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第72話 閑話 忘れた想い

「それは事実か⁉」


「はい、純血種である朔夜様の確かなお言葉ですので、間違いはないかと」


 学園敷地内にある商業施設。

 その近くにあるホテルで俺は上層部の吸血鬼たちに前日聞いた話を報告していた。



「何と……始祖の復活とは……」


 実際には完全な復活ではないのだろうが、普通の吸血鬼にとっては始祖の力が使えるというだけで同じことなのだろう。


 皆が皆、喜色に満ちた表情をしている。



「しかもこの国から現れるとは……ヨーロッパ系の吸血鬼たちに一泡吹かせてやれるかも知れんな」


 あっはっは、と笑う一人に合わせるように他の者たちも笑う。



 吸血鬼の伝承はヨーロッパ系が有名なせいか、あちらの吸血鬼は少し他の国の吸血鬼を下に見ている節がある。


 その辺りに以前から不満を募らせていた彼らは、おそらく今回のことを大々的に知らせてマウントを取るつもりなのだろう。



 吸血鬼の伝承など調べれば世界中にあるというのに、くだらないことで勝ち負けを決めるものだなと呆れた。


 まあ、表情には出さないが。



「……だが、そうなるとその始祖様にもう“唯一”がいるというのが残念でならないな。いなければ是非とも私の孫を宛がいたかったが」


「何を言うか。お前の孫はまだ小学生だろう。俺の孫なら大学生だ、こっちの方が丁度良かろう」


 冗談交じりではあるが、やはりそういう話は出てくる。


 だから俺はここぞとばかりに提案してみた。



「彼女の“唯一”である岸永人は違反吸血をしたという前科もあります。そのような相手は相応しくないでしょう? ここは改めて彼女のパートナーを決めた方がよいのでは?」


「……ふむ」


 冗談交じりの会話を止め、俺の言葉に深く考える様子を見せる上層部たち。


 その候補に自分もあげてもらえるよう言葉を重ねようとしたときだった。



「それは、吸血鬼としてまともな行為なのか?」


「っ!」


 上層部の中でも冷静な一人が静かに問いかけてくる。

 その言葉は昨日聞いた朔夜様の言葉と重なった。


『吸血鬼から“唯一”を引き離す行為がまともなわけがないだろう?』


 喉に何かがつっかえたように言葉が出せなくなる。



「吸血鬼にとっての“唯一”がどういうものか、実際に“唯一”を得ていない者たちでも理解しているはずだ」


「……だが、やはり始祖の血は正直欲しい。赤井家は“花嫁”を得たのだからまだいいだろうが、強い吸血鬼を残したいと思うのも我らの性だろう?」


 初めに孫を宛がいたいと口にした初老の男が反論する。

 だが、相手はどこまでも冷静に物事を見ていた。



「そのあたりも承知している。だから前回もう一人の“花嫁”に純血種の血が入ったと聞いたとき、その岸を引き離すことに口出しはしなかったのだ」


 少し苦々しい表情をした彼は「だが」と続ける。


「今はもう血の契約も成された。“唯一”と契約、強固になった二人の間に入ろうとするのは愚かしいとは思わないのか?」


「……そうだな」


「っ!」


 反論していた男までも納得の声を上げたことで俺の思惑通りに事を進めることが出来なくなった。


 聖良が吸血鬼になりたてのとき岸を彼女から引き離そうとした。

 あのときは良くて今は駄目というのは……。


 それほどに血の契約は揺るぎないものという事か。


 自分も吸血鬼だ。

 血の契約の確固たるつながりは理解している。


 だが、何か……どこかに付け入る隙は無いのか?

 あの二人を引き離し、聖良を俺の元に取り戻す方法は……。



「……とはいえ、俺たちがそれを理解し愚かしい行動をとらなくても、いくつかの家の吸血鬼は何かしら動くのではないか?……月原家とかな」


 大学生の孫がいるという老人がうんざりした様子で話す。


「だからと言って我らが同じことをするわけにはいかないだろう? 月原家は本来の吸血鬼の有り様をことごとくないがしろにしている。ある意味、恥さらしの一族だ」


 ……本来の吸血鬼の有り様?

 それは、どういったものなんだ?


 初めて聞く内容に俺は顔を上げて冷静な男を見る。


 すると目が合い、フッと軽侮けいぶするように笑われた。


「吸血鬼は愛に生きる生き物だ。それを忘れ、欲のためだけに行動する月原家は吸血鬼とは名ばかりの恥さらしだろう?」


 俺を見て同意を求めるような言葉。


 だが、その目は『お前もそうなんじゃないのか?』と聞いている様に思う。



「っ!」


 なにも、言えなかった。



 無言でうつむいてしまった俺を置いて、上層部の者たちはどうやって聖良のお披露目をするかなどを話し合っている。


 その話し合いを聞き流しながら、俺は荒れる感情を押し殺し考えていた。



 吸血鬼は愛に生きる生き物?

 契約もあり、“唯一”同士の二人を引き裂くのはまともではない?


 だが、俺は聖良が好きなだけで――?


 そう考えておかしいことに気づく。


 聖良を好きだと、そう思うのに心に温かいものが宿らない。

 むしろ、好きという言葉を素通りしてただの独占欲が沸き上がった。



 聖良が欲しい。

 俺に力を与えてくれる“花嫁”が欲しい。

 そのためには岸が邪魔で、彼女から引き離したい。

 聖良が泣こうがわめこうが知ったことか。


 そんな昏い感情に、気づいてしまった。



 そんな……俺は、いつの間に聖良への愛情を無くしてしまっていたんだ?


 俺は、吸血鬼の恥さらしと言われるような者たちと同じになってしまったのか?



 あまりのショックに、会議が終わるまで俺は顔を上げることが出来なかった……。

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