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夢を見るたびに僕が死ぬ
綾崎暁都
現実世界青春学園
2024年07月30日
公開日
5,874文字
完結
椿屋真琴(つばきやまこと)は容姿端麗な女子高生で、学校の皆の憧れの存在だ。だが彼女は、実は男の子になりたい願望を抱いていた。周囲から向けられる理想の眼差し、そして世間の目に、真琴は本当の自分でいることが出来ず、葛藤に苦しむ。そんな彼女だが、自分と同じく容姿端麗で、人気を分ける存在である藤枝京香(ふじえだきょうか)に、密かに想いを寄せていた。

※他サイトでも公開しています。

『夢を見るたびに僕が死ぬ』本文

 今これを読んでいるそこの君。今これを読んでいるということは、それは遺書なのか、手紙、日記、またはなんらか別の方法で、僕の書いた文章が君に伝わっていることだろうと思う。

 遺書なんて不吉な言葉を使ってしまったが、これを書いた後、僕はまだ死んでいないかもしれないし、今これを読んでいる君と同じく、今まさにその瞬間、僕はまだ生きているかもしれない。

 だから、暗い話で終わると思わず、どうか最後までこれを読んでもらいたい。

 まず最初に自己紹介から始めようか。僕の名前は椿屋真琴つばきやまこと。これを書いている今も、学校に通っている。

 僕が学校でどんな存在かというと、そうだな、自分で言うのもなんだけど、容姿端麗ようしたんれいな僕は、男女を問わず学校の皆の憧れの存在だ。それで成績優秀ということもあり、周囲から孤高の存在として見られているようだ。

 男女を問わず皆の憧れの存在ということ、そして、真琴という名前に使われている漢字で察したかと思うが、僕の性別は女。そう、花の女子高生というわけだ。

 ここまで聞くと、さぞうらましい、自慢気な話に聞こえるかもしれないが、僕にとってはそうじゃない。

 先程から自分のことを呼ぶ際、僕は「僕」という言葉を使っている。それはつまり、どういうことか分かるかい? そう、僕は男の子になりたいんだ。

 物心ついた辺りぐらいかな、僕は女の子として振る舞わなければいけないことに、どこか違和感があった。そして年齢が上がれば上がっていくほどに、僕の中でそれがどんどん膨れ上がっていった。

 あれは僕がまだ小学生ぐらいの頃だろうか。長い髪が嫌で自分で短く切って、男の子のようにやんちゃな遊びをしたときがあって、そのとき、母さんからものすごく心配され、「女の子はそんな風にするものではありませんよ」というようなことを言われ、同時に厳しく叱られもしたっけ。

 その後も、再び同じようなことをやったのだけど、そのたびに母さんから心配され、父、祖父母、親戚の叔父叔母などと共に、女の子らしく振る舞うよう言われ、何度か病院にも連れて行かれたりもした。

 そんなことが何度かあったため、僕は再び女の子らしい振る舞いに戻っていった。

 だがしかし、女の子らしく振る舞ってはいるものの、僕の中での男の子になりたい願望は日に日に強くなり、そして今現在に至るわけだ。

 身体が大きくなるに従い、女らしさに磨きがかかり、今では学校一の美少女と言われる存在にまでなった。表面上、女子として振る舞ってはいるものの、髪を少し短めにするなど、僕なりのささやかな抵抗もあってなのか、男子だけではなく、女子からの視線も多く感じるようになる。まあ、背も高く髪も少し短ければ、男装の麗人と見えるのかもしれない。

 でも、これは本当の僕じゃない。

 僕は男の子だ。僕は女の子じゃない。「わたし」なんて言葉、使いたくない。願えば願うほど、自分の身体を呪ってしまう。周囲から期待の目で見られれば見られるほど、僕は苦しくなっていく。

