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第9話

「アベル叔父さん……」

 クロエの悲しげな声が耳に届き、オレはようやく正気を取り戻す。

 なにやってるんだ、オレは? 相手は成人したばかりの15の小娘だぞ? それでなくても、これから命を預けあうことになるかもしれない初対面の女の子だ。当然、配慮は必要だろう。それなのに、なぜオレは女の胸なんて初対面で失礼過ぎる質問をしちまったんだ。

 オレの口が滑るのはよくあることだが、さすがに今回のはヤバい。クロエも見ているというのに、なんたる失態。

「いや、その……なんだ……」

 上手く言葉が紡げず、意味も無い呟きがオレの口から零れ出る。そんなオレを見るイザベルの目は厳しい。なんだか寒気すら感じてゾクリとくるほどだ。

「あぁー……悪かったな。いきなり、変な話しちまって……」

「それで?」

 イザベルの感情の無い冷たい言葉がオレの心を抉る。これ絶対根に持ってるぞ……。

 だが、考えてみれば至極当然なことなのかもしれない。相手はかなりの確率でハーフエルフの少女だ。ただでさえ年頃で繊細な話題なのに、相手は自分の胸を偽装するほどコンプレックスを持っていると思われる。2つの意味で敏感な話題のはずだ。

 純血のエルフであるシヤも自分のまったく無い胸に恥ずかしそうにしてたんだ。ハーフエルフは、エルフよりも人間に近い価値観を持つと云われている。ならばイザベルにとって、胸の話題は禁忌のはずだ。

 そして、初対面の異性に自分が胸を盛っていることがバレたとなれば……。憤死したとしても不思議ではない。

 現に怒りで誤魔化そうとしているが、イザベルの顔には今すぐにでものた打ち回りたいほどの羞恥の色が……まったく浮かんでいないな? なぜだ?

「あっ……」

 イザベルの顔を見ていて、オレはもう一つの大事な要素を忘れていることに気が付いた。

「今度は何よ?」

 相変わらずの冷たい真顔で、体の芯から凍えるような声を放つイザベル。そのイザベルの顔の横にあるべきものが無い。

「イザベルお前、耳はどうしたんだよ……?」

 イザベルの耳元は、その射干玉のような輝く黒髪によって隠れて見えない。しかし、エルフなら、たとえハーフエルフだとしても、耳が髪を割って飛び出ているはずだ。それなのに、イザベルの耳は髪に隠れて見えない。どういうことだ?

「耳? 耳がどうしたっていうのよ?」

 寒ささえ感じる冷たい表情は相変わらずだが、イザベルが右手で髪をかき上げて耳の後ろに引っかけてみせる。露わになったイザベルの耳は……エルフのような尖った耳ではなく、丸い曲線を描く人間の耳だった。マジか……。

 オレはここに至って、ようやく自分の間違いを認めた。認めざるをえなかった。まさか、イザベルが本当に人間だったとは……。

 イザベルが人間だとすると、今までのオレの発言ってただのセクハラなのでは?

 いや、まず初対面の女にいきなり胸の話を振る時点で、どう言い繕ったってダメなんだよなぁ……。

 しかも、相手はクロエのお友達にして、同じ冒険者パーティのメンバーだ。オレとも命を預けあう関係になるかもしれない。そんな相手との関係に、変なシコリなど残したくない。

 許してくれるかは分からないが、イザベルに誠心誠意謝ろう。どう考えても10割オレが悪いもんなぁ……。

「すまなかった!」

 オレはイザベルに向けて頭を下げる。相手が自分の半分も生きてないような年下だとか、そんなことは関係ない。自分の非を認め、素直に謝る。

「………」

 微かにイザベルから息を呑んだような驚いた気配を感じた。自分の親にも近い年齢の大人が、頭を下げるとは思わなかったのかもしれない。

 年を食うと、いろんな理由でなかなか素直に頭を下げられなくなるからな。オレも所属しているパーティがあったら、こんなに簡単に頭を下げられなかっただろう。自分の評判が落ちるのは構わないが、オレのせいでパーティの皆が下に見られるようになっちまうのは我慢できないし、パーティメンバーに申し訳ない。

 まぁ、今のオレはどこにも所属していない根無し草だ。今のオレの頭ほど軽いものは無い。

「本当にすまなかった! あまりにも綺麗だったから、エルフかハーフエルフだと思ったんだ!」

「ッ!?」

 今度こそ、イザベルがハッキリと息を呑んだ音が聞こえた。

「叔父さんっ!?」

「あらぁ~」

「ひゅー」

「……ぇ?」

 クロエの悲鳴のような叫びに続いて、なぜかエレオノールとジゼルが楽しそうに声を上げる。なぜだ?

「ああ、あ貴方! 自分がなにを言っているか分かってるのっ!? 本気!?」

 イザベルが、なぜか上ずったような声を上げて、オレの謝罪の誠意を確認してくる。オレは頭を上げて真っすぐとイザベルの目を見つめた。

「ッ……」

 虹色に輝く瞳。その特徴的な瞳が、オレから逃げるように逸らされた。心なしか、イザベルの頬が上気しているような……。パッと見たところ、イザベルは照れているようにも見えるが、そんなわけはないだろう。おそらく、頭に血が上っているのだ。

 つまり、オレはまだ許されたわけではない。オレの誠意を確認しようとしたことからも、それは明らかだ。

 オレの誠意を見せて、イザベルに許しを請わねば!

「無論、本気だ!」

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