翌日、いつもの会議室では久しぶりにみんなが揃っていた。
私と永人、愛良と零士、嘉輪と正樹君と瑠希ちゃん。
そして元婚約者候補の五人。
田神先生だけはなんだか上層部で話し合いがあるとかで不在にしている。
そのため、昨日朔夜さんから聞いたことの皆への報告は私達に任されたんだ。
「はは……始祖って、また話が大きくなったな?」
一通り話を聞いた後、一番に口を開いたのは津島先輩だ。
明るい声を出して緊張しそうな場を和ませようとしてくれているのが分かる。
「いや、まあ……何か凄いな」
石井君も言葉少なくも驚きを口にする。
「前例が無いとは聞いていましたけど……まさかそんなことになるなんて……」
浪岡君はとにかく驚いたという感じ。
「……」
俊君も驚いてはいるんだろうけれど、無言だった。
そして忍野君は……。
「えっと……また俺のやらかしのせい、なのかな?」
忍野君のしでかしたことで私が“花嫁”と同等になったため、本来なら起こらないはずの“花嫁”と純血種の血が混ざった。
そのため始祖の力を使えるようになるんじゃないかとか
だから忍野君は何となく気まずいとでも思っているのかも知れない。
「でも、本当の“花嫁”だったら血を入れられなかったみたいだし……入れる事が出来なかったら、私はあのとき死んでただろうし……」
フォローってわけではないけれど、忍野君がそこまで気にしなくても良いんじゃないかと思ってそう口にする。
「でも、そもそも俺がやらかさなかったら香月が“花嫁”扱いされることもなかっただろ?」
「でもそうなったら私は愛良と一緒にこの城山学園には来られなかったし、永人とも出会えなかったってことになるでしょ?」
私は気にしていないのに、忍野君はいつまでも気にしているみたい。
「もうそのことは気にしてないし、これはこれで良かったんだって思ってるって言ったでしょう? あんまり引きずるなら、一発殴ってチャラってことにしようか?」
いい加減ウンザリしてきて、拳を作ってそう言った。
「あ、分かった。もう言わない」
以前永人を殴ったときのことを思い出したんだろう。
忍野君はすんなりと引いた。
「ぷっ……忍野先輩、それちょっと情けないです。気持ちはわかるけど」
私達のやり取りを見て愛良がふき出した。
それにつられるように他の皆も笑いだす。
「まあ、確かにあんな風に吹き飛ばされたくはないよな?」
「そんなに吹き飛んだんですか?」
津島先輩の笑いをこらえたような言葉に、あのときいなかった正輝君が聞く。
「なんか壁まで飛んだって聞きましたけど」
瑠希ちゃんの言葉に愛良が「本当だよ」と答えると、隣の零士がどことなく遠い目をして話し出す。
「……あれは流石に本気で引いたぞ」
あんたはあのときも愛良しか見てなかったでしょうが⁉
突っ込んで怒鳴りつけたかったけれど、この間零士とケンカしたら永人に嫉妬するとか言われてしまったから耐える。
また「教え込まねぇとなあ?」とか言われたらたまらない。
「まあ、何にせよ気にしないことだ。ここまで来たら誰が悪いとかいう問題じゃないだろ」
石井君も苦笑気味にそう言って忍野君の肩を叩く。
そんな風に緊張がほぐれてきたところに、今まで黙っていた俊君が口を開いた。
「そうですよ、忍野先輩のせいじゃないです。……あえて言うとしたら、岸のせいですよね?」
その瞬間、空気が一気にピリッとなる。
笑みを浮かべている俊君だけれど、その目は笑っていない。
「……何が言いてぇ?」
「言葉の通りだよ。守ると言ったくせに、聖良先輩を死なせかけた。波多先輩がいなかったら、本当に死んでたんだぞ⁉」
「っ!」
その事実に、流石の永人も言葉に詰まる。
「なんでそんな危険な目に遭わせた⁉ 回避出来たんじゃないのか⁉」
感情をあらわに言い募る俊君に周りも口を出せず黙り込む。
きっと、最近ずっと思っていたことなんだろう。
思っていて、くすぶらせて。
でもここに来てまた私が始祖になりえるだとかとんでもないことになった。
くすぶらせていた思いが爆発したのかもしれない。
でも。
「待って俊君、それは私が悪いの。私が愛良を助けたいってわがまま言ったから」
「だとしても! その状況で守り切る自信がなければ何が何でも止めるべきだったんじゃないですか⁉ それをしなかったってことは、何か油断があったに決まってる!」
「それは……」
そんな風に言われてしまったら言葉が出ない。
確かにあのとき永人はそこまで強く私を止めようとはしなかった。
でも、それは私のわがままを受け入れてくれただけで……。
そんな風に考えていたんだけれど、永人はポツリと「その通りだよ」と呟いた。
「え?」
「油断は、あったさ。あの日は新月……俺の吸血鬼としての力が強くなる月のない夜の日だったからなぁ……」
睨みつけてくる俊君に対抗するように睨み返しながらも、永人は自分の非を認める言葉を放つ。
「だから、最悪夜になれば逃げだすことも可能だと思ってたんだよ。まさかその前にあんなことになるとは思わなかったからな……」
「やっぱり、お前に託すんじゃなかった」
悔し気に吐き出す俊君。
でも、永人は非を認めつつもやっぱり態度は不敵だった。
「別にてめぇに託された覚えはねぇよ」
「なっ⁉」
「聖良は俺の女だ。守れなかったことを後悔してたってなぁ、他人にとやかく言われる筋合いはねぇ」
非を自覚していても、それを責められていても周りは関係ないと言う。
その後悔は、自分だけのものだと……。
「目の前で好きな女が死にかけるなんてなぁ……あんな思いは、もうごめんだ」
苦々しく……ううん、いっそ憎々し気に言い捨てた永人に、俊君も言葉が出てこないみたいだった。
沈黙が落ちてしばらく。
浪岡君がポツリと言葉を紡いだ。
「じゃあ、聖良先輩のことはこれからもあなたが守る、と?」
「……当たり前ぇだ」
「聖良先輩の方が強くなったのに?」
「んなの関係あるか。自分の女を守るのに理由なんかいるかよ」
当たり前のことを聞くなとばかりに吐き出す永人に、浪岡君は小さく息を吐いた。
「何が何でも守るという姿勢。それに、主従の契約をしたりと二人の絆は更に強くなってる……。引き離すことなんて出来ないんだし、もう認めるしかないんじゃないですか?……俊先輩」
諦めを滲ませた悲しそうな笑みで、彼は俊君に語りかける。
投げかけられた俊君はグッと強く目をつむった後、ゆっくり瞼を上げて同じく悲しそうな笑みを浮かべた。
「そう、だな……。もう、信じることしか出来ないか……」
そうして二人は眼差しに力を込めて永人を見る。
「仕方ないから、信じてやるよ」
「あなたが聖良先輩を今度こそ守れるって」
「……だから、てめぇらに言われる筋合いはねぇっつってんだろ……」
うんざりしたように答えた永人だったけれど、少し嬉しそうに見えたのは私の願望だったんだろうか。
何にしても、悪い気分ではなさそうだと思った。
「ありがとう、二人とも……」
私が選んだ相手を認めてくれて。
永人の代わり、というわけではないけれど二人にお礼を言う。
私は素直に嬉しいと思ったから。
「ま、聖良先輩が選んだ相手ですからね」
「しかたないでしょう?」
そう言って笑う二人に、私はもう一度小さく「ありがとう」と呟いた。