その後、イザベルに丸め込まれる形で、結局オレはパーティのリーダーを引き受けてしまった。本当にこれで良かったのか、今でも少し心がざわつく。クロエたちも賛成してくれたとはいえ、なんだか子どものおもちゃを奪ってしまったような謎の罪悪感を感じる。
「オレがリーダーねぇ……」
思えば、今回で4つ目となる所属パーティだが、オレ自身がリーダーをするのは初めてのことだ。オレにパーティのリーダーなんて勤まるのかねぇ……。柄にもなく、ちょっと不安だ。
しかし、クロエを護るという観点から見れば、オレ自身がリーダーとなるのは歓迎すべきことだ。若い奴は自分の力を過信する傾向があるからな。その点をただの助言者としてではなく、パーティのリーダーとして諫められるのはありがたい。
「しかし、イザベルか……」
今回の話し合いは、ほとんどイザベルが回していた。その終着点もイザベルの希望通りのものだ。論の立つ子だったな。頭の良さを感じた。たぶん、オレよりも頭の回転は良いだろう。オレとしては、イザベルにリーダーを任せて、オレが助言すればいいかと思ったんだが……その考えは、イザベルに否定されてしまった。
二頭体制の弊害。オレにそんなつもりはなかったんだが、たしかに自分の意見にいちいちケチをつけられたら嫌になるだろう。かといって、パーティが間違った選択をしようとしている時に口を噤むことなどオレにはできない。
イザベルの言葉を聞いて、なぜオレがパーティから追放されるのか、その片鱗が見えた気がした。
今までマジックバッグばかりに目が行っていたが、この気付きは、値千金の価値があるだろう。イザベルに借りができたと言ってもいいかもしれないな。
昨日から借りが増えてばかりだ。冒険者というのは貸し借りにうるさいからな。早めに返しておきたいところだな。
「リーダーねぇ……」
自分には似合わないという思いが強いからか、気付けばまた零していた。
「面倒事にならなきゃいいが……」
まぁ、若い女の子たちの集団に、オレみたいな“おじさん”が入るんだ。どこからどう見ても異物でしかないだろう。年も離れているし、男と女だ。嗜好も考え方も、なにもかもが違う。きっと衝突やすれ違いもあるだろう。
今まで面倒見てきたの男だけのパーティだったからなぁ……勝手が分からん。
ダメだ。弱気になるな。もう一度誓いを思い出せ!
クロエを含め、パーティメンバーの全員に嫌われることなど覚悟の上だ。クロエたちが無事ならそれでいい。万々歳だ。今までのように、途中で切り捨てられても構わん。絶対に護り通す!
決意も新たに大通りを歩いていると、やけに陽気な笑い声と、プライドがぶつかり合うような喧騒が混然となって聞こえてくる。目的地が近い。ここ賑やかな王都の大通りの中にあっても一際騒々しい建物だ。
歴史を感じさせる石造りの武骨な建物。まるで貴族の屋敷みたいに正面に飾られた紋章には、カイトシールドをバックに剣と杖が交差している。王都では知らぬ者は居ないだろう冒険者ギルドの紋章だ。
オレは、紋章の真下に位置する木製のスイングドアを押して、冒険者ギルドの中に入った。
冒険者ギルドは昼から大いに賑わっていた。右手にあるはずの受付カウンターには、多くの冒険者が列を成して見えないほど。左手にある食堂にも多くの冒険者の姿が見える。中には席が取れなかったのか、床に座り込んで祝杯を挙げてる連中も居たほどだ。
「おい、あれ……」
「アイツは……」
「あれが……」
さっきまで外に溢れるほど賑わっていたのに、オレの顔を見るなり、まるでさざ波が打ったかのように沈黙が広がっていく。なんというか、よそよそしいというか、まるで腫れ物のような扱いだな。おそらく、オレが昨日パーティを追放されたのを知っているのだろう。まったく、嫌な情報はすぐ回りやがる。
「よしっ! 行くぞっ!」
「ちょっおまっ」
オレが沈黙した冒険者どもを睥睨していると、冒険者の中から少年と言ってもいいだろう年若い男が出てきた。ボサボサの濃い金髪の下には、決意を秘めた緑の瞳がオレを睨み返すように見ている。知らない奴だな。誰だ?
「あ、えっと……」
少年はオレの目の前に立つと、急に焦ったようにそのボサボサの髪を掻く。何がしたいんだ? オレに用でもあるのか?
「本日は……ちげぇか。あっと、その、あなた様が……あぁ、クソッ!」
悩むように下を向いていた少年が、なにかを吹っ切るように頭を振ってオレを正面から見上げる。その緑の瞳の視線は力強い。ほとんど睨むような視線だ。
「あんたが、レベル8のアベルだよな……?」
「あぁ、お前は?」
頷くことで返すと、少年は弾かれたように体を直角に曲げて頭を下げ、右の手をこちらに伸ばす。まるで意中の女にプロポーズでもしているようだ。オレにそっちの気は無いんだがなぁ……。
「オレたちのパーティ『制覇の誓い』に入ってくれっ!!!」
少年の声は、静まり返った冒険者ギルドの中にやけに大きく響いた。