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第81話 パーティー準備

 冬休み中には有香達地元の友達にも少しだけ会うことが出来た。


 永人が以前血を少量入れて操っていたけれど、その影響みたいなものは全くないみたいで安心する。



 俊君や浪岡君に会わせてとお願いしてくる様子は、転校する前と同じでちょっとおかしくなっちゃった。



 そんな年末年始を過ごし、また出張先へ戻るお父さんを見送る。


 そうしたら私と愛良は城山学園へと戻った。


 もう厳重な護衛は必要ないけれど、それでも出来る限り守りやすいところにいて欲しいって田神先生に言われていたから。



 残りの冬休みは宿題を片付けていたら案外あっという間に終わってしまって、また新学期が始まった。



 もうすっかり雪景色となった城山学園で慣れた学園生活を送っていると、吸血鬼達の年明けのパーティーは目前となっていた。



***


「え⁉ これ着るんですか⁉」


 パーティーまであと数日という頃、当日着る服を確認して欲しいと言われて愛良と指定された部屋に向かった。


 そこに用意されていた衣装を見て、私は思わずそんな声を上げる。



 愛良に用意されていたのはバラ色のワンピースドレス。


 フォーマルだけど、愛良の可愛らしさをしっかり引き立ててくれるようなデザインをしている。


 これを着てドレスアップした愛良は絶対可愛いだろうなって思った。


 そして私に用意されてたのは……振袖だった。



 唐紅からくれない色を基調としたもので、様々な花が金縁で描かれていて豪奢だ。


 裾の方は黒地になっていて、重厚感もある。


 着こなせるのか不安はあるけれど、振袖自体は綺麗だし悪くない。



 ただ……。



「……なんで振袖?」


 という疑問が湧く。



 吸血鬼とかヴァンパイアって言うと西洋のイメージがあるから、こういうパーティーとかはドレスが基本だと思っていた。


 実際愛良はドレスだし。



「あー……それは上からの指示でね……」


 私の呟きを聞き取った田神先生が気まずそうに答える。



「今回は始祖のお披露目ということになっただろう?」


「……完全な始祖ってわけじゃないですけどね」


 一応そこは突っ込んでおく。



「まあ、それはそうなんだが……でも完全な始祖が復活しないのは確実なんだ。そうなると始祖の再来と言っても差し支えない状態だ」


「……」


 言いたいことは分かるけれど、本当の始祖とは言えないんだからやっぱり違うと思う。


 不満顔で黙る私に苦笑しながら、田神先生は話を続けた。



「とにかく、いつもと違って特殊な状態だということだ。そのため海外の有力者達も大勢参加表明してね……」


 そこで一度言葉を切った田神先生はまた気まずげな表情になる。


「そのため、君はこの国の出身なのだからってことを見た目からも分かるように和装しろと……」


「……」


 うん、田神先生は別に悪くないよ?

 上の指示に従っているだけだし。


 でもジトッとした目で見てしまうのは仕方ないよね?



