始祖の力。
お披露目のためのパーティー。
月原家の思惑。
色々不安なことはある。
でも、逃げるわけにはいかない。
逃げたって、何らかの形で向き合わなきゃならないことだから。
そして、どうせ向き合わなきゃならないんだったらさっさと終わらせてしまいたい。
グダグダと長引かせるのは性に合わないんだ。
ここ最近人付き合いの方で色々とモヤモヤしていたこともあって、それらが何とかなった今、なんて言うか……吹っ切れた。
うっぷんが溜まって爆発したとも言うかもしれないけれど。
だから、ちまちまと手間のかかる挨拶なんてものは一気に終わらせてしまいたい。
月原家がどう出るか。
それは謎だけれど、少なくとも生死にかかわるようなことにはならないはずだし。
……それに、今度こそ守ってくれると言った。
硬い意志を持ってそう口にしてくれた田神先生を信じたいと思う。
それに何より、永人がずっとそばにいる。
それは、とても心強く思えたから。
……でも、私は良くても愛良はパーティーなんて行きたくないかもしれない。
零士と好き合って彼を選んだのに、赤井家のものになったみたいにお披露目されるなんて普通に嫌だろうし。
それに、パーティーには月原家の当主も来る。
愛良は会いたくないんじゃないだろうか?
この間の様子を見る限りそんな感じがした。
だから、田神先生へパーティーに参加することを話しに行く前に愛良に相談してみたんだ。
「もし嫌なら愛良は行かなくていいよ? 私だけで行くから」
温泉帰り、自室に戻る前に愛良の部屋にちょっとお邪魔してそう話した。
「え……」
「詳しくは知らないけれど、月原家の人と何か色々あったんでしょう? 会うのも嫌なら、無理する必要はないって」
「……でも、お姉ちゃんは行くんでしょう?」
「まあ、うん」
頷く私に愛良はくっきりと眉間にしわを寄せる。
「田神先生の話、聞いたでしょう? あの人達が私にしようとしていたことをお姉ちゃんにするだろうって」
「うん……何をするのかは分からないけど、良いことじゃないのは確かなんだよね?」
「それが分かってても行くの?」
重ねて聞くのは私を心配してくれているからだって分かる。
行かないって言った方が愛良は安心するだろうってことも。
でも……。
「うん、行くよ。私、みんなを信じるって決めたから」
「お姉ちゃん……」
「それに、私も今は吸血鬼なんだよ? 守られてばかりのか弱い人間じゃないからね!」
と、拳を握って見せる。
「それは、そうなんだけどね……」
心配そうな眼差しはそのままに、でも苦笑した様子は私の意志が揺るがないってことも分かっている表情だ。
ふぅ、とため息をついた愛良は「分かった」と理解を示してくれた。
「そういうことなら、私も行く」
「え? でも……」
月原家の人と会いたくないんじゃあ……。
「正直あの人達になんて会いたくもないけど、でも少なくとも私に手を出してくることはなくなったみたいだし」
左手首にピッタリとはまっている零士の血の結晶を愛し気に撫でながら、愛良は続ける。
「それで今度はお姉ちゃんが、ってなったなら放っておけるわけないじゃない」
「愛良……」
本当に、この姉思いの妹はいい子過ぎる。
でも、正直嬉しかった。
愛良の存在は、永人とはまた違った意味の心強さがあるから。
ずっと守ってきた存在。
そうすることで、愛良は私の心を守ってきてくれていた。
無意識でも互いに支え合ってきた存在だから、揺るがない絆がある。
「……ありがとう。なんだかんだ言っても、愛良がいてくれると心強いよ」
だから、正直な気持ちを伝えた。
「そう? そう言ってくれるなら私頑張っちゃうよ!」
何をどう頑張るのか具体的なことは分からないけれど、両手を拳にする愛良を微笑ましく感じる。
お互いに笑顔になってほのぼのした雰囲気になったと思ったけれど、フッと愛良の表情が陰った。
「でも、それなら話しておいた方がいいかな……?」
「愛良?」
「あの人達……月原家の人が私に何をしようとしていたのか」
「それは……」
確かに、聞いておけるなら聞いておきたい。
でも、愛良は話したく無いんじゃないの?
「無理しなくていいんだよ?」
優しい愛良があれだけ嫌悪を見せるくらいだ。
相当嫌なことに違いない。
「無理ってほどでもないから……。お姉ちゃんが心配すると思って黙っていただけだよ」
ゆるゆると首を振った愛良はそう言って私を真っ直ぐに見た。
「……」
話すと言いながらもなかなか口を開かない愛良。
でも視線はそらされなかったから、私はジッと言葉を待った。
「……なんて言えばいいか……。もうハッキリ言うね!」
言葉を選ぼうとして悩んでいただけみたい。
でも、良い話し方が見つからなかったんだろう。
愛良は意を決した様に単刀直入に話した。
「月原家の人達は、薬を使って私の自由を奪おうとしてたの」
「え……?」
「もちろん子供を産ませようって思ってるから、副作用や影響がほとんどないものを使うとか言っていたけど……」
「な、によ……それ……」
愛良の話では、連れ去って閉じ込めておくためにその薬を飲まされそうになったんだとか。
愛良はまだ十五歳。
子供を産めないわけではないけれど、本来なら若すぎる年齢だ。
流石に月原家の人もリスクが多い状態で産ませようとは思っていなかったらしい。
だから、せめて十六になるまではとにかく逃がさない様に閉じ込めるつもりだったのだとか。
そのための、薬。
「その薬が効いている間だけ意識が朦朧として動けなくなるんだって説明された」
「……」
「依存性があるものでもないから大丈夫だとか言われたけれど、依存性が無ければいいってものじゃないでしょう?」
怒り、嫌悪、不快。
そんな感情が入り混じっているような表情に私はすぐには言葉が紡げない。
話しながら愛良はずっと手首にある零士の血の結晶を撫でている。
自分を支えてくれるその存在を確かめるように。
そのおかげなのか、話しながらも怖がったり震えたりすることはない。
何があってもそばで支えてくれる人がいる。
その確かな存在を感じることで、強くいられるんだ。
私も、永人を想った。
その存在を思い浮かべるだけで、愛しさが胸に広がり心臓がトクトクと優しく脈打つ。
自分の中の、一番深い場所を許した人。
愛良にとっても零士がそうなんだろうなって分かる。
愛良はまだ中学生なのに……その年齢でこれだけ強くあれるのは凄いなって純粋に思った。
零士の存在がそれだけ大きいってことでもあるのかも知れない。
そう思うと、やっぱりちょっと悔しいけれど。
「……とにかく、月原家の人達っていうのはそういうことを平気でやる連中なの」
「そうなんだ……」
シェリー達も相当だと思っていたけれど、月原家そのものが危ない人達だったらしい。
「お姉ちゃんは私より年上だし、今は吸血鬼になってるから同じ対応になるかは分からないけど……。でも、警戒はいくらでもしておいた方がいいと思う」
「うん、そうだね。分かった」
真剣に、念を押すように言う愛良に私もしっかり頷く。
何も起こらない方がいい。
でも、何かが起こると想定した方がいい。
田神先生も月原家の動向は気にしていた。
愛良にも念を押された。
いくら何でものんきに構えているわけにはいかない。
私は、自分を狙う人達の思惑を全てへし折るためにパーティーへ
年明けのパーティーは、私に取って色んなことの決着をつける場になるのかも知れない。
そんな予感を胸に、私は後日田神先生に伝えた。
「パーティーに参加します」
って……。