を上げて弾き飛ばされたのが見えた。

「ほう……」

 予想外の事態に、オレは感嘆の声を上げていた。オレの視線の先には、白銀の脚甲に包まれた右足を振り上げた状態のエレオノールが居た。オオカミを蹴り上げたのだ。紺のロングスカートが翻っている。あのロングスカートが、いい感じに目隠しになったのかもしれないな。狙い通りだ。

「GAAAAAAAA!」

 オオカミたちによる三連撃を凌いだエレオノールだが、その身に安息は訪れることはない。最初にラウンドシールドで受け流したオオカミが、再度、跳びかかってくる。

 だが、エレオノールに慌てた様子は見られない。そうだ。それでいい。

「ちょいなっ!」

 相変わらず変わった掛け声を上げて、ジゼルがエレオノールに飛びかかるオオカミの首を刎ねてみせた。

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