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第61話 相対 ②

「……でも、従うつもりがないのならどうしてあなたはここまで大人しくついて来たの?」


 少し感情を落ち着かせてから、シェリーが聞いて来る。



 それに答えようとしたけれど、先に口を開いたのは岸だった。


「そりゃあ? こいつの望み通り妹を助けるためだな」


「それであなたの“唯一”が奪われるかもしれないのに?」


「はっ! んなことさせるかよ」


 すると、シェリーは皮肉気に私達を見て笑う。


「……二兎追うものは一兎をも得ずってことわざを知らないのかしら?」


 明らかな嘲笑。


「……知ってるわよ」


 今度こそ、私が口を開く。



 知っていても、分かっていても、譲れないものがある。


 そのためにあがくことをやめたくない。



「でも、どちらも譲れないものならあがくしかないでしょう?……愛良はどこにいるの⁉」


「っ!……教えるわけないじゃない」


「じゃあ勝手に探すわ!」


 言い放つと同時に私は岸の手を取って部屋を出ようとする。



 すると、当然ながら止められた。


 進行方向に私達を連れてきた男が立ちふさがる。



「まあ、予想はついてたが……。行かせるわけにはいかねぇよな」


 苦笑じみた様子の男だったけれど、絶対に通さないという意志は感じ取れた。



「その“花嫁”もどきは戦えないから、二対一。岸、あなたにはどうにもできないわよ?」


 諦めたら? とシェリーが笑う。



 悔しいけれど彼女の言うとおりだった。


 護身術程度は身に着けたとはいえ、吸血鬼である彼女達に私が敵うわけがない。



 岸がどちらかを相手している間に、もう片方に捕まってしまうのがオチだ。


 でも――。


「諦めることだけは出来ないよ」


 そう言って、岸の手をギュッと掴んだ。



「んとに……わがままな“唯一”だよな」


 苦笑気味に文句を言われたけれど、岸は私の手を握り返し頭にキスをしてくれる。


「でもそういう強さが、俺の心を震わせるんだ」


 そうして手を離し、私を背にかばう様に前へ出た。



「とりあえず、やってみるしかねぇだろう?」


「無謀だな」


 男はため息をつきつつ、岸の相手をするために構える。



「聖良、俺から出来る限り離れるなよ?」


「うんっ」


 私も岸の邪魔にならない程度に離れつつ、でも手の届く範囲に位置する。



 先に動き出したのは男の方だった。


「にらみ合っていても仕方ないからな。さっさと終わらせてもらう」


 そう言って拳が岸に向かって行く。


 岸はその拳を受け流し、男の懐に入ると腹に拳を入れようとして止められていた。



 そこからの戦闘はよく分からない。


 吸血鬼だからというのもあるんだろうけれど、早くて私の理解が追いつかない。


 かろうじて互角の戦いをしているのかな?って分かる程度。



「諦めなさい。それに、本物の“花嫁”がこちら側の手に落ちればあなたはなにもせずに済むでしょう?」


 押し付ければ良いのに、と勝手なことを言うシェリー。


「っ! 出来るわけないでしょう⁉ 大事な妹なのよ⁉」


 叫ぶ私に、シェリーは冷たい目をしてフンと鼻を鳴らす。


「大事、ね。そいつ……岸よりも?」


「っ⁉」


「あなたを守ろうとすればするほど、岸は傷つくわよ?」


「っ……」


 言い返したくても、言葉が出てこない。


 だって、それは事実だから。



 でも、それでも私の代わりに愛良を犠牲にするなんて選択肢はあり得ない。


 だから、やっぱり私の進む道は一つなんだ。



「岸に傷ついて欲しくはないよ……」


「だったら――」


「でも、愛良を犠牲にも出来ない!」


「……欲張りね」


 呆れと嘲笑を含んだ表情。


 私はそんなシェリーにハッキリと言ってやった。



「欲張りで良いわよ。どっちも譲れないから、あがいてるだけ。諦めて、老害だと言われるような人達の言いなりになってるあなたみたいにはならない!」


「っ! 言わせておけば……」


 途端、目つきの変わったシェリーから揺らめくような怒りを感じた。



 言いすぎたかもしれないと思ったときにはすでに遅く、気づいたときにはシェリーが目の前にいた。


 平手でも打とうとしているのか、右手を振り上げている光景が静止画のように目に映った次の瞬間、強く後ろに引かれた。


 そのまま抱き込まれ、シェリーたちから距離を取るように跳んで離れる。


「ったく、挑発してんなよ」


「ごめん」


 岸の呆れの言葉に短く謝る。



「やっぱり、生意気な“花嫁”もどきには少し痛い目を見てもらわないと分からないみたいね?」


