俯いてしまったエレオノールを見ながら、オレは思考を巡らせる。どうすれば、エレオノールを傷付けずに奮起させることができるか。しかし、いくら考えてもいい答えは見つからなかった。
先程の戦闘では、エレオノールは散々だった。二体のオオカミの注意を引きつけることには成功したが、それだけだ。あとはいいところが無かった。もう少しで死にかけたほどだ。
エレオノールは、パーティの守りの要。エレオノールの安定は、パーティの安定でもある。エレオノールが倒されない限り、オレたちに敗北は無い。だが、逆に言えば、エレオノールが倒されると、途端に守りが脆くなってしまうということでもある。故にエレオノールに、倒されることは許されない。
このままではマズいことは分かっている。エレオノールには、なんらかの対処が必要なことも。
エレオノールは、オオカミに襲われて死の恐怖に直面したはずだ。そのケアもしないといけないし、戦闘での行動を諫める必要もある。
しかし、エレオノールを厳しく叱責するべきなのか、それとも、優しく労わるべきなのか、それさえもオレには分からなかった。相手が男ならば、敢えて厳しく叱責して奮起を促すのも手だが、相手が年頃の女の子となると、途端に対応が分からなくなる。
「エル……」
「ッ……」
自分の中でも答えが得られないままエレオノールの名を呼ぶと、エレオノールは、俯いたままビクリッと体を大きく震わせた。その顔は、金色のカーテンに隠れて窺い知れない。
もしかしたら、直面した死の恐怖に怯えているのかもしれない。
エレオノールは、パーティメンバーの中で一番死に近い場所に居る。エレオノールには、敵がどの程度の強さなのか計る試金石のような役割もあるのだ。エレオノールが敵の攻撃を凌げるようなら、オレたちは戦える。勝利のチャンスがある。だが、エレオノールがすぐさま倒されるようなら、前線はあっという間に崩され、オレたちには勝機は無い。
オレたちは、エレオノールの命を賭けて、彼我の戦闘力の差を見極めているとも言えるだろう。
もちろん、エレオノールが倒されないように、オレたちは全力で援護するのは当たり前だ。だが、客観的に見れば、とても酷いことをエレオノールに課している自覚はある。
だが、その上で、オレは彼女に敵に立ち向かう勇気を持ってほしいと思っている。
身勝手なことを望んでいるは百も承知だ。だがしかし、一度冒険者になったからには、死が身近にあることは、逃れられない道でもあるのだ。
オレは、エレオノールに死の恐怖を乗り越えてもらいたい。そして、一人前の冒険者になってもらいたい。
「怖かったのか?」
「………」
半ば以上の確信を持って問うた答えは、エレオノールが俯いたままゆるゆると首を横に振ることで否定される。死にそうな目に遭ったというのに、怖くなかったのか?
「恐怖は今も続いています。わたくしはとても怖いのです」
エレオノールが、恐怖を感じたのは確からしい。しかし、恐怖は今も続いているという。生還した今も恐怖が長引いているという意味か? それほど怖かったという意味だろうか? どういう意味だ?
訝しんでいると、エレオノールが俯いたまま、小さな声でぽつりぽつりと語り始める。
「わたくしは怖い。わたくしのせいで皆を危険にさらしてしまうことが……」
「ふむ?」
なんだか、オレが思っていたのとは、毛の色の違う答えが返ってきたな。
「先程の戦闘でのわたくしは、無様そのものでしたわ。敵を倒すこともできず、無様に引き倒されて……。申し訳ない気持ちでいっぱいです。こんなことでは、わたくしは自分の責務を果たせず、いつか皆さんを危険にさらしてしまいますわ。それが怖くて堪らないのです……」
エレオノールが、悔しさを滲ませた震えた声が、オレの耳を震わせる。
エレオノールは、自分の両肩を抱いて、微かに震えていた。エレオノールが、綺麗事ではなく、本気でそう思っていることが伝わってくる。彼女にとって、本気で自分の命よりも仲間の命の方が大切なのだと思わされた。
自分の命の危機に直面したというのに、そんな風に思えるエレオノールに、オレは安堵と同時に危ういものを感じた。
エレオノールの心が折れてしまったわけではないと知れた安堵。そして、自分の命よりも仲間の命の命の方が大切だと言い切れることに危うさを感じた。
オレだって、自分の命の上に、クロエをはじめ『五花の夢』のメンバーの命を置いている。だが、それは、自分の命を十分に大切にした上での話だ。
真面目な初心者に稀に居るのが、自分の命を投げ捨てて、満足して死んでしまうタイプだ。自分の命というのを、低く見過ぎている奴ら。そして、自分が死んだ後の仲間について、想像が欠如している奴ら。
「エル、オレは何度でも言おう。エルは『五花の夢』の守りの要だ。たしかに、エルが倒されてしまえば、戦線は崩壊し、オレたちは危険にさらされることになるだろう」
エレオノールは、前かがみになるほど縮こまるように強く自身の肩を抱いていた。