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第60話 相対 ①

 車が止まった場所は山を下りて街とは正反対に向かった場所だった。


 木々に囲まれた開けた場所に和風の邸宅がある。



「……月原家の別邸。一番近いところでいいのか? それこそすぐ追いつかれるだろ?」


 車を降りて私の手を引きながら助手席にいた男についていく岸は、声音に警戒を含みながら話した。



「拠点を転々としながら移動して混乱させる腹づもりなんだよ。まあ、ここで“花嫁”を取り返されないかどうかであんたたちの処遇が決まるな」


 頭だけ振り向きながら男は案外丁寧に説明してくれる。



「……大体、あの厳戒態勢の中どうやって愛良を連れ去ったの?」


 少しためらったけれど、状況整理のためにも聞いてみた。



 本当に愛良もここに連れてこられてしまったのか。


 あの厳戒態勢の中出来ることとは思えない。



「ん? ああ……まあ、もう話してもいいだろう」


 私が質問すると思っていなかったのか、男ははじめ驚きを見せたけれどちゃんと答えてくれた。



「以前その岸と同時に学園の敷地内にうちの者が入り込んだだろう?」


「あ……あのとき……」


 愛良の方に出たという不審者。


 でも、あの後でH生はみんな調べられたはずだ。


 そう思ったけれど、どうやら根本から違っていたらしい。



「あのときV生の中にうちの者を忍び込ませたんだよ。時が来たら、内側から守りを崩してもらうためにな」


「V生に?」


 誰も考えていなかった事実に驚きしか湧いてこない。



「一応作戦はうまくいったようだな。“純血の姫”があっちに向かったとさっき車の中でメールをしたら、了解の返事とともに作戦成功のメッセージが届いた」


「っ!」


 ということは、本当に愛良はここに連れてこられたってこと?



