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第44話

「あじゃぱー……」

 自分でも意味の分からない謎の言語を口から零しつつ、ふと上を見上げる。天井の木目がゆらゆらと揺らめいて見えた。かなり酔っているな。

 自分の酔いを自覚しつつも、オレは更にコップを口に運ぶ。複雑で、しかしまろやかな舌触りと苦いアルコールの味。ポッと熱くなる舌と喉。鼻に抜ける燻製のような香ばしい香り。ドワーフの職人謹製の火酒は、たった3杯でオレを酔わせてくれた。

「おかわりを頼む……」

「はい……」

 なにか言いたげな、しかし結局なにも言わないウエイトレスが、オレのオーダーを受理する。

 なにか言いたげな、困ったような悲しい表情を浮かべているのはウエイトレスだけではない。冒険者ギルドに居る冒険者の大半が、オレを遠巻きに見ながら、しかしなにも口にしない。

 まったく、情けないな。ウエイトレスの娘をはじめ、こんなにたくさんの冒険者たちに気を遣わせてしまっている。冒険者が死ぬなんて、さして珍しいことでもでもないのにな……。

「バカ野郎が……」

 知らず知らずのうちに口から小さく罵倒が飛び出ていた。思い浮かべるのは、無論クロヴィスたち『切り裂く闇』の連中のことだ。アイツらとの仲は良好とは言えなかった。縁も切った連中だ。どうなろうが知ったことじゃない。

 しかし、アイツらが15の成人した頃から面倒を見てきた身にすれば、どうしても意識せざるをえない。

 6年間だ。6年も苦楽を共にしてきた連中だ。確かに、その関係は良好とは言えなかった。しかし、6年という歳月はあまりに重い。オレはアイツらの好き嫌いから、女の好みまで知っているんだ。縁を切ったとはいえ、多少の愛着はあった。

 縁を切ったのだから、アイツらはもう赤の他人だ。例え死のうがどうってことはない。いや、マジックバッグを手に入れたからと、今までの恩も忘れて、手のひらを反してきた連中だ。死んでせいせいした。ざまぁみろってやつだ。

 そう考えれられたら楽なのだろうが、喉に引っかかる小骨のように、オレはアイツらのことを上手く処理できないでいた。

「お待たせしました……」

「……わりぃな……ありがとよ……」

 まるで腫れ物でも触るような態度のウエイトレスからコップを受け取る。そんなに気を遣わせちまって申し訳ねぇ気持ちでいっぱいだ。

 受け取ったコップを傾け、グビリと火酒を呷る。今ならドラゴンのように火でも吹けそうだ。

「バカ野郎が……」

 オレの口から零れたのは、しみったれた弱音だけだった。

 ◇

「あっつぁ~……」

 熱い。体中がポカポカと熱を帯び、口から吐き出す吐息さえ熱い。

 あの後、しこたま火酒を呑んだオレは、周囲の気遣いに耐えられずに、怠い体を引きずって冒険者ギルドから出た。

 冒険者ギルドを出たまではよかったんだが、怠さに打ち勝てなかった。だからこうして冒険者ギルドを出てすぐの階段の端に座り、夜風を浴びて火照った体を冷ましている。目の前にはもう夜だというのに馬車や人がひっきりなしに通り、明かりを付けた屋台が所狭しと並んでいる。王都の夜はこれからなのだろう。

「ふぃー……」

 時たま吹く夜風が気持ちいい。屋台の主人たちが上げる連なる呼び込みの声も、なんだか活気があっていい。くさくさしたオレの心が少しだけ晴れるような気がした。

「ったく……歳は取りたかねぇな……」

 歳を取ると感傷的になると聞くが、ありゃ本当なのかもしれねぇ。まだまだ自分では若いと思っていたが、昔より感情のストッパーが緩くなった気がする。思ったことがポロッと口から出ちまうし、絶縁した相手だというのに、見知った若者の死がこんなにも心をざわつかせる。

「ふむ。そこに居るのはアベルか? どうしたのじゃ、こんな所で?」

 漏れそうになった溜息を嚙み殺すと、まるで鈴を転がしたような声がオレの名を呼んだ。

「んー?」

 いつの間にか俯いていた顔を上げると、絶世の美少女の姿が目に入った。おとぎ話の魔女のような恰好をした人外の魔性。その膝裏まである長く、淡い色の金髪は、自ら発光しているかのように輝いて見えた。

「シヤ……」

 整い過ぎて怖さまで感じるほどの端正な美顔のエルフ、シヤの表情が曇る。

「話は聞いておるよ。此度はご愁傷様じゃったな……」

 シヤは『切り裂く闇』のことを知っているらしい。そりゃデカいクランのトップだからな。冒険者の動向くらいある程度は把握しているだろう。『切り裂く闇』は、レベル6ダンジョンを攻略した注目の若手株だったからな。シヤが『切り裂く闇』の末路を知っていてもおかしくはない。

「なぁに、冒険者の死なんてよくある話だろ? もう慣れたさ」

 オレはシヤの曇った表情を晴らしたくて、なんでもないように笑顔を浮かべ、肩をすくめてみせた。その時気が付いたが、今日は1人ではないのか、シヤの後ろには女のエルフが2人立っていた。シヤの幼い外見から、保護者のように見えてしまう。

「また泣きそうな顔を浮かべて……。ワシの前でそのように強がらずともよい」

「………」

 泣きそうな顔ね……。笑顔を浮かべたつもりだったんだが……シヤにはそう見えるらしい。

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