 「まこと」という名前なのに、僕は本当の自分でいることも出来ないのか。

 みんなが憧れの眼差しで僕を見れば見るごとに、本当の僕が死んでいく。そして、僕が夢を見るたびに僕が死ぬのだ。

 そしていつしか、僕はみんなの顔から顔を消した。

 両親から「真琴」と呼ばれたり、「椿屋さん」と同じ学校の生徒が自分のことについて話しているのが聞こえるたびに、のっぺらぼうの顔が自分に向けられるのを感じる。そして、それを感じるたびに、僕はどこか怯えていた。

 しかし、そんな僕にも、唯一、顔がはっきりと見える存在がいた。

 藤枝京香ふじえだきょうか。僕と同じ学校、同じ学年の女生徒だ。彼女は僕から見ても容姿端麗で、僕と人気を分ける存在だ。

 彼女を初めて見たその瞬間、僕は心を奪われた。なんと言えばいいのか、そう、なんだか胸が熱くなったのだ。

 こんなことは生まれて初めてだった。だから、酷く動揺もした。だが、この動悸が一体なんなのか、次第に気づいていった。

 そう、僕は彼女に恋をしたのだ。

 同じ学校の女子高生である僕ら。同じ学校で人気を分ける僕と彼女。そして、その彼女に、僕は密かに想いを寄せていた。

 実のところ、生まれて初めての感情だった。今まで恋心を抱くことがなかったこの僕が、目の前に彼女が現れたその瞬間、彼女のことに目を奪われているのだから。

 藤枝京香。長くて綺麗な茶髪に、少女漫画のようなきらめく瞳。まさにヒロインそのものだ。

 そんな彼女だからこそ、学校一の美少女と呼ばれるにふさわしい。そんな彼女と比較され、彼女と人気を分けてることに、僕は自分のことを笑わずにはいられなかった。

 だって、考えてもみろよ。椿屋真琴なんて名前、変な名前だろ。どんなアクセントで読んだところで、良い響きはしない。正直、自分の名前が嫌いだ。特に椿屋という名前が好きじゃない。

 それと比べて藤枝京香。名前と容姿共に、まさに物語に出てくるヒロインにふさわしい。そんな存在だ。

 まあ、彼女も自分と同様、成績優秀であるため、そこの点において比べられることは分かるものの、その点を除いて、彼女と比較されるほど馬鹿馬鹿しいことはない。

 そもそも、他のみんなと距離を取っている僕とは違い、彼女は誰とでも笑顔で会話をしている。他人をどこか拒絶している自分とは、そもそもな話、器が違うのだ。だからこそ、酷く馬鹿馬鹿しい。

 そんな彼女とはクラスが異なり、今まで遠くから見ることしか出来ずにいたが、ある日、遠くからではあったものの、僕は彼女と初めて目が合った。しかし、彼女は僕と目が合ったその瞬間、何事もなかったかのように、直ぐ様目を逸らした。

 僕はこのときほど、自分が壊れていくのを感じることはなかった。他のみんなには優しく微笑むその顔も、僕という存在がその輝く瞳に写り込んだだけで、まるでくず同然のように目を背けられてしまう。

 彼女は僕のことが嫌いなのか。彼女にとって、僕はいらない人間なのだろうか。こんなにも僕は、彼女のことを愛おしく欲しているというのに。

 僕が女だからいけないのだろうか。女の身でありながら、男として振る舞いたい。そんな願望を胸に秘めている、それがいけないことなのか。そんな夢を見ている、道を踏み外した女だから、僕は罰せられているのだろうか。

 僕はこの瞬間、罪を犯した女として、何度もあらゆる方法で処刑される光景が、脳裏に映し出されていた。

 そして、僕の中の僕という存在の崩壊が加速する。

 ある日の夕刻、みんながいなくなった学校の屋上で、僕は身体を小刻みに震わせながら、真下を見下ろしていた。

 もうこの世に僕の居場所なんてない。そんな自暴自棄な想いに駆られていることなんて分かっていながらも、この世からさよならしようと決意したものの、いざ身を投げようとするのだが、どうしてもその第一歩を踏み出せずにいた。