 冷たい目。

 無表情なのが逆に怖い。


 わめきたてるよりも強い怒りを感じた。



「岸、お前も思ったよりやるじゃないか」


 岸と戦っていた男がそう言って顔から笑みを消す。

 そして、ポケットから折り畳み式のナイフを取り出した。


得物えものは使いたくなかったが、あまり長引かせるわけにもいかないからな」


 そして、二人は私達と相対して構える。



「……岸、これってもしかしなくても思った以上にマズイ?」


「はは……そうだな」


 答えた岸の顔には笑みが浮かんでいるけれど、その笑みに余裕は欠片もない。



「お前を離さずに逃げ回るしかねぇだろ」


 そう言って、岸は私をお姫様抱っこした。


「しっかり掴まってろ。離すなよ?」

「うんっ!」


 逃げの一手となると確実にこっちが不利だろう。


 でもそれしかない。



 なら、逃げながら隙を突くしか方法はないってことだ。


 岸が二人を避けるように横に移動した途端、彼らも動きだす。



 先に近づいてきたのはシェリーの方。


 彼女は主に私を狙って来ていた。


「人一人抱えながら逃げるなんて無謀よ! さっさと離して渡しなさい!」


 岸に対してそう叫びながら、爪を立てて私を掴み取ろうとする。



「離すわけねぇだろ!」


 シェリーの手から逃れるため跳んで距離を取ると、次には男が近づく。



「俺としては“花嫁”を傷つけたくはないんだがなぁ」


 言いながら男の方は岸に向かって拳を振るってくる。


 言葉の通り私を傷つける気は無いのか、ナイフを持つ手は使ってこない。



「ちっ!」


 それでもやっぱり私を抱えたままでは岸が不利。


 せめて隙を探るのは私が、と思うのに、そう簡単にはいかない。



 でも男の方も決定打に欠けていたから、根気よく注視していた。



 そして、先に隙を見せてしまったのは岸の方。


「っくっ!」


 攻撃を避けた拍子にバランスを崩してしまった。



 そこへ、男がナイフを持った手を私達に向ける。



「ダメッ!」


 私はとっさに叫んで、男の手を弾こうと自分の腕を伸ばしてしまった。


 バシッ!


 伸ばした腕はナイフに傷つけられることはない。


 なぜなら、男はナイフを持っていない方の手で私の腕を掴んでいたから。



「っ⁉」


「っおい!」


 私が息を呑み、岸が怒りと焦りを含んだような声を上げたと思った次の瞬間。



 ぐんっと私の体は岸から離れ投げ飛ばされた。


「きゃあぁぁ!」


 叩きつけられたわけじゃないから落ちた痛みはあまりなかったけれど、勢いで数メートル引きずった。


 引きずった痛みに「うぅ……」と呻いていると、上から頭を押さえつけられる。



「だから無謀だって言ったでしょう?」


 嘲笑と共にその言葉が降ってきた。



 髪を掴むように押さえられていたからかなり痛い。


 でも、だからって大人しく捕まっているわけにもいかなくて……。


 痛みに耐えながら少しでもと暴れると、何とか顔の方向だけは変えられた。



 でも、そうして目に飛び込んできた光景は――。



「ぅぐふっ!」


 わき腹にナイフを刺された岸の姿だった。


「っ――⁉」


 息を呑み目を見開く。



 信じたくない光景だけれど、大きく開いた目はその光景を映すのをやめてくれない。


 嫌でも焼き付いた。


「ゃ……いやぁ!」


 なりふり構わず岸のもとへ行きたかったけれど、吸血鬼であるシェリーの力には到底敵わず髪が数本抜ける音がしただけだった。



「うるさいわよ! 岸は吸血鬼なんだから、あれくらいの傷少しすればふさがるわ」


 シェリーはイラついたように叫びさらに私の頭を押さえつける。


 痛みと悔しさと悲しみで涙がにじんだ。



 愛良を助けるためにここに来たことは後悔しない。


 後悔するくらいならもっと前にしている。



 でも考えずにはいられない。


 もっと他に方法があったんじゃないかって。



 この部屋につく前に……男一人だけの時に逃げ出しておけば……。


 悠長にシェリーと会話なんてせずにさっさと部屋を出ようとしておけば……。



 そうすれば、岸が刺されるなんてことにはならなかったんじゃないかって。


 悔しさに唇を噛んだ。



「さ、こいつが動けるようになる前に“花嫁”を移動させとくか」


 男がそう言って岸を放置し私たちの方へとゆっくり歩いてきた。



 その途中で、ドォン! と屋敷中に響いたんじゃないかと思うほどの大きな音がする。

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