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第61話

「エル、お前は『五花の夢』の守りの要だ。お前が倒されるようなことがあってはならない。自分よりも仲間のことを気遣えるお前は、それだけ優しい奴なんだろう。それは素晴らしいことだ。だが、それは自分自身のことを十分に守れる奴だけが言っていい言葉なんだ」

 言いながら、ちと説教臭過ぎたかと反省する。歳を取ると、説教臭くなるのはなんでなんだろうな。それだけ若者に伝えたい言葉があるということなのだろう。年月をかけて気が付いた自分なりの考えを若者に託し、より飛躍してもらいたいという願いが背景にあるのかもしれない。

「言っちゃ悪いが、エルはまだまだ未熟だ。しかし、それは伸びしろが大いにあるということでもある。仲間のことを大切に想えることはとてもいいことだ。だが、まずは自分を大切にしてやれ。自分も守れないような奴が、他人を守ることなんてできない」

「分かりました……」

 俯いたエレオノールの黄金のカーテンの向こう、そこにはどのような表情が浮かんでいるのか分からない。少しでも響いていればいいんだがな……。

 もっと強い言葉で言った方がよかったのか、それとも、もっと寄り添ってやるべきだったのか。オレとしてもこれでよかったのかと疑問が、喉に刺さった小骨のようにジクジクと残り続ける。

 エレオノールのことを未熟と評したが、オレ自身こそがパーティリーダーとして未熟なのだということを痛感させられた。

 だが、時は戻ってはくれない。一度放った言葉を取り返すことなんてできない。

 オレには、前に進むしか道は無いのだ。

「じゃあ、エル。これからは具体的な反省会だ。どうすればよかったのか、どういった手段があるのか、一緒に考えてみようぜ。クロエたちもこっちに来て意見をくれないか? 皆で一緒に戦術ってやつを考えてみよう」

「はいっ!」

「りょっ! でも、戦術ならアベるんが一番詳しいんだし、アベるんがパパッと決めた方が早くなーい?」

 オレは、素朴な疑問顔を浮かべたジゼルに首を横に振ってみせる。

「戦術なんて難しい言葉を使ったが、ようは、皆がどういう風に動くかってことだからな。皆がどんな風に動けば戦いやすいのか。皆のできることを持ち寄って話し合うのさ」

「ふーん……」

 ジゼルは難しい顔を浮かべて唸ってしまった。なるべく簡単に説明したつもりだったんだが、抽象的になり過ぎたか?

「そんなに難しく考えなくても、貴女のできること、できないことを答えるだけでいいのよ」

 どう説明すればいいものか。そう考えていたら、イザベルが助け舟を出してくれた。

「そんだけ? りょーかい、りょーかい!」

 ジゼルの難しい顔がパッと明るくなり、華やかな笑顔が浮かべられた。

 イザベルに助けられたな。同じ孤児院出身だからか、ジゼルの扱いに慣れているようだ。

「皆さん、申し訳ありません。わたくしにお力をお貸しください……」

 エレオノールがクロエたちに向かって深く頭を下げた。本人の言葉通り、とても申し訳なく思っていることが伝わってくる。

「そんな気にするなよ、仲間だろ」

「ひゃんっ!」

 オレは、エレオノールの曲がった腰をバシバシと叩いて直す。エレオノールはビックリしたのか、無駄に黄色い声を上げていた。そんなに驚かなくても……。なれなれし過ぎたか?

「あたしたちは仲間よ。そんなの水臭いわ」

「そうそう。あーしらの仲じゃん?」

「私たちはまだまだ未熟よ。改善するべき点なんていくらでもあるわ。今日はそれが、たまたまエルだっただけよ。気にしないで」

「える、助け、る……!」

 クロエが、ジゼルが、イザベルが、リディが、柔らかい笑顔を浮かべてエレオノールへと手を伸ばした。なにかの少女たち特有の儀式なのだろうか? 一応、オレもエレオノールへと手を伸ばした。

「皆さん……ッ」

 エレオノールは感極まったように言葉を詰まらせると、皆から伸ばされた手を優しく両手で束ねて、額を押し当てる。ぷにぷにと柔らかい少女たちの手の中に、オレの武骨な手が混じっているのを気にしている様子は無い。

 なんだか、言外にオレまで仲間に認められたようで、嬉しさなのか、温かいものが体を駆け巡るのが分かった。

「わたくしは果報者ですわね。こんなに優しい素敵な仲間たちに囲まれて……これ以上の幸せはありませんわ」

 オレの手の甲に、温かい雫が落ちたのを感じた。どうやらエレオノールは涙しているらしい。

 もちろん、そのことをわざわざ指摘しないだけの配慮をオレは持っていた。なにも言わずに、ただエレオノールの手を細心の注意を込めて優しく握り返す。

 ふと横を見ると、クロエたちもなにも言わずに、ただ、エレオノールの手を握り返したり、エレオノールの頭や背を撫でていた。

 オレはこういったことに慣れていないため、このやり取りの中に自分が含まれていることが、なんだか恥ずかしいような気がしていた。今まで男のパーティメンバーばかりを相手にしてきた弊害だろう。こういった優しいコミュニケーションに恥ずかしさを感じる。

 今後は、こういったことにも慣れていかねぇといけないのだろう。

 冒険者生活は長いというのに、クロエたちといると、新しい発見ばかりだな。

 そんなことを考えながら、オレは、思いがけずできてしまった柔らかい空間に、顔が熱くなるのを感じながら耐えるのだった。

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