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第53話 儀式とそれぞれの思い

 翌日。


 すぐにでも血婚の儀式についてちゃんと聞こうと思っていた私達。


 でもそう簡単にはいかなかった。



 岸達が学園の敷地内に侵入したことでH生の中に操られている人がいると分かったから。



 そのためH生はみんな調べられることになり、調べる側として田神先生も忙しくしていた。


 やっと話が出来るとなったころには、儀式まであと二週間ほどになっていたんだ。




「すまないな、話したいことがあると聞いてからこんなに間が開いてしまって」


 いつもの会議室でそう言った田神先生はかなり疲れている様に見えた。



 まあ、それもそうだよね。


 つい最近まで昼は普通に学園の先生として授業を行い、放課後は“花嫁”の護衛を取りまとめる立場の者としてH生を調べていたんだ。


 疲れないという方がおかしい。



 それがやっとひと段落ついたところ。


 少しは休みたいだろうに、こうして時間を作ってくれたことが申し訳なかった。



 でも、血婚の儀式についての疑問だ。

 儀式が終わってからじゃあ意味がない。


 だから申し訳ないし、私個人としては気まずい気持ちもあるけれど悠長なことは言っていられない。


「それで? 血婚の儀式について質問があるんだったかな?」


 椅子に座った田神先生はさっそく本題に入った。


 それに答えたのは嘉輪だ。


「はい。……儀式についてちょっと物騒な情報を聞いたので……」



 今この会議室にいるのは私と嘉輪。

 そして愛良と零士だ。


 岸の言った隷属の儀式というのが間違いだった場合でも本当だった場合でも、他に人がいたら変に不信感を募らせてしまうだけだと主に嘉輪が判断した。


 私も大ごとにしたくはなかったので、最小限の人数で聞くことに賛成する。


 その結果の人選だ。



 そして、田神先生と話すのは気まずいだろうということで基本的に話すのは自分がすると嘉輪が言ってくれた。


 正直ありがたい。



 授業中は先生としての顔しか出さない田神先生だから、今までは気まずいと思いながら何かがあるわけじゃなかった。


 でも、こうして話をする場をもうけたら直接話をしないわけにはいかない。



 田神先生に申し訳ないと思っている私が、問い詰めるような真似をするのはためらわれたから。


 だから本当にありがたかった。



「物騒?」


 眉を寄せて聞き返してくる田神先生に、嘉輪は説明を続ける。


「はい、血婚の儀式は……本来隷属の儀式だって話です」


「っ⁉ なぜそれを⁉」


 少し腰を浮かせて驚く田神先生の反応に、岸の言ったことが本当だったことを知る。



 岸がデタラメを言っている様には見えなかったけれど、田神先生達が酷いことをするとは思えなかったから信じきれなかった。


 でも、本来は隷属の儀式だったということは確かなことみたいだ。



 この場にいる田神先生以外の人が、驚きと不信の眼差しを向ける。


 それにすぐに気づいた田神先生は、ゴホンと軽く咳ばらいをして座りなおした。



「……まず、誤解しないで欲しいんだが」


 そう切り出した田神先生はちゃんと説明してくれる姿勢を取る。



「愛良さんと零士に行ってもらう血婚の儀式には、隷属という要素はなくなっているからな?」


「そうなんですか?」


「変に誤解を生まないためにもちゃんと話した方が良いのかも知れないな……」


 細く長めに息を吐きだした田神先生は、飲み物で口を湿らせてから改めて話し出した。



「血の結晶を使う儀式は、大元は血婚でも隷属でもない。一番初めは主従の儀式だったんだ」


「主従?」


「そう。従う側が、あなたに心から仕えると誓う儀式だ」


 そして詳しい手順を教えてくれる。


「主従の儀式は単純なもの。血の結晶は作り出した吸血鬼にとっては本人そのものと言っていい。それを主人となる人物が飲み込む事で主従のつながりができる」


 やっぱり飲み込むんだ……。



 はじめに血婚の儀式を説明されたときのことを思い出す。


 血婚の儀式では飲み込む必要はないって聞いたけど……。



「次に隷属の儀式だが……」


 続けて説明しようとした田神先生の顔が苦渋に満ちたものになる。


「これは主従の儀式を知った昔のハンターが、吸血鬼を従わせるために血の結晶を奪って飲み込んだ事からそう言われる様になった」


「……」



 えっと……つまり、人間のハンターが吸血鬼を隷属させるための儀式だったってこと?



「そして約百年前。協定が結ばれた頃に分かった事だが、吸血鬼の血の結晶に人間の血を混ぜる事でその当人同士に血の繋がりができる事が分かった」


「それが血婚の儀式になったって事ですか?」


 嘉輪の確認の言葉に田神先生は頷いた。



「そうだ。血婚の儀式でも結晶を飲み込むというのはこの流れからきている」


 のちに血婚の儀式では飲み込む必要は無いと分かったから、身につけるだけになったのだそうだ。



「ああ……」


 そういう事だったんだ。


 岸が隷属の儀式と言ったときの嫌そうな表情。


 田神先生もその話のときは苦々しい顔をしていた。



 当時は敵対していたというハンターの言いなりになるなんて、吸血鬼からしてみれば確かに嫌な顔もしたくなるってものだよね。


 どれほどの強制力があるか分からないけれど、従わせるってくらいだから基本的に命令に背くってことが出来なかったんだと思うし。




 そして田神先生がどうしてその事を言わなかったのか。


 ……言う必要がないって判断したのかな?



 血婚の儀式は隷属とは全く違うものになっているから。


 逆に言ってしまうと、変に怖がらせてしまうとでも思ったのかな?



