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第59話 その手を取って向かうのは 後編

 私を抱く岸のシャツをギュッと掴む。


「岸……あなたは、私を求めてくれる? 一番に思ってくれる?」


 少し、声が震えた。


「こんな、気持ちが重くて、可愛げもない女でも、好きでいてくれるの?」



 岸なら、これほどまでに執着してくる彼なら、一番に私を求めてくれると思った。


 でも、すべてをさらけ出しても同じように思ってくれるのかは自信がなかった。



 だから、少し震える。



 でも、岸はそんな震えも抑え込むように私を抱く腕に力を込める。



「なめんなよ? 俺のお前への執着はもっと重いぜぇ? あと、聖良は可愛いっての」


「っ!」


 予想以上の答えに、胸がつっかえる。


 思いがあふれて……。



「ありがとう……」


 それしか言えなかった。


***


 連れられた先には車が停車してあり、岸と私は後部座席に。


 他の男達二人が運転席と助手席に乗り込んだ。



 発車して、学園の敷地から出てもこれで良かったのかなという思いは消えてくれない。


 岸を選んだことに後悔はないけれど、みんなとの別れはやっぱり辛いものがある。



 みんなごめんね……愛良をお願い。



 車窓の外の景色を眺めながら思いをはせた。



「……聖良」


 そんな私に、岸が呼び掛ける。


「ん?」


 と彼の方に顔を向けると、顎を強めに掴まれた。



「っつぅ」


 少し痛い。


「気持ちは分かる……って言ってやりてぇところだけどなぁ……」


 明らかな不満顔が目の前にあった。



「お前が俺以外のやつのこと考えてるってだけで許せねぇんだよ」


「え? きし――んっ」


 言葉は紡がせてもらえず、唇が塞がれた。



 ちょっ⁉

 前には他にも人がいるのに!



 そんな不満はすぐに岸の翻弄してくるキスによって押しのけられる。


「んっ……ふぁ……」


 上顎や舌の裏、私の口の中の感じる部分は知り尽くしたとでも言うような岸の動き。


 その動きに、思考はすぐに溶かされる。


 岸のこと以外、考えられなくなる。


 どれくらいそうされていたのか、時間すらも分からなくなったころやっと満足したらしい岸は唇を離した。


 ニヤリと、意地の悪い笑みが浮かぶ。



「そうやって、俺のことだけ考えてればいいんだよ」


「……ん」


 満足そうな岸の声に、私はもう少しだけ彼に浸っていようと思った。



 ――けれど。



「悪いがな、お二人さん。もうすぐ目的の場所に着く」


 助手席に座っていた男がこちらを見もせず話し出す。


 声には苦笑いのようなものを感じ取った。



「目的の場所? ちょっと待て。聞いてた話と違うぞ?」


 岸の声に警戒が宿る。


 その様子に、私も浸っている場合じゃないんだと気づいた。



「いくらなんでも予定していた場所につくには早すぎるだろ。どこに向かってんだ?」


「月原家の別邸だよ。そのお嬢さんが余計なことしてくれたせいで予定が変更になったんだ」


「え?」


 私のせい?


 何かしただろうか?



「んだと?」


 喧嘩腰な岸に、男はあくまで苦笑ぎみに話す。



「“純血の姫”を本物の“花嫁”の方に向かわせただろ? 下手をしたらまた取り返されてしまうからな……その子は保険だよ」


「保険?」


 どういう意味だろう?


「……おい、それはどーゆー意味だぁ?」


 岸の声がことさら低くなる。


 怒りが滲み出ている様子に、私の戸惑いは強まった。



「“純血の姫”はあそこで足止めする予定だったってのに……その予定が崩れたから、予定を変更せざるを得なくなった」


「どういう意味だって聞いてんだよ⁉」


「おー怖い怖い。……そのまんまの意味だよ、“花嫁”が手に入らなかったときの代わりさ」


「っ⁉」


 それって、つまり……。



「聖良を俺から奪おうってことかぁ?」


 ふざけんなよ、と悪態をつく岸はもう怒りを抑えようとはしていなかった。


 助手席に座る男を今にも射殺しそうな目で睨む。


 私も、そんなのはごめんだと睨みつけた。



「別に奪うつもりはないさ。“唯一”を奪おうとするなんて普通の吸血鬼なら考えない」


「……」


 普通じゃなければ考えるって風にも聞こえる。


 だからそのまま警戒していると……。



「ただちょっと、貸してもらうだけさ」


「は?」


 貸す?

 って、私を?


 まず私はものじゃないし、貸すってどういう……。



 理解出来なくて首をひねっていると、察した様子の岸が殺気とも言えそうな怒りを表した。


「テメェら……ふざけんなよ……」



 うなるように呟いた岸は、そのまま私を守るように肩を抱く。



「ふざけてないさ、本気だよ。……“花嫁”が手に入らなかった場合、その子には御当主の子を産んでもらう」


「なっ⁉」


 思ってもいなかった言葉に開いた口が塞がらない。



「大丈夫、一人産んでさえくれれば解放するさ」


 全く大丈夫なんかじゃない。


 つまりは岸以外の人とそういうことをして、子供まで産めと言ってるんでしょう?


 しかもその子供は放って岸の元へのうのうと戻れということ。



 あり得ない。


 最初から最後まであり得ない。



 いっそめまいがしてきたけれど、そんな余裕もない。



「ふざけてんだろ? 許すわけねぇだろうが」


「だから本気だと言っているだろう?」


 同じような問答に、男が空気を一変させる。


 冷たい、刺すような低い声になった。



「本気だから、下手な事はしない方がいい。岸、お前もその子を残して死にたくはないだろう?」


「っ⁉」


 その言葉に本気を感じて息を呑む。


 岸も、冗談だろなんて言って笑うこともない。



 本当に、本気なんだ……。



 ゾクリと、言いようのない不安と焦りが身体を震わせた。



「ま、それも本物の“花嫁”が手に入るならしなくていいことだ。とりあえずは大人しく着いて来てもいいと思うぞ?」


 震える私を取り残して、男は飄々とした態度に戻った。


 本物の“花嫁”――つまり愛良が零士から離されて月原家の当主の子を産めば私がそういう思いをしなくてすむ。


 そういうことか……。



 ふざけるな。



 そんなこと、何があったってさせるわけにはいかない。


 私だって嫌だけど、だからって愛良にそんな事させるもんか。



 そう思った途端、震えは収まり怒りが湧く。


 抱き寄せてくれている岸のもう片方の手を握りながら、私は助手席の男を睨みつけた。



「聖良?」


 そんな私の様子を見た岸は、フッと息を吐いてニヤリと笑った。


「そうだな、お前はそういうやつだよ。……だから俺はお前に惹かれるんだ」


 その言葉が、私に力を与えてくれるような気がした。



 ルームミラーでこちらの様子を伺っていた男は、苦笑いだけしているみたいだ。


 何を思っているかは分からない。


 でも、そんなのはどうでもいい。

 なんと思われようが関係ない。



 私も愛良も、そんな目には遭わないし、遭わせない!


 どうすればいいのかも分からなかったけれど、ただ決意だけはしっかりとした。

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