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第67話 愛良の儀式

 真っ赤なルビーの様な結晶に、愛良が軽く指を切って血を付ける。


 すると結晶は形を変えて、棒状になったかと思うと愛良の左手首に巻きついた。


 ピッタリと肌にくっ付く様に巻き付いたそれは、継ぎ目も無く愛良の手首にはまる。



 その不思議な光景を私は軽い驚きを持って見ていた。



「……愛良、これでお前は俺から絶対に離れられない」


 零士が愛良を見つめ、嬉しそうに俺様な雰囲気の笑みを見せる。



 私から見たらただのムカつく笑顔だけど、愛良にとっては嬉しいものだったらしい。



「望むところです。零士先輩も、私から離れちゃ嫌ですよ?」


 零士に対抗するようにニッと笑った愛良を零士は思わずという風に抱きしめた。



「……なぁ?」


 愛良の血婚の儀式を見届ける私に隣から声が掛けられる。



「見届けたならもういいだろ? 他人のイチャイチャなんか見せつけられたくねぇんだけど」


「……それはまあ、私も複雑な心境になるけれど……」


 私の髪の毛をひと房取ってもてあそぶ永人は、口角を上げてその髪に軽く唇を落とす。



「他人の見るくらいなら、俺らでイチャつきてぇんだけど?」


「なっ⁉」


 とんでもない誘いに私の心臓は大きく跳ねる。


 嫌、ではない。


 でも、人前でするようなことじゃない。


 私は出来る限り平静を装いながら、近づいてきた永人の胸を軽く押した。



「そ、そういうのは二人きりのときにするものでしょ?」


「じゃあ、さっさと二人きりになろうぜ?」


 それでも攻めるのをやめない永人は、彼の胸を押した私の手を掴む。


 そして髪をいじっていた手を私の肩に回し、どんどん顔を近づけてきた。



「な、永人……?」


「こんな風にお前に触れるのは俺だけの特権だからなぁ……もっと触れてぇ……」


 キスされそうなほどの近さに、ドキドキが止まらなくなる。


 黒曜石みたいに黒い瞳が真っ直ぐ私だけを見てくるから、ついそのまま……なんて考えまでぎる。


 でも、周りに人がいることを忘れることも出来なくて……。



「~っ! 永人、ストップ!」


 つい、“命令”してしまった。


 その瞬間ピタリと止まる永人。


 数秒後「チッ」と舌打ちが聞こえた。



「こういうとき主従の誓いは厄介だなぁ……」


 面倒くせぇ、と呟く。


「ふ、二人きりのときって言ったでしょう?」


 そんな永人にドキドキする胸を押さえてもう一度告げる。


 永人は不満そうにしながらも「だったら」とまた私の髪をいじり始める。


「なおさら早く二人きりになろうぜ?」


 誘う言葉はまだ少し甘くて、また私の心臓は早鐘を打った。



「ん! ううん!」


 そんな私達の雰囲気をぶち壊すかのように大きく唸る声が聞こえる。


 それにハッとする私と愛良。


 見ると、唸り声の主は眉間にくっきりとしわを寄せた田神先生だった。



 うっ……気まずい……。



「とにかく、これで愛良さんの血婚の儀式は終了だ。零士との確かな繋がりが出来た以上、今後愛良さんを無理に手に入れようとする輩はいなくなるはずだ」


 淡々と“先生”の顔でそう告げた田神先生は、私に視線を移してスッとその眼差しから感情を消す。


「……だが、聖良さんの場合は少々特殊なので何とも言えない。岸と引き離すことは出来なくなったが、それだけとも言える」


「それは、どういう意味ですか?」


「“花嫁”に純血種の血が入ったんだ。前例のない事態のため、特定の相手がいたとしても狙ってくる輩はいるかもしれないということだ」


「……」


 冷たくも見えるその眼差しに、田神先生もまた私を諦めていないと言っているようで苦しくなってくる。


 主従の儀式をしたことで離れ離れにされそうだった永人と私は一緒にいることが出来るようになった。


 吸血鬼としての血に対する誇り。


 その血に刻まれたあらがいようのない誇りゆえに、吸血鬼は血で結ばれた私達を引き離すことができない。



 本来なら血の契約で結ばれた相手との邪魔をすることもないけれど、私の場合は特殊だから何とも言えないということらしい。



「……それでも、私は永人を選びました。それに、永人は私の“唯一”でもあります。永人以外には考えられないです……」


 以前から私に好意を寄せてくれていた田神先生にそれを言うのは少し躊躇われたけれど、この気持ちだけは揺らぐことはないからハッキリ告げた。



「……聖良さんはそうでも、周りが認められないということだ」


「っ!」


 それでも冷たく言い放つ田神先生に胸が苦しくなる。


 その認められない周りの人の中には、田神先生も入っているということだろうか。



 私に好意を寄せてくれていた人だから、そう簡単には認められないってこと?