「まあまあお姉ちゃん、振袖なんて中々着る機会無いんだし。それにこの振袖お姉ちゃんにとっても似合いそうだよ?」


 見かねてか、愛良がそうフォローを入れてくる。



 少し前は田神先生への当たりが強かった愛良。


 けれど、彼がちゃんと私に謝ってくれて私が信じると言ったからだろうか。


 態度が初めの頃の感じに戻っていた。



「まあ、そうだね……」


 ついこの間、上の指示に従っている田神先生に文句を言っても仕方がない、と愛良をたしなめたのは私の方だ。


 分かっているのにずっと非難するような目をしていても仕方がない。



 それに確かに着物を着る機会なんてほとんどないし、振袖なんて一、二回着るかどうかだ。


「でも着こなせるかな? 着物なんて七五三以来だよ?」


 言いながら掛けられている振袖を見てみる。


 着物の良し悪しなんて分からないけれど、絶対に高いものだってことは分かる。


 着こなせるかも分からないけれど、汚さないかの方が心配かも知れない。


「確かに聖良に似合いそうだな」


「そ、そう?」


 一緒に近くで見ていた永人の言葉にまんざらでもない気分になった。


 こんな豪華な着物が似合うと言われて素直に嬉しい。


 似合いそうだというなら、着たところを見せてあげたいと思う。



 でも、続いた彼の発言でその嬉しさも吹き飛んでしまった。


「これ着たお前を乱れさせてみてぇな」


「……永人、流石にそれは変態発言だからやめてくれない?」


 引きつる頬を抑えつつたしなめるけど、永人はどこ吹く風で……。



「俺は正直に思ったことを言っただけだぜぇ?」


 なんてニヤリと笑うから、つい足を思い切り踏んづけた。


「ってぇ⁉」


「調子に乗り過ぎない!」


 私の純粋な喜びを返せ!



 こんなことを言うのは私が何度もお預けを食らわせているせいだって分かってるけれど、それでも今のはちょっといただけない。


 痛がる永人からフンッと顔をそらすと、田神先生の顔が見えた。



 彼は何とも言えない微笑を浮かべている。


 口元は軽く笑っているのに、薄っすら開かれた目はまるで遠くを見ているかのようだった。


 なんて言うか……あれだ、仏像とかの表情に似ている。



「うっ……あの、その……」


 悟りを開かせてしまった状態に気まずい思いが沸き上がる。


 でも、田神先生は表情はそのままに口を開く。



「……まあ、とりあえずそれを着てくれ。当日はちゃんと着付けやメイクアップ出来る美容師も手配してあるから」


 そうして話を終わらせてしまった。



 ちょっと待って!

 せめて何か突っ込んで!


 行き場のない気まずさや恥ずかしさに内心叫ぶけれど、田神先生の心情を思うとうったえることも出来ない。



 結果、足を押さえてうずくまる永人の隣で気まずさと羞恥に耐えるため私もうずくまる。


「……似た者夫婦って感じだな」


 愛良しか見ていない零士が珍しくそんな感想を漏らしたけれど、「夫婦じゃないでしょ」と突っ込む気力はなかった。



***


 パーティー当日は朝から慌ただしかった。


 パーティー自体は夕方からだけど、まずは会場に行くために移動しなければならない。


 結構遠いみたいで、今晩はそこのホテルに泊まってくることになっている。



 菅野さんが運転するリムジンに私と愛良、永人と零士が乗って出発した。


 私達がリムジンに乗るとか本当にいいんだろうかと不安になったけれど、私と愛良は一緒が良いし、“唯一”を離すわけにもいかないからこれで行くしかないと説明された。


 まあ、乗用車だと誰が助手席に行くかでもめそうだしね……主に男二人が。


 でもわざわざリムジンにするあたり凄く特別扱いされている気がする……。



 ついたホテルは結構大きくて新しく見えた。


 リムジンから下りたときに菅野さんから聞いた話だと、五年ほど前に改装したホテルらしい。


 ある吸血鬼の一族が経営しているホテルで、この年明けのパーティーではよく使われている場所なんだとか。



 とりあえず部屋に荷物を置いて少し休憩するといい、と田神先生は休む時間を取ってくれていた。


 ホテルの人に案内されたのは最上階の結構広い部屋。


 永人の隣の部屋にしてくれていた。



「始祖様にはスイートルームを使って頂こうと思っていたのですが……」


「ええ⁉」


 案内してくれたお姉さんにそう言われて色んな意味で驚いてしまう。


 彼女も吸血鬼だったらしく、私が始祖の再来と言われていることを知っていた。



 ちなみにスイートルームの件はきっと逆に気疲れしてしまうからと、田神先生が断ってくれていたらしい。


 良かった。

 スイートルームに憧れはあるけれど、今日みたいに他人に色々用意してもらった状態では逆に申し訳なくなっちゃうから。


 あとは。



「その……始祖様っていうの、やめてください」


「え? ですが不敬では?」


「いえ、不敬とかそういうことは全くないので」


 何とか普通のお客さんのように香月様と呼んでもらう。


 まさかとは思うけれど、今日会う吸血鬼達はみんな彼女のように始祖様扱いしてくるんだろうか?