「……愛良は、まだここにいるの?」


 声が固くなる。


 せめてここにいてくれれば嘉輪たちが間に合うかもしれない。



 でも、男もそこまでは分からないようだった。


「さあな。着いてはいるだろうが……」


 どうだろうな、と前を向いてしまった。



「……聖良」


 そうすると、今度は岸が私に声を掛けてくる。


「お前はやっぱり妹を助けたいんだよなぁ?」


 確認の質問。


 私は当然とばかりにうなずいた。



「もちろんだよ」


「それでお前が危険な目に遭うかもしれなくてもか?」


 答えなんて分かってるだろうに。


 それでもわざわざ聞いてくるのは、私の身を案じてのことだよね。


「……遭わないよ。あなたが守ってくれるんでしょう?」


「ったく……それ、結構な無茶ぶりだって分かってんのか?」


「……ごめんね」


 私のワガママに付き合わせてしまう形になる。



 私を守ろうとしてくれる岸には、大変な思いをさせてしまうだろう。


 でも、愛良のことは何があっても見捨てられない。



 大事な私の可愛い妹。


 姉思いの、優しい妹。


 愛良の一番はもう私ではなくなってしまったし、その一番は愛良を死ぬ気で守ってくれると確信してる。



 私の出る幕じゃないのかも知れないけれど、だからと言って見捨てる理由にはならない。


 ただ、それはやっぱり私のワガママでしかないから……。


 だから、岸には申し訳なく思う。


 でも――。



「……いーよ。惚れた弱みってやつだ、付き合ってやるさ」


 どっちにしろ今は逃げられないしな、と皮肉気に笑いながら続けた。



「ありがと……」


 もう一度お礼を言って微笑む私の手を岸は強く握ってくれた。



 こんな時だっていうのに、どうしようもなく岸が好きだと感じてしまう。



 思えば、出会いは最悪。


 初めはどちらかというと恐怖の対象だった。


 二度目に会ったときは、私の友人を操ったり愛良を狙う月原家の人たちの協力をしていて、ハッキリ言ってしまうと敵。


 恐怖が、怒りに変わった瞬間だった。



 でも、同時に私の中の何かを呼び起こされたときでもあった。


 強引に開かれていく唇。


 それと一緒にこじ開けられた恋の種。



 何より、自分でも気づかなかった私の心の溝を埋めてくれる言葉。


 思えば、あの瞬間から岸に惹かれてしまっていたのかもしれない。


 無意識に強く求めていたものを与えてくれる相手として。



 そして、その思いは会えない間に強くなっていたらしい。


 静かに、降り積もる雪のように、確実に私の心を塗り替えていった。



 そうして迎えた邂逅かいこう


 三度目のそれは、私が思っていたよりも強く、切なく、狂おしく……。


 考える余裕なんてないくらい、すべてを持っていかれてしまった。



 そして今。


 思いを返すことが出来た私を岸は一番に考えてくれる。


 私を守ろうとしてくれる。



 好きで、どうしようもなく惹かれて……。


 愛してると、言えるのかもしれない。



 まだ言葉で伝えていないそれらの思い。


 事が無事終わったら、すべてを伝えたいと思った。


 そして、岸のすべてを受け入れよう、と……。


 そんな決意をしながらも今は前を歩く男についていくしかない。


 そしてついていって邸宅の中に入ると、奥まった場所にある一室に案内された。


 そこで待っていた相手は――。



「こんにちは。もう会うことはないと思っていたのに……また会ってしまったわね?」


 少し苦みを加えたような笑みを浮かべているのは、以前愛良を連れて行こうとしていたシェリーだった。



「……会いたくはなかったんですけどね」


 軽く悪態をつくように言うと、「それはお互い様よ」と返される。



「今回はお前がこっちか……じゃあ、妹の方は御当主サマが直々に相手をしてるってところか?」


 皮肉を込めたような岸の言葉。


 その皮肉が何に対して言われたものなのかは分からなかったけれど、シェリーは苦々しい表情を見せた。



「……あんたには関係ないでしょう?」


「ま、そうだな」


 と、岸はとぼける。



 何の話なのか気にはなるけれど、今はそれを追求している暇はない。


「……愛良は、どこにいるの?」


 正直、ダメ元な気分だった。


 それでも聞かないわけにはいかなくて口にする。



「今そいつが言ったでしょう? 御当主様のところよ」


「連れて行って」


「それで私が連れて行くとでも?」


 はっと嘲るように笑われた。


 ま、そうなるよね。



「それにしてもあなたは本当に妹のことばかりね。前もそうだったけれど」


 そう感想を呟くと、今度は岸をあざ笑うように見た。



「相変わらずじゃない? 岸、あなたこの子の妹に負けてるんじゃないの?」


「負けてなんかいねぇよ。……お前と違ってな」


「っ! うるさいわね!」



 シェリーの言葉に岸も嘲笑で返すと、シェリーは激高する。



「聖良はちゃあんと俺を選んでくれたぜぇ? お前の“唯一”と違ってなぁ?」


 煽りまくる岸に流石に止めた方がいいかも知れないと思ったけれど、岸が放った言葉に驚きそっちに反応してしまった。



「“唯一”? シェリーにも“唯一”がいるの?」


 思わず聞いてしまうと、岸が答えてくれる。



「ああ。今話している御当主サマがそうだよ。……正確には、御当主サマの“唯一”がシェリーだ」


「ん? どういうこと?」


 複雑な様子に眉を寄せて首を傾げる。


 そんな私に岸は簡単に説明してくれた。



「シェリーは元々人間だった。で、御当主サマの“唯一”だった」


 シェリーが元々は人間だったということに驚いたけれど、とりあえずその驚きは押し込めて頷きながら続きを聞いた。


「それで何があったかは知らねぇが、シェリーは御当主サマの血を与えられて吸血鬼になった。……そうやって“唯一”が吸血鬼になった場合、そいつの“唯一”は強制的に自分を“唯一”としていたやつになる」


「……つまり、その御当主様とシェリーはお互いに“唯一”ってこと?」


 私の理解があっているのかという確認のためにも聞くと、頷きで答えが返ってくる。



 ということは……。



「“唯一”で両想い状態なのにその御当主様は愛良や私に子供を産ませようとしているってこと⁉」


 なんてクズなんだと思いながら叫んでしまう。


「そうしようとしているのは彼じゃないわ!」


 すると、今までため込んでいた怒りを解放するかのように怒鳴りだしたシェリー。


 憎々し気に私を睨んでくるけれど、その憎しみは私ではない誰かに向けられている様だった。



「あなた達に彼の子を産ませようとしているのは月原家の老害たちよ! 彼はただ、月原家を見限れないだけ……優しい人なの……」


 怒りと憎しみを吐き出すように言い放つと、打って変わって優しく悲し気な表情になるシェリー。


 その様子だけで、彼女がどれほど御当主様を思っているのかが伝わってきた。



 胸がギュッとわし掴まれる。


 どんなに想っていても、周囲が認めない。


 その状況が少し私と被って見えて、同調せずにはいられなかった。



 でも、だからといって私が出来ることはない。


 その老害たちの思い通りにすることなんて問題外だし、悔しそうにしながらもそれに従っているシェリーに手を貸すことも出来ない。



「ま、それが分かったところでこっちが従う義理はねぇな」


 岸は冷たく跳ねのける。


 冷たすぎなんじゃ……とも思ったけれど、変に同情したところで出来ることはないんだ。


 ハッキリ線引きするのもある意味優しさなのかもしれない。



「……従ってもらうわよ。“花嫁”との間に強い子供が産まれさえすれば、あいつらは文句を言わないと言ったの。……それ以外に方法がないのよ!」


 シェリー自身全く納得していないようなのに、それしか方法がないという。


 これじゃあこっちだってどうしようもない。

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