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第80話 平和なひととき

 …………。


 また夢だ。


 私の中にある欠けた球体。


 愛良に似た女の子にもらったもの。



 それは飴玉の様に溶けていき、私の一部になっていく。


 これは何なんだろう、とはもう思わない。



 だって、多分私はもうこれが何なのか知っている。


 あの女の子が何者だったのかも。



 この球体が溶け切ってしまったら、どうなってしまうのかだけが分からない。


 怖くないと言えば嘘になる。


 でも、あの女の子は笑顔で渡してくれた。


 だから、多分大丈夫。



 そんな理由の無い確信があった。



 もう半分以上小さくなっている欠けた球体。


 溶けきるのは、あと少し……。



***


 パーティーは年明けと聞いていたけれど、明けてすぐというわけじゃなかったらしい。



 年末年始はどこの家も家族や親族で過ごす。


 それは吸血鬼でも変わらない。



 そのためパーティーは年が明けて冬休みも終わってから準備を始めるのだとか。


 だからパーティー自体は1月の末辺りになるらしい。



 そういうわけで、年末年始は思ったより平和に過ごすことが出来た。



 クリスマスは寮で結構大掛かりなパーティーが開催されていたし、冬休みに入ると久しぶりに家に帰ることも出来た。


 転校してまだ三か月程度なのに、色々なことがあったせいか一年くらいは帰っていないような気がしてくる。



 大晦日には海外出張中のお父さんも一時帰国していて、家族水入らずで過ごしていたんだけれど……。


 この中で私だけが吸血鬼っていう人外になってしまったんだなって考えるとちょっと寂しく思った。



 でも、そんな寂しさを覚えたタイミングを見計らうように家に永人が訪ねてきたんだ。


 出来る限り近くにいたいと、近くのビジネスホテルに宿泊すると聞いていた。

 けれど、家に訪ねてくるとは聞いていなかったから本当にビックリしたんだ。



 しかも……。


「先日から聖良さんとお付き合いさせてもらっている岸 永人と言います。これからもよろしくお願いします」


 ニッコリと爽やかな笑みを浮かべてそんなことを言うものだから、愛良と二人で鳥肌がおさまらなかった。



 お父さんは自分がいない間に私達が転校していたうえに、彼氏まで出来ていたことが相当ショックだったのか無言になってしまうし……。


 初詣デートを理由に永人と家から出ると、やっと安堵のため息をついた。



「もう、来るなら事前に教えてくれればいいのに」


「お前が俺に会いたがってるんじゃねぇかと思ってよ」


 文句を言うと、そんな言葉が返ってくる。


「違うか?」


 なんて言われたら、否定は出来ない。



 自分だけ人外だと、少し寂しく思ってしまった。


 そして、その寂しさを埋めてくれるのが誰なのかは分かりきっていたから。



「……別に」


 ここで、素直に「会いたかった」と言えればいいんだろうけど……。


 伝えるのが恥ずかしくて意地を張ってしまう。



 本当、私って可愛くない。



 でもそう思うたび、永人は楽しげに言うんだ。


「ウソついたって俺にはバレバレなんだけどなぁ?」


「っ!」


 自然と繋がれていた手が恋人繋ぎになる。

 指と指の間に永人の硬くて長い指が入ってきた。


 その指が、わざとらしく絡まってくるから一瞬で意識が手に集中してしまう。


「っ……んっ……永人?」


 何がしたいのか分からなくて聞くけれど、見上げた顔は意地の悪いニヤついた笑み。



 つい殴りたくなるような表情だけれど、今は何だか妖しさも見え隠れしていて……。



 絡められた指が持ち上げられて、永人の薄い唇に吸い寄せられる。


「会いたかったって言ってみろよ」


 吐息が私の指先にもかかり、恥ずかしい。


 妖艶さに吞まれそうで、ゴクリと唾を飲み込んだ。



「えと……別に言わなくても……」


 いいよね? という言葉は発する前に喉元で止まる。


 永人の柔らかい唇が私の指に触れたから。



 チュッと、わざとらしくリップ音を立てて、また吐息がかかる。


「いいだろ? たまには素直な言葉も聞いてみてぇんだよ」


 甘えるような物言いに少し驚いていると、今度は指を唇だけでんできた。


「ふひゃっ⁉」


「ほら、言ってみろよ」



 生温かく柔らかい唇に挟まれた指がものすごく熱くなっている気がする。


 触れる唇は優しいのに、そのまま食べられてしまうんじゃないかと思えてきた。


「えっと、永人? ここは人目もあるし、そういうことは……」


 同じく初詣をするためなのか、ちらほらと歩く人達がいる。


 とはいえそこまで多いわけではないし、吸血鬼でもない普通の人間がこの暗さで何をしているかなんて見えるわけがない。


 変な声でも出さない限り分からないと思う。



 でも、その変な声を出してしまいそうな状況なので永人を止めることにした。


「永人、本当にやめ――」


 ペロッ


「っっっ⁉」


 “命令”しようとしたところで、温かく湿ったものに舐められる。


 声にならない悲鳴を上げて、楽しそうに妖しく笑う永人を見た。



「ひと言会いたかったって言ってくれればいいだけだぜ? ほら、聖良?」


 うながされたけれど、今度は羞恥で喉が引きつって言葉が出てこない。


 そうしている間に永人の空いている方の手が私の腰を抱く。


 グイッと引き寄せられて、分厚いコート越しだけれど体が密着した。



 耳元に、彼の唇が寄せられる。



「言わねぇなら、ここも舐めてやろうか?」


「っ⁉」


 このっ、私が耳弱いの知ってて!