 その疑問が当たっていそうな気がして、パーティーが始まる前からちょっとうんざりしてきた。



 部屋で一人になれて、やっと息をつく。


 荷物もそのままに、ベッドにボスンと横になった。



 そうすると、今朝方見た夢を思い出す。



 今朝見た夢では、あの欠けた球が溶けきったのが分かった。


 そうして、姿は見えなかったけれど女の子の声が聞こえたんだ。



『その力は、あなたの思いのままに……』



 って。



 あの欠けた球はきっと始祖の力そのもの。


 欠けていたのは、私が本来は“花嫁”ではないから。


 本当の“花嫁”じゃないから、完全な球体の始祖の力は与えられなかった。


 ……多分、そういうこと。



 あの愛良に似ていると思った少女は、きっと最初の“花嫁”だ。


 吸血鬼になったからこそ分かる血脈の繋がり。



 吸血鬼の両親から生まれたにもかかわらず人として生を受けたという最初の“花嫁”。


 彼女はそのまま人間と結婚し、子をなした。


 そうして人間の血脈の中に“花嫁”の血筋は広がって行った。



 今では広がり過ぎて世界中にその血筋が存在するくらい。


 私達も、その“花嫁”の血筋だった。


 だから愛良という“花嫁”が誕生したし、私という“花嫁”もどきが出来上がってしまったんだ。


 長い時が流れてなお、その血は受け継がれていく。


 繋がっていく。



 とうの本人はもうこの世にいなくても、私達の血の中に彼女はずっといたんだ。


 ……ううん、きっと彼女だけじゃない。


 たくさんの人の生きた証が、私の中にあるんだ。



 きっと私もそうやって子孫の血の中で生きていくんだろうな……。



 なんて、ちょっと壮大なことを考えてしまった。



 そのままボーッとしていたらちょっとウトウトし始めてハッとする。


 この後は遅めの昼食を取って着付けやメイクアップなどまだまだ忙しい。


 お昼寝している時間は流石にない。



 シャキッとするためにも、部屋に置いてあったお茶を入れて一服した。



***



 昼食の後は、着付けとメイクアップ。


 まずは髪を結いあげられ、エクステも使って盛られていく。


 もみあげの部分は少し残して巻かれて、動くたびにそれが揺れてちょっとテンションが上がった。



 メイクはもう黙ってジッとしてされるがままの状態。


 そんなに塗りたくるわけじゃないのに、ドッと疲れたのはなんでだろう……。



 振袖を着つけてもらうのも疲れたけれど、出来上がりを鏡で見せられるとやっぱりテンションが上がって元気が出てきた。


 うねってる髪は綺麗に結い上げられていたからコンプレックスを刺激されることが無かったし。


 いつも眠そうに見えるたれ目はアイメイクで少しキリッとなるようにされていたからか、かわいらしさの方が前面に出ていた。



 みんなに癒し系美少女と言われたし、永人にはいつも可愛いと言われているし、吸血鬼にもなったから美人度は上がっているというのは分かってる。


 でも、長年持ち続けたコンプレックスはそんなすぐになくなるものじゃなくて、未だに髪はうねってるようにしか見えないしたれ目は眠そうに見えてしまっていた。



 それがメイクアップされると変身できた気になるのはなんでなんだろう?