 何度も何度も、その震える重い足を前に出そうとするのだけれど、結局僕は自ら命を絶つことが出来なかった。そして家に帰ると、寂しさ、そして悔しさに涙を流しながら床に就いた。

 だが翌朝、昨日の自暴自棄な自分の思考が一気に吹き飛ぶほど、衝撃的な事実が僕の耳に入った。藤枝京香が死んだのだ。

 学校の屋上から飛び降りたとのことだ。時間帯から見て、深夜の零時前後。自殺の原因までは書いていないものの、どうやら遺書が残されていたようだ。僕はこの話が耳に入ったその瞬間、あまりのショックに思考が追いつかないでいた。僕はただ呆然と、警官がたくさん入り込む校内を眺めることしか出来なかった。

 学校は休校となり、そしてその後日、藤枝京香の葬儀がおこなわれた。

 葬儀には彼女のご家族、学校の先生複数人、そして、同学年の生徒全員が参列した。一人娘を亡くした両親、そして女生徒の多くが彼女との別れに涙を流した。しかし、僕は一滴の涙も流せずにいた。

 葬儀が終わり家に帰ると、郵便受けに一通の手紙が入っていた。僕宛てに送られた手紙だ。差出人の名前を見ると、驚いたことに藤枝京香の名前があった。

 封筒を開けて手紙を読むと、そこには僕への想いが綴られていた。

椿屋さん、一度も話したことのないこのわたしから、突然手紙が送られてきたことに驚いたことと思いますが、どうかお許しください。恐らくですが、この手紙を椿屋さんが読んでる頃には、わたしはもうこの世にはいないでしょう。ですが、だからこそ、最後に椿屋さんに、わたしの想いを伝えたいと思い、最後、手紙を送らせていただきました。椿屋さん、わたしは以前から、椿屋さんのことをお慕い申し上げておりました。初めて椿屋さんの、その横顔を見たときから、わたしは心を奪われてしまったのです。ですが、知ってのとおり、わたしは女であり、椿屋さん、あなたも女です。わたしは女である自覚があります。そうです。わたしは女です。しかし、女であるあなたに、どうしてか、恋焦がれてしまいます。そんなこの感情に困惑し、随分思い悩みました。正直な気持ちを打ち明けるべきか、自分の気持ちを押し殺し、周囲の期待に応えて生きていくべきなのかと。本当なら、あなたに直接、自分の気持ちを伝えたいところです。ですが、あなたがわたしの気持ちに答えてくれたとしても、世間がそれを許してくれないでしょう。女同士が恋仲であることを、周りは絶対に認めようとしない。そう思うと、自然と諦めもつくと思ったのですが、どうやらそうはいかないようです。わたしは今まで、両親、そして周りからいい子と見られるように振る舞ってきました。勉強だって親のためにやってきたようなものです。正直なところ、わたし自身がそうありたいって思ったことなんて、一度もありません。そうです。わたしは仮面を被っていました。ですが、それはもうやめにします。しかし、本当のわたしをみんなに見せたら、みんながわたしのことを拒絶すると思います。本当の自分でいることが出来ないなら、もう、わたしに生きる意味なんてありません。可能性をいくらか探りましたが、どうしても見つかりそうにはないようです。ですから、もうこの世からお別れします。もし、もし、椿屋さん、あなたが、それでもわたしと一緒にいたいと言ってくれたら、わたしは踏みとどまることが出来るかもしれません。でも、それは叶わないのだと思います。どうせ、自分から気持ちを伝えることが出来ないでしょうから。だって、わたしは臆病者だから。だからこそ、わたしはここでお別れです。願うなら、真琴さん、京香と名前を呼び合いながら、二人で共に時間を過ごしてみたかったです。最後に、町外れの廃墟となってる洋館に、わたしの想いを描いてきました。なんのことかと思うかもしれませんが、行けばすぐに分かると思います。どうか、わたしの夢を是非見てください。本当に最後になりましたが、どうか、真琴さんは御達者で。では、さようなら。