 でも、今の田神先生を見ると……。



 彼の冷たいほどの眼差しは本当に好意から来るものなんだろうかと疑問に思う。


 以前は確かにあった優しい想いが今は欠片も感じられない。


 それが悲しくて、苦しくて……少し怖かった。



「おいおい、何勝手に人の女睨んでんだよ」


 そんな田神先生の眼差しから守るように、永人が私の前に立つ。



 普段は俺様というか、強引というか……そんな感じの永人だけれど、こんな風にさりげなく私を守ろうとしてくれる。


 そんなところに私はまた不覚にもキュンとしてしまうんだ。



「お前の女? 少なくともそれを俺は認めていない。認めざるを得ないと思っているのは、お前が彼女の従者で引き離すことが出来ないということだけだ」


「はっ! 言ってろ。“唯一”同士を引き離そうとする愚か者の戯言ざれごとだ」


「なんだと……?」


「ちょっ、永人?」



 守ろうとしてくれるのは嬉しいけれど、そこで挑発するようなことを言うのはいかがなものか。


 気色ばむ二人をどう止めるべきか迷う。



 でも、その助けはまた別の人物がしてくれる。



「ストップ! 愛良ちゃんの血婚の儀式成功の場ですよ? おめでたい場でケンカなんかしないでください」


 同じく愛良の血婚の儀式を見守ってくれていた嘉輪が止めに入ってくれる。


 本当に彼女は頼りになる。



 嘉輪が男だったら絶対惚れてたんじゃないかって今でもたまに思うくらい。


「そ、そうですよ! 愛良におめでとうって言って祝うところなんじゃないですか?」


 瑠希ちゃんも嘉輪に続くように二人を――というか、主に田神先生を非難する。



 グッと言葉に詰まる田神先生だったけれど、そこは大人と言うべきか。


 非をすぐに認めて謝罪を口にする。



「……そうだな、すまなかった」


 田神先生が引いたことで、永人もフンッと鼻を鳴らして口を閉じた。



「愛良さん、零士。血婚の儀式成功おめでとう。これで君達を引き裂くものはいなくなるだろう」


 儀式を取り仕切っている田神先生がそう祝辞を述べたことで、場は解散となった。



「愛良、おめでとう。良かったね」


 とは言え、気楽な祝いの言葉を交わし合う時間になっただけとも言える。


 田神先生はすぐに部屋を出て行ってしまったけれど、見守っていた私達は残ってそれぞれ愛良に「おめでとう」と話しかけるために残っていた。



「ありがとうお姉ちゃん」


 幸せそうな笑顔でお礼の言葉を口にした愛良はいつも以上に可愛く見える。



「……零士も、まあ……おめでとう」


 嫌々なのははたから見ていても分かるだろうってくらいの態度だったけれど、一応お祝いは口にしておく。


 なのに零士は……。



「お前から言われるとか気持ち悪ぃ。嫌なら言わなくてもいいんだぞ?」


 不機嫌そうにしたとしても「ありがとう」と素直に受け取ればいいものを、あからさまな嫌悪を顔に出しそんなことを言う。



「はぁ⁉ 人がせっかく祝ってあげてるってのに、何その態度!」


「お前こそ祝うって顔かよそれ⁉」


 最近は半分諦めもあって流していた零士への怒りだったけれど、逆にそれが溜まってしまっていたんだろうか。

 久しぶりに大声で言い返してしまう。


 そしてそれは零士も同じだったのか、そのケンカ買ってやるとでも言いそうな勢いで言い返された。



 でも、そのケンカはすぐに邪魔が入る。


 後ろから腕が伸びてきて抱き込むように零士と引き離された。


「え? 何? 永人?」


 突然の行動に戸惑っていると、僅かに不機嫌そうな声が耳の後ろから掛けられる。



「他の男と仲良くしゃべってんじゃねぇよ」


 明らかな嫉妬に満ちた声に私は更に戸惑った。



「え? ええ? ケンカしてたんだよ? 仲良くなんて絶対してない!」


「そうだ、なんでこいつと仲良くしてるように見られなきゃならねぇんだ? 虫唾むしずが走る」


「それはこっちのセリフよ!」


 思わず言い返すと、今度は愛良が零士の袖をキュッと握った。


「……ケンカしてるってのは分かるんですけど、でもそれが仲良く見えちゃうんです。……だから、その……嫉妬しちゃうのでほどほどにして欲しい、です……」


 少し視線をそらしながらそう言う愛良は姉の目から見ても可愛い。

 零士から見たら尚更だったんだろう。


 一気に毒気を抜かれたような顔になり、愛良に向き直った。



「仲良くなんかしてねぇけど……でも、嫉妬してくれたのか? 愛良」


 一気に甘い雰囲気になる彼らに、私達を含め他の人達も声を掛けられなくなる。



 っこの、零士のくせに!



