退屈な日常から逃れるために異世界が存在するなら、そのセカイに転生などして新しい生を満喫したいというのが、今の世界を生きる多くの者にとっての夢であるだろう。
ここでなら普通、生を「満喫」するではなく、生を「謳歌」するという言葉を使うのが適切なのかもしれない。でも、ぼくには「満喫」という言葉のほうがしっくりとくる。
異世界に転生したいという欲求。これは食欲や性欲と同じ類いのものに感じる。喜び合うという精神的なものより、味わうというプリミティブな本能のようなものが
だからこそ、ぼくにとって、みんなが想像している、夢を描いているような、そんな異世界をぼくは求めない。
別に特別、高尚なものを求めているわけではない。ただ、ぼくにとっては、どうしてもチープなものに感じてしまう。
でも、そんなぼく自身、とてもチープな存在だ。マンガやアニメでいうところの、モブキャラそのもの。特に誰にとっても印象に残らない。そんな存在、のはずだ。
いや、こんなことを考える自分自身が、本当に嫌になる。だって、自分は自分、他人は他人なのだから。いちいちそんなことを気にするほうが、本当に馬鹿らしい。
話を戻すと、つまり何が言いたいのかと言うと、退屈な今の現実から別のセカイへと逃げ出したい。でもそれは、みんなが求めているファンタジーの世界というよりも、もっと現実的で別の何か。現実世界と似たパラレルワールドと言い換えてもいいかもしれない。そんな何かをぼくは求めている。
自分のことを懐古主義やら中二病などとは言いたくない。別にぼくは自分のことを懐古主義だと思ったことは一度もないし、中二病なんてものは、誰しも抱えている宿命みたいなものだと考えている。だからこそ、みんなが表面上忌み嫌う、今生きているこの世界から逃げ出したいだけなのだ。みんなだって、本当はそう思っているはずだ。
だからと言って、自分に都合の良いセカイというのも、どこか気に食わない。ただ、今の現実世界を少しだけ、自分が望む方向に変えてくれるだけで、本当はそれぐらいで充分なのだ。
簡単に攻略出来るセカイではつまらない。簡単には思い通りにはならないもの。それなくして、本当の生きがいとは呼べない。
だからこそ、自分にとっての思い通りにならないもの。その対象をぼくは必要としていた。それが一体なんなのか、最初は分からなかった。でも、いろいろ試してみるうちに、それが段々と形となっていき、やがて人の形へとはっきり見えるようになっていった。髪の長い少女の後ろ姿に。その後ろ姿を、ぼくは今、追い求めている。