 手紙を読み終わると、僕は直ぐ様家を飛び出した。

 町外れまで行き森の中まで入ると、近くには他の家もないような、そんな森に囲まれた場所で、廃墟と化した洋館が姿を現した。まさに幽霊屋敷といった外観だ。

 この辺りは人気も無く、不気味な鳴き声、そして昔、近くで死体が捨てられたりなどしたことがあるためなのか、皆が不気味がって近寄らなかった。女子供なら尚更だ。

 僕自身、この洋館のそばまでやって来て、怖くて震えが止まらなかった。一度は自ら命を絶とうとした身であるのに、笑ってしまうだろ。

 だが、藤枝さん、彼女の想いに応えるためにも、僕は彼女の描いた夢というものが一体なんなのか、この目で見なければならない。あんなにも丁寧な文字で書きしたためられた手紙を読んでしまったのだから、想いに応えてあげなければ薄情というものだろう、きっと。

 勇気を出して、どうやって入ろうものか、洋館の周囲を眺めていたところ、一つだけ開いている窓があった。窓を覗くと、殺伐とした部屋の中央に、キャンバスを載せた画架がかが立っていた。

 窓から部屋の中に入って、画架の目の前まで近づくと、キャンバスを見た。そこには驚くべき光景が写っていた。

 僕と京香、二人が仲睦なかむつまじく、身体を触れ合いながら、お互い目を輝かせながら見つめ合ってる様子が描かれていた。このとき、改めて想い知らされた。本当はお互い想いが通じ合っていたことに。

 では、なぜこんな悲劇になってしまったのだろうか。僕らが女で、女同士だから想いを寄せていたからだろうか。

 いや、違う。それは僕らが、僕、そして彼女が、二人して臆病者だったから。僕、もしくは彼女のどちらかが、世間の目なんて気にせずに声をかけていれば、こんなことにはならなかったのだろう。そうすれば、僕は今頃、京香と共に仲良く人生を共に出来たことだろうと思うのだが。

 しかし、起きてしまったことは変えられない。この悲劇を変えることは出来ないのだ。

 でも、そんな悲しみにくれる僕にも、良かったことはある。そうだ。本当はお互いの想いが通じ合っていたことに。そう、あの絵がある限り、僕が生きている限り、君、もしくは君たちがこの文章を読んで覚えている限り、京香、そして僕が思い描いた夢は永遠なのだから。

 だが、そんな夢を実現出来なかったのは、僕らが自分で自分を死なせてしまったためだ。僕は本当の自分を殺し、彼女は自ら命を絶つことを選んでしまった。

 だからこそ、君たちに言いたい。今これを読んでいる君、君たちの世界では、今の僕らと同様、世間の目を気にしなければいけない状況かもしれない。でも、だからこそ、これを読んでいる君たちが僕らと同じ状況であるならば、どうか負けないで欲しい。

 酷く傷つくことがあるかもしれない。だがしかし、そんな君たちにもいつか、理解をしてくれる、想いを寄せてくれる人が現れることを、僕は信じている。そう願いたい。

 夢見る少女の夢物語だと笑ってもらっても構わない。だって、僕と京香、二人の思い描いた夢は全くの同じだったのだから。僕にとって、それが唯一の救いだ。

 だからどうか、みんなも暖かく見守ってあげて欲しい。偏見な目で見ることをせず、暖かく見守ってくれる。そんな未来になることを、僕は願っている。

 そして最後、僕らと同じ境遇にいるそこの君たち。どうか、自分に負けず、自分の想いに真っ直ぐ向き合って欲しい。そうしないと、いずれ僕らのように、自ら自分を死なせてしまうことになりかねないのだから。

 これで僕の物語も終わりだ。君たちには辛い試練が待ち受けていることだろうが、そんな君たちに幸あることを願っている。もう、そろそろお別れだ。ではみんな、さようなら。

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