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第57話 岸という吸血鬼 後編

「……」


 一通り岸の過去を聞いて、沈黙が落ちる。


 なんて言えば良いのか分からない。


 でも、一つ分かった気がする。



 私の血を飲む前に見せたあの表情。


 諦め、それを受け入れ慣れた悲しい笑み。



 あれは、そんな生い立ちから来てるものだったんだって。



「その話聞いたらさ、同情ってわけじゃないけど……なんか、ああなるのも仕方ないのかなって」


「……うん」


 忍野君の意見に同意しつつ、彼が理解を示してくれたことが嬉しかった。



 他のみんなは、相手が岸ってだけであり得ないみたいに言っていたから……。



 そして、今の話を聞いてまた岸に会いたい気持ちが増す。


 会って、ギュッと抱きしめたい衝動に駆られる。



 会いたい。


 会いたくて、会えなくて……胸が苦しい。



「そんなあいつが香月っていう“唯一”を見つけたんだ。執着するのも当然だよな」


 忍野君は諦めをにじませたほほ笑みを浮かべた。


「悔しい気持ちもあるけど……うん、俺は香月があいつを好きになって良かったと思う」


「っ! 忍野君?」



 私が誰を選んでも、応援は出来ないかもと言っていた忍野君。


 でも、文句は言わないと言ってくれていた忍野君。



 選んだ相手は岸という問題のある吸血鬼だったけれど、その言葉に偽りはなかった。


 しかも良かったとまで言ってくれた。


 裏切りとまで言われた私の恋を、認めてくれた。



「っ……聖良?」


 初めに気づいたのは嘉輪だ。


 次に、改めて私の顔を見た忍野君が息をのむ。



「あ……」


 二人の反応で、私は自分が泣いていることに気づいた。



 岸が好き。


 私のその思いを認めてくれる人は嘉輪と愛良、あとは瑠希ちゃんと正樹君。その四人だけだ。



 津島先輩と石井君は私が岸の“唯一”だからってことで納得してくれただけ。


 そんな、ほとんどの人が認めてくれない中、忍野君はちゃんと自分の目と耳で見聞きして判断してくれた。


 良かったと、言ってくれた。


 それがとても嬉しくて、救われたんだ。



「忍野君っ……」


「あ、ああ」


「教えてくれてありがとう。……認めてくれて、ありがとう」


 涙を次々とこぼしながら、私は感謝を伝えて笑顔を見せる。



「……嬉しかった」


「っ!」


 瞬間息をのんだ忍野君は、頬を染めて私から視線をそらした。



「香月、ずりぃよ。俺のこと完全にフッてからそんな綺麗な泣き笑いするとか……」


 ブツブツと文句を言われたけれど、私だって狙って微笑んでるわけじゃない。


「ふっ……ずるいって言われても困るよ」


 忍野君の言いように今度は普通に笑う。


 つられるように嘉輪もクスリと笑い、そして厳しい眼差しをドアの方へ向けた。



「で? あなたたちはいつまで聞き耳を立てているのかしら?」


「え?」


 何を言っているんだろう?


