モンスターの注意を如何に引き付けるか。それは、パーティの盾役を担うタンクにとって、永遠の課題ともいえる。せっかく敵の攻撃に耐えるために重装備をしているのに、スルーされてしまったら、なんの意味が無い。
タンクは、仲間の為に攻撃力や敏捷性を犠牲にしてまで防御力を上げているのだ。タンクとしての役割を果たせなかったら、そこに居るのは劣化した戦士でしかない。
だから、パーティの盾であるタンクは、必死になって敵の注意を自分に引きつけるのだ。
だが、ダンジョンのモンスターもバカじゃない。ダンジョンのモンスターの中には、敢えてこちらの弱点部分である後衛を攻撃してくるモンスターも居るくらいだ。こちらの作戦通りにタンクへと敵の攻撃を集中させるのは、なかなか難しいのが現状である。
エレオノールには、その難しいことを要求することになる。酷な話だが、パーティのタンクが機能するかどうかは、そのままパーティの生命線に直結する問題なのだ。
「エル」
オレがエレオノールの名を呼ぶと、エレオノールは目を伏せて、静々とオレの前にやって来た。自分の演じた失態を十分に理解しているのだろう。
「なぜ、自分が呼ばれたのかは分かっているようだな」
「はい……。申し訳ございませんでした……」
エレオノールが、その煌めく金色の髪を揺らして頭を下げた。なんというか、自分の半分も生きていないような少女に頭を下げられるというのは、あまり気分のいいものじゃないな。
「頭を上げてくれ。謝罪もいらない。次にどうすれば防げるのか。それを考えよう」
「はいっ!」
本人が十分反省しているならいい。それよりも、対処法を考えるのが先決だ。
「とは言ってみたものの……」
オレは本職のタンクじゃねぇから、的確なアドバイスというものができねぇ。オレは後頭部を掻き毟って今までの冒険者生活を振り返り、有益な情報を洗い出す。
「これはタンクをやってる奴に聞いた話だが……」
我ながら、なんとも信頼が置けない情報源だな。真剣な表情でオレを見上げるエレオノールの青い瞳に、オレは苦笑を浮かべて口を開く。
「ソイツはとにかく敵の目を見ているらしい」
「目……で、ございますか?」
きょとんとした表情を浮かべて首を傾げるエレオノールは、まるで幼い少女のようなかわいらしさがあった。オレは思わず目を細めてしまった。
「そうだ。目だ。ソイツが言うには、相手の目を見れば、いろんな情報が読み取れるらしい。相手がなにを狙っているか、とかな。少なくとも、相手の注意が自分に向いているのかどうかは分かる」
「注意が自分に……」
「それに、自分が相手の目を攻撃することによって、強引に自分に相手の意識を向けさせることもできる。視覚ってのは、得られる情報の中でも特に比重が大きいんだ。それだけ大事な部位ってことだな。そんな重要な部位である目を狙って攻撃してくるような奴は、注目せざるをえないだろ?」
「なるほど……」
エレオノールは、オレの言葉を理解しようと、自らの力で嚙み砕いて飲み込もうとしている。蒼天のような青の瞳は伏せられ、考えを巡らしているようだ。
「聞きかじっただけの知識ですまんな」
「いえ。わたくしには無い視点のお話でしたので、勉強になります」
いじらしく微笑みを浮かべてみせるエレオノールの姿に、なぜだかオレには、姉貴の姿がダブって見えた気がした。少しでもエレオノールのヒントになればいいんだが……。
「まぁ、こういうのは一人二人でうんうん悩んでいても仕方がねぇ。皆と一緒に考えてみよう。もしかしたら、いいアイデアが見つかるかもしれねぇしな。これに限らず、なにかあったら皆に相談してみろ。オレたちは六人全員でパーティだからな」
「はいっ!」
エレオノールは、オレの言葉に頷くと、クロエたちの方を向いて話し出す。
「皆さん、先程はふがいない姿をお見せしてしまい、申し訳ございませんでした。それで、なのですけど……。どうしたら先程のような失態を犯さず、オオカミの意識をわたくしに向けられるか、一緒に考えてくださいませんか?」
少しの不安を帯びたエレオノールの震えた声が静かに響く。それに対するクロエたちの応えは、笑顔の快諾だった。
「構わないわよ。パーティの問題は、パーティ皆の問題ですもの」
「そうそう。あたしは考えるの苦手だけど、一緒に悩むくらいだったらできるから!」
「それって意味なくない? あーしも人のことは言えないけどさー」
「がん、ばる……っ!」
イザベルをはじめとした皆の快諾に、ホッと胸を撫で下ろすエレオノール。
オレは、そんなエレオノールの肩を軽く叩くと、クロエたちの方に歩いていく。
「んじゃあ、考えてみるか。どうすればエルが、敵の意識を独り占めできるかをよ」
「「「「「はーい」」」」」
ダンジョンの中だというのに、暢気な返事をするクロエたち。その顔に負の感情は見られない。
おそらく、これからもいろいろな問題がパーティを襲うことだろう。それでも、クロエたちなら笑って乗り越えられる気がした。