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第46話

「ほれ、立つんじゃー!」

 結局、2人のお付きの女エルフを帰してしまったシヤ。その際に、また「馬に蹴られる」とかなんとか言っていたが、どういう意味なんだろうな? エルフ特有の言い回しは分からん。

「立てー!」

「わぁーったよ……」

 シヤに腕を引っ張られて、オレは渋々立ち上がる。まったく、この幼い外見のエルフは、オレの世話を焼いてくれるらしい。だがなぁ……。オレはべつにシヤの世話なんぞ必要としていない。宿まで帰るのは億劫だが、冒険者ギルドで寝ちまえばいいだろう。酔い潰れて冒険者ギルドの床で雑魚寝している冒険者なんて珍しくもない。

「ととっ……!」

 ふらつきながらもなんとか立ち上がり、オレはシヤを見下ろした。小さい。上目遣いで見つめてくるシヤは、ドキドキするほど可憐だった。

「シヤ、オレは平気だ。冒険者の死なんて、ありふれてて吟遊詩人も歌わないほどだぜ? オレも何度も知り合いの死を経験してきた。この程度なんて全然平気さ。このまま放っておいてくれて問題ない」

 シヤの世話になれば、借りができてしまう。冒険者は貸し借りにうるさいからな。こんなくだらないことで借りを作るなんて、バカのすることだ。

「シヤ、お前がオレのことを心配してくれるのは嬉しいけどよ。オレは大丈夫ら」

 オレとしては精一杯シヤのことを気遣ったつもりだ。しかし、シヤはオレの言葉を聞いて不機嫌そうに眉を寄せた。

「そんなにフラフラしながら言っても、大丈夫もなにもありはせんわい」

「……ヒック……うー……」

 なんだか立ったら余計に酒が回ってきた気がする。視界がグワングワンと揺れ、体が熱くなる。やはり、ドワーフの火酒を浴びるほど呑んだのは失敗だったかもしれないな……。

「らいじょうぶらって、オレは1人でも帰れる」

 頭がボーっとして、口が痺れたように上手く回らない。それでもオレは強がって、大通りへとふらふらと歩き出した。シヤに借りを作ってしまうというのもあったし、なぜだか、シヤの前でくらいは強い自分でいたかったのだ。

 見た目が幼い子どものようなシヤの前では、かっこいい大人でいたかったのかもしれない。

 自分でも千鳥足と分かるほど、ふらふら一歩二歩と歩いていると、急に腰が重くなった。シヤがオレの腰に抱き付くように掴んでいた。あるいは、シヤはオレを支えようとしてくれたのかもしれない。

「これこれ、待たぬか。まったく、そんな泣きそうな顔で別れては心配になるわい。こっちゃ来い」

 そう言って、シヤはオレの腰を引っ張っていく。その幼い見た目からか、無理に振りほどくにのは悪い気がして、オレはシヤに連れられるまま歩いていく。オレの宿は反対方向なんだが……どこに行く気だ?

「どこに連れていく気だ?」

「いいからこっちゃ来い」

 シヤは答えずに、オレを引っ張っていく。

 シヤに連れられて曲がり角を右に曲がった先は歓楽街だ。まさか……。

「おい、その先は……」

「お! お主は、ど、どど童貞! ではなかろ? わ、ワシが慰めてやると言っとるんじゃ。女に恥をかかせるなよっ!」

 いつもの鈴を転がしたような声はどこ行ったのか。その声はシヤのものとは思えないほど震え、裏返っていた。オレの腰を掴む手もプルプルと震え、その緊張を伝えてくる。見れば、顔の横からひょっこり顔を出している尖った耳は、薄暗い中でも赤くなっているのが分かるほどだ。

 マジか……? マジで、あのシヤがオレを誘っているのか?

 シヤは、エルフ主体の巨大クラン『連枝の縁』のクランマスターだぞ? エルフたちにも慕われているし、言ってしまえば、この王都でエルフの代表を務めているお偉いさんだ。なぜ、オレなんかを誘うんだ?

 それに、シヤは美貌を誇るエルフの中にあってさえも輝く、美しさの持ち主だ。正直、オレには不釣り合いなほどのハイスペック美少女だ。

 そのシヤがオレを誘っている……。夢か? これは夢なのか?

 まるで信じられない事態だ。まだ、酒に酔い潰れたオレが見ている夢の方が確率が高い。

「お、おぅ……」

「よし! 行くぞ!」

 オレの漏れた言葉を了解と捉えたのか、シヤがズンズンと歓楽街へと進んでいく。目的地は連れ込み宿だろう。

 しかし……なぜシヤがオレなんかにここまで献身的なんだ?

 シヤとは、たまに会えば話すような関係で、決して恋人同士だったり、過剰に仲が良いわけでもない。こんなことは勿論初めてだ。

 オレの半分程しかない小さな背中を見る。オレより年上のはずだが、その見た目は……本当に手を出してもいいのだろうか? なんだか罪悪感すら感じさせる幼さだ。

「本当にいいんだな?」

 連れ込み宿の前で、オレはシヤに最後の確認をする。シヤの言葉ではないが、女に恥をかかせるわけにはいかない。オレはここまでお膳立てされて断るほどヘタレではないのだ。

 しかも、相手が魂を抜かれても惜しくはないとも思えるような美少女とくれば猶更だ。

「う、うむ。ワシに任せるといい」

 シヤは赤く染まったその顔をオレに見せるのが恥ずかしいのか、決してこちらを向かずに答えた。

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