 そう思った次の瞬間には、ドアがカチャ……と控えめな音を立てて開かれた。



 初めに入ってきたのは気まずそうな表情の石井君。


 続けて似たような顔をしている津島先輩だ。



 そして少し間を開けてから、俊君と浪岡君が入ってくる。


 その表情は何とも形容しがたい複雑なものに見えた。



「っ!」


『あいつからあなたを守ろうと必死になってるっていうのに!』

『俺達に対しての裏切りだ……』


 二人から以前言われた言葉がよみがえる。


 あの言葉は私の罪として胸に突き刺さったままだから、どうしたって消すことが出来ない。



 その辛さを耐えることが出来なくて、つい怯えた表情をしてしまった。


 すると、そんな私を見た二人は同じくらい辛そうな顔をする。



 あ……。

 やってしまった。



 申し訳ない気持ちが湧いてくる。


 きっと、辛いのは二人だって同じなのに……。



 好きになった相手が振り向いてくれない辛さ。


 今なら、少しは分かる気がする。



 そして、その相手が好きになったのは敵とも言える相手。


 それは想像するしか出来ないけれど、裏切りだと思うのも当然だと思う。



 そんな傷ついている相手に追い打ちをかけるようなことをしてしまったのかもしれない。



 後悔と反省で落ち込みそうになっているうちに、ドアがパタンと閉まる音が聞こえた。



「あー、その……こいつらがさ、謝りたいって言ってて」


 最初に口を開いたのは津島先輩だった。


 その言葉を継ぐように今度は石井君が話す。



「立ち聞きするつもりじゃあなかったんだが……。ただその、会議室を使うなら忍野の話が終わってからなら丁度いいと思ってな」


「そうは言うけど、結局気になって聞いてたんでしょう?」


 言い訳をした石井君だったけれど、嘉輪にバッサリと切り捨てられて「うっ」と言葉に詰まっていた。



「ま、まあとにかく話聞いてやってくれよ」


 そして津島先輩は浪岡君と俊君を私の前に立たせて自分は隅の方へと行ってしまう。



 改めて二人と向き直って、緊張してしまう。


 せめてさっきみたいに怯えたりしない様にと気を付けた。


 二人は顔を見合わせると気まずそうな顔で話し出す。


「その……この間はすみませんでした!」

「すみませんでした!」


 俊君が先に謝り、浪岡君が続く。


「聖良先輩があの岸を選んだって聞いて、感情の整理がつけられなかったんです」


「言い訳かもしれないですけど、あの時は俺達も動揺してて……」


 確かに言い訳かもしれない。

 でも二人は謝ってくれた。


 それに……。



「ううん、いいの。二人の気持ちは理解出来るし……あれは、私の覚悟が足りなかったのが悪いから……」


「そんな! でも、そうだとしても僕達の言葉は言い過ぎだったと思うし……」

「そうです! 裏切りだなんて、聖良先輩がそんなつもりじゃないことくらい分かっていたのに……」



 お互い謝り合って、沈痛な雰囲気になってしまっていた。


「その……」

「ですから……」

『すみませんでした!』


 今度は声をそろえて二人同時に頭を下げられた。



 ここでまた謝らないでなんて言ったら堂々巡りになりかねない。


 だから私は。


「うん……謝ってくれて、ありがとう」


 そう言って謝罪を受け入れた。




「……それで、ですね」


 謝罪を受け入れたことで頭を上げてくれた二人は、それでもまだ気まずそうに話し出す。


「聖良先輩が岸の“唯一”だと聞いて、俺達は本当につけ入るスキはないんだなって思ったんです」


「でも、だからと言ってすぐに納得なんて出来ませんでした」


 俊君が諦めの表情をして、浪岡君は悔しそうな顔をする。


 そのまま感情的に続けたのは浪岡君だ。



「だって、たとえ“唯一”じゃなくったって、僕達が聖良先輩を好きな気持ちは確かなのにっ!」


 こぶしを握り、それ以上感情的にならない様に耐える浪岡君。


 私はなんて言葉を掛ければいいのか分からず、結果黙って待つ以外に何も出来なかった。



「……すみません。でも、もういいんです。その辺りの心の整理は一応つけてきたので」


 少しして息を吐き出した浪岡君は落ち着いた声で言う。


 その後で俊君が話し始めた。



「とにかく、気持ちの面で認めることはやっぱり今でも出来ません。ただ……そうやって聖良先輩から離れている間にこの間の事件が起こってしまった」


「っ!」


 ハッキリとは言わないけれど、この間の事件と言えば私がH生の男子生徒に襲われた事件のことだろう。



「あの時思ったんですよ。俺達がそばにいれば、って。……聖良先輩。もう一度、俺達にあなたを守らせてくれませんか?」


「お願いです。少なくとも僕たちのあなたへの思いは確かなものだったんです。せめて、その思いのままに――あなたを守りたいという気持ちだけでも、貫かせてください」


「俊君……浪岡君……」


 もったいないな……。


 私には、もったいなさ過ぎるよ。



 もったいなさ過ぎて、私のことは気にしないでと言いたくなったけれど……。


 でも、彼らの願いを叶えることが報いることになるんだと思ったから……。



「うん……よろしくね」


 涙があふれそうになるのを抑えて、そう返事をした。




 そうして二人とも和解出来たことで、ほんの少しだけど学園内での居心地の悪さは緩和された。


 本当にほんの少しだけれど、気持ちの面ではかなり軽くなった気がする。



 田神先生とはまだ話せていなくて和解も何もないけれど……。



 でもそんな中でも日は経っていて――。


 愛良と零士の血婚の儀式まであと三日となった頃。



 ついに事件は起こってしまった。

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