 なんて思いながら他人事のように二人を見ていたけれど、私も大して変わらないんだとすぐに思い知らされた。


「お前もだぜぇ? 聖良?」


 ねちっこくすら聞こえるその声に思わずゾクリと体が震える。



「まさか俺に嫉妬させて煽ってるんじゃねぇだろうなぁ?」


「え? 煽ってなんか……」


 どうして口ゲンカしただけで永人を煽ることになるのか全く分からない。



 ただ、非常にマズイ状況に陥っていることだけは分かった。



 私を抱き込む腕にグッと力が込められ、耳の近くにあった彼の唇が触れる。


「んっ」


 耳が弱い私は、そんなわずかな刺激にさえ声を漏らしてしまう。



「煽ってないって言うなら、俺が嫉妬しそうになることすんなよ」


 熱がこもっているような吐息にまた声が漏れそうになってグッと押し込める。

 そうしてから、何とか言葉を紡ぎ出した。


「嫉妬させるような事、した覚え無いんだけれど……」


 でも、その言葉は永人には逆効果だったらしい。

 へぇ……と意地の悪さをにじませた声が耳をかすめる。


 マズイ、と思ったときには遅かった。



「分からねぇってんなら、分かるまで教え込まねぇとなぁ?」


「え? ちょっ、永人ストッ――ひゃあ⁉」


 止まる様命じる前に、耳のふちを舐められて変な声が出てしまう。



「ほ、ホントにやめっ――はぅっ」


 そして今度ははむっと食べられてしまった。



 このままじゃ本当にマズイ!

 人前でこんなこと……。



 恥ずかしすぎて、何とかしなきゃと周囲に意識を向ける。


 そうして嘉輪と目が合った。



 でも、彼女の私を見る目は何故だかとても生暖かいもので……。


「か、嘉輪?」


 助けを求める前に名を呼んでみると、どうしてかニッコリ笑顔を向けられた。



「“唯一”と仲が良いのは良いことだわ。邪魔者は退散するから、ごゆっくり」


「え?」


「ほら、鏡も行くわよ」


 と、嘉輪はもう一人残っている瑠希ちゃんにも声を掛ける。



「え? 良いんですか? 聖良先輩、助けを求めてる気がしますけど……」


 瑠希ちゃんは私の思いを汲み取ってそう言ってくれる。


 けれど、嘉輪はニッコリ笑顔のまま続けた。



「“唯一”同士のイチャイチャを邪魔することほど馬鹿らしいことはないわ」


 達観したような眼差しと口調には何とも言えない説得力があった。


 何だろう。

 この手の対応は慣れているといった感じ。



「それに聖良なら本当に嫌なときは命令して止められるでしょう?」


「……それもそうですね。愛良の方は……大丈夫そうですし」


 嘉輪の説明に納得した瑠希ちゃんはチラリと愛良の方も見てそう言った。



 愛良と零士は完全に二人の世界に入ってしまっている。


 零士は永人みたいに強引な触れ方をしていないせいもあってか、あちらはひたすら甘い雰囲気が漂っていた。



「というわけだから……ごゆっくり~」

「じゃあ、失礼しますね~」


 そうして私の救助を求める視線はスルーされ、二人は部屋を出て行ってしまった。



「さ、邪魔者もいなくなったしこれでゆっくり教え込ませてやれるなぁ?」


 耳元で、楽し気な声が聞こえる。


「え? でもほら、愛良達もいるし……」


「……あいつらはこっちのこと全く気にしてねぇみてぇだけど?」


「……」


 その通り過ぎて反論できない。



「というわけで……聖良。俺を嫉妬させて煽ったらどうなるか、ちゃーんと教え込んでやるよ」


「や、教えてくれなくてもいいんだけど……?」


「教えねぇと分からねぇだろう? お前は」


「うっ……」


 教えられなくても分かると言えばもしかしたら永人は止められたかもしれない。


 でも、零士とケンカしただけで嫉妬すると言われても分からないし……。



「とにかく、これで二人きりとあんまし変わらねぇ状態だ。もうキスしたっていいよな?」


「え? ちょっ、待っ――」


 実際には二人の世界に浸りこんでいるとはいえ愛良達がいる。

 それで二人きりになれたとは言わないんじゃないかな?


 なんて反論は口に出す前に止められてしまった。



 頬を掴まれて、強引に後ろを向かされる。


 意地悪そうな目に、甘い熱を宿らせて見下ろす永人。


 その目と視線が合うと、言葉が詰まった。


 強い執着と相応の欲求。



 求められていることに、喜びが沸き上がる。



 そう、こんなにも私だけを求めてくれる永人だから、私は彼を選んだ。


 そんな永人だから、私も想いを返したいと思った。



 ……だから、恥ずかしいからと拒み続けるのにも限度があって……。


「聖良……」


 甘い呼びかけに、羞恥の心は溶かされてしまう。


「ん……」


 だから私は、目を閉じて彼の唇を受け入れた。


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