 振りほどいて、ハッキリやめなさいと“命令”してやりたいと思った。


 でも、出来るはずのそれを私は出来ない。



 指を絡められて、食べられて。


 腰を抱かれて近付いた永人の体温に早くなった鼓動が戻らない。


 高鳴る胸は、結局のところ永人を求めているんだ。



 出来るけど、振り払えない。


 だから、諦めるしかないんだ。



「っ……! 会い、たかったよ。永人が来てくれて、嬉しかった……」


 蚊の鳴くような小さな声で伝える。



 ここまでされてやっと言えるような言葉。


 だと言うのに、恥ずかしくてしっかり伝えることすら出来ない。



 ああもう、情けない……。



 それでも永人はちゃんと聞きとってくれていた。


「ああ、俺も会いたかったぜ……聖良」


 私の小さな声を受け取ってくれた永人は、そのまま優しく耳のふちにキスを落とす。


「んっ」



 こめかみや目じり、おでこに頬。


 触れるだけの優しいキスが、言えたご褒美のように降って来て……。



 甘すぎる様子に今度はまた別の意味で恥ずかしくなった。


「な、永人? あのっ恥ずかしいんだけど……」


「ん……聖良が可愛かったからなぁ……」


 言葉まで甘くて、胸が苦しくなるほどにドキドキする心臓がおさまらない。



 永人はズルイ。



 強引で私を翻弄するようなキスをたくさんしてくるのに、たまにこうやってひたすら甘いことをしてくる。


 拒めないのは同じだけれど、甘いキスは心臓への負担がハンパなくて困るんだよ……。



 しまいには人目も気にならなくなってしまって、唇へのキスも許してしまう。


「んっ……ふぁ……」


 拒むつもりも無くなっていた私の唇をたやすく押し広げ、永人の舌がチロリと歯列をなぞる。


 あくまで優しいその仕草は、私を甘く溶かしてしまって……。



 ちゅぅっと唇を吸われて離れると、私は無意識に永人の胸に甘えるように頭を預けた。



「やべぇ……可愛すぎだろ……」


 いまだに絡まっている指と、腰に回された腕の力が強くなる。


 ギュウッと抱きしめた永人は、色っぽい声で私を誘う。



「……なぁ、聖良。……俺の泊まってるビジネスホテル、寄って行かねぇか?」


「ん?」


「二人きりで、ベッドもある。……いいだろ?」


 その言葉で、永人が何をしたいのかが分かる。


 でも……。


「ダメだよ、お父さんが心配しちゃう。何だかショック受けさせちゃったし、これ以上は心配かけたくない」


「お前、どれだけ俺を焦らせば気ぃ済むんだよ……」


 たっぷり呆れを含ませた不満声。


 でも、怒りみたいなものは感じない。



 なんだかんだ言ってちゃんと私の意志を尊重してくれてる。


 強引そうに見えて、私の思いを優先してくれる永人にキュウッと胸が温かく締まった。



「二人きりでベッドもあるけど時間がねぇってか?ったく、時間の確保も必要なのかよ」


 文句を言いながらも今日は諦めてくれた永人。


 そんな彼と繋がっている手に、私から指を絡めてみる。


「……聖良?」


「ごめんね……ありがとう……好き」


 私の思いを尊重してくれた永人が嬉しかったから……。


 だから、ちょっとだけ素直になってみた。



 気持ちが溢れてしまっているときは自然と出る言葉なのに、普段口にしようとするとこんなにも勇気がいる。



 永人が私を求めてくれるのと同じくらいのものを返したい。


 私を思いやってくれている分、その気持ちに応えたい。



 そう思うのに、“好き”の言葉を口にするのは勢いか勇気が必要で……。


 ままならないなぁって思った。


 でも、永人はそんな私でも――ううん、そんな私が良いと言ってくれる。


「ったく、人が我慢してやってんのに煽んなよ……」


 ギュウッとまた抱きしめられ、「可愛すぎ」と耳元で囁きが聞こえた。



 そんな彼の様子に、私はまた嬉しくて胸がキュウキュウと締め付けられるんだ。


 こんなにも好きになれる相手に出会えたことに感謝したくなる。



 思い返してみれば、出会いは最悪。


 好きになるどころか、拒絶していたっていうのに……。



 でも、永人の強い求めはずっと私が欲しかったものだった。


 それに気づいてしまってからは、もう止まらない。



 好きの気持ちを込めて私も永人に強く抱きつく。


 人目なんて、すでに気にしなくなってしまっていた。



 また、頬や瞼にと触れるだけの優しいキスが落とされる。


 それを受け入れて、永人の胸に私は頬を擦り寄せた。




 そうやってじゃれあっていたから少し遅くなってしまって、結局お父さんには心配かけてしまったけれど……。


 まあ、仕方ないよね。

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