 まあ、とにかく嬉しいことに変わりなかった。




「わっ! お姉ちゃん綺麗!」


 同じくメイクアップを終えた愛良と合流すると、真っ先にそう褒めてもらえる。



「愛良こそ綺麗だし可愛いよ!」


 ドレスを見せてもらったときから思っていたけれど、想像以上の可愛さだった。



「ありがとう。でもお姉ちゃんは和装だからかな? ちょっと大人っぽい色気も出てる感じ」


「えぇ? そ、そうかな?」


 色気とまで言われて流石に照れていると、愛良の横にピッタリくっついているスーツ姿の零士が鼻を鳴らす。


「フンッ中身でその見た目も全部台無しだけどな」


「はぁあ⁉」


 こいつはどんな時でもケンカを売らないと気が済まないんだろうか。


 スーツ姿が綺麗に決まっているからまたさらに腹が立つ。



「お姉ちゃん、落ち着いて。岸さんも止めてください!」


 間に入った愛良の言葉に私はピタッと止まる。



 そうだ、零士とケンカしたら永人は嫉妬するって言ってたっけ。


 その後にされたもろもろを思い出して恐る恐る今まで黙っていた永人を見ると、「あ、ああ……」と気のない返事をしてこちらに近付いて来た。


 何だか様子がおかしい。



 そう言えば、着付けを終えて合流してからずっとこんな感じだ。


 元気がないとか、そういう感じじゃなさそうだけれど……。



「……永人? どうしたの?」


 様子のおかしい永人に、零士への怒りもほっぽりだして付く。


 小首を傾げて見上げると、彼は口元を片手で押さえて私から少し視線をそらした。


 本当に様子がおかしい。



「ね、大丈夫? 具合悪い?」


「いや、違う。……そうじゃなくて……」


 何だか戸惑っている様子がいつもと違いすぎて心配になるけれど、私は黙って永人の言葉を待った。


「参ったな……思ってた以上に綺麗で、驚いちまったんだよ」


「え?」


「ちょっと、ガラにもなく照れるっつーか……ドキドキしてるんだよ……」


「え……」



 永人が、照れてる⁉



 フォーマルな格好をということで、永人もスーツを着こなして前髪を上げている。


 そうして丸見えになっている耳が少し赤い気がするのは、気のせいじゃないってことなのか……。



「え、えっと……」


 照れている永人に、私までドキドキしてくる。


 いつも強引に迫ってくる永人でもこういう顔するんだ……。



 永人の新しい一面を知れて、嬉しくも照れ臭い気分になった。



***


 照れ臭くてお互いにちょっとぎこちなくなってしまったけれど、いざパーティーが始まるとなると気を引き締めざるを得なくなる。


 海外からも来ているという吸血鬼の有力者達。


 その中には、今まで愛良を狙っていた月原家の当主もいる。



 見れば、愛良の表情も強張ってるみたいだった。


 私がしっかりしなきゃ。


 そう意を決していると、エスコートのため隣で一緒に待機している永人が真面目な顔で話し出した。



「……聖良、とにかく何か起こっても夜になるまでは引き延ばせ」


「え?」


「今夜は、新月だからなぁ……」


「あ、そっか」


 月齢は特に気にしていなかったけれど、確かに今日は新月だ。


 前の嘉輪の上昇の月である満月の日から数えてみるとちょうど今日だった。



 今日のパーティーには朔夜さんの代理という事で嘉輪も参加している。


「私も全力で守るからね!」


 と頼もしい笑顔で言ってくれた親友は、先にパーティー会場へ正輝君のエスコートで向かっていた。



 何も起こらなければ良い。


 でも、みんなも警戒しているように月原家の人達は何か事を起こすだろう。



 予測でしかないそれは、彼らの今までの行動から確信としてみんなの中にあった。


 だから、警戒は必須。



 彼らがどういう行動に出るか分からない以上、私も自己防衛は必要だ。


 今日が新月なら、パワーアップできる夜まで引き伸ばせという永人の言葉も納得できる事だった。



「うん、分かった」


 しっかり頷くと、ちょうど会場のドアが開けられる。



 私達の会場入りだ。


「じゃあ、先に行くね」


 私の前にいた愛良が顔だけ振り向いてそう言うと、零士のエスコートで中に入って行く。



 パチパチと拍手の音が聞こえた。


「私達も行こうか」


 軽く深呼吸をしてうながすと、「ああ」と短い同意が返ってくる。



 私も愛良に続いて、永人のエスコートで会場入りをした。

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