 吸血鬼とハンターのしがらみ。

 確かに根が深そう。



 そんな感想を抱きながら、愛良と零士のことは問題なさそうだなと安心する。



「……それにしても、そのことをどうやって知ったんだ? 学園じゃあ吸血鬼とハンター協会、双方にとっての黒歴史だし、知る必要のないことだから教えていないはずだが?」


「っ⁉」


 田神先生の言葉に思わず息を呑む。


 そして他の三人も私を見てしまう。


 それだけで田神先生は察してしまった。


「……岸か……」


 苦々しい表情。

 憎々しいとも言えるかもしれない。


 私は否定も肯定も出来ず黙ってしまう。



「……あいつが協力している月原家は古い家だからな。そちらから知ったんだろう」


 そう言った田神先生は、私達に教えるというよりは自分が納得できるように口にしてる感じだった。



「それで? どう言われたか知らないが、あいつの言葉を鵜呑うのみにして俺を疑ったという事か?」


 自嘲の笑み。


 ハッとした私はすぐに首を振って否定した。


「っ! 違います、疑ってなんかいません!」


「そうです。聖良は隷属なんて言葉を聞いて愛良ちゃんが心配になっただけですよ! 先生たちがそんな酷いことはしないと思うけどって言ってましたから」


 すかさず嘉輪もフォローしてくれる。



 すると今度は田神先生がハッとしてうなだれた。


「……すまない、今は変にうがった見方しか出来ないみたいだ」


「いえ……」



 そんな見方しか出来ないのは私のせい、なのかな?


 でも、私の気持ちが変わる事がない限りそれは仕方ないことなのかもしれない。



 だから、疑われてちょっとムッとなった気持ちは呑み込んだ。


「とにかく、そういう事なら愛良ちゃん達の血婚の儀式については問題無いわよね?」


 そう言って場をまとめてくれたのは嘉輪だ。



 聞かれた愛良は私達の様子に少し心配そうな眼差しを送りながら頷く。


「うん、零士先輩との関係が対等なものなら、あたしは何の問題もないよ」


「そうだな、俺と愛良との間に上下関係は必要ない」


 零士も共に頷き、二人は視線を合わせる。



 零士が愛良の髪を撫でて甘い笑顔を見せると、愛良も恥ずかしそうにだけど微笑む。


 一気に二人の世界がそこで形成された。



 ホンットブレないな、この男は。


 ある意味うらやましいよ。



「聖良、死んだ魚のような目になってるわよ?」


 私の近くにいた嘉輪がポソリとそう言ったけれど、聞こえないふりをした。


 だって、多分本当にそんな目をしてるだろうなって思っちゃったから。



「……聖良」


 低い声が、私を呼ぶ。


「っ!」


 思わず肩をビクリと震わせ、ゆっくり声の主を見た。



 冷たく感じるほどの瞳と目が合い、また肩を震わせる。


「……言っておくが、俺はお前を諦めてない」


「っ……え?」


 一瞬何を言われたのか分からなかった。


 妖艶でありながらも、優しい眼差しで好きだと言ってくれていた人と同じとは思えない。


 冷たく、獲物を捕捉するような目。


 そんな目で、諦めない……まだ好きなのだと言う。


 違い過ぎて、少し怖かった。



「他の連中もそうだと思うぞ?」


「え?」


 突然他の人――婚約者候補の人達のことを言われてさらに理解が追いつかない。



 でも田神先生は私の理解が追いつく前にドアの方へ顔を向けた。


「入ってきていいぞ」


「え……?」


 田神先生の言葉の後、すぐにドアが開き婚約者候補の皆が入って来る。


 みんな硬い表情や戸惑いの表情をしていた。



 岸と会ってから、みんなともまともに話をしていない。


 田神先生同様、みんなもH生の取り調べに駆り出されていたから。



 私の護衛は大体嘉輪か正輝君がしてくれていたし……。



 だから、みんなにはちゃんと私が誰を選んだのか伝えていない。


 言いづらかったってのが大きいけど……。



 でも、今の彼らの表情を見るとある程度の話は聞いているみたいだった。



 みんなが私の前に並んで、ドアがパタリと閉まる。


 緊張から、ゴクリと唾を飲み込んだ。


 こうしてちゃんと会ってしまったら言わないわけにはいかない。


 私が誰を選んだのか、伝えないわけにはいかない。



 だから正直なところ、まだ会いたくなかった。


 まだ、猶予が欲しかった。



 否定されて、非難されるのは目に見えていたから……。



 でも、田神先生はそれを許してはくれなかったみたいだ。


「なかなかこうして話をする機会が取れそうにないからな。……呼んでおいたんだ」


 淡々と話す田神先生。


 感情が乗せられている感じはしないのに、非難されている気がした。



「っ!」


 喉の奥が詰まったように言葉が出てこない。


 声が出たとしても、何を言えば良いのか分からない。



 そんな中、代表するように口を開いたのは津島先輩だった。


「えーっと、その……。聖良ちゃん、相手を決めたって聞いたんだけど……」


 そう切り出した津島先輩の視線は泳いでいて、その相手というのが誰かもう知っていると言っているようなものだった。



「……その相手があの岸って、本当か?」


 泳いでいた目が、最後だけはしっかり私を見る。


 誤魔化さないで欲しい。


 そう言われている気がした。



 私はもう一度唾を飲み込み、ゆっくりと震える唇を開く。


「……っはい」


 それしか言えなかった。



「マジかよ……」


「っ! 嘘ですよね⁉」


 額に手を当てて呟く津島先輩の後に、浪岡君が叫ぶ。



「正直、僕を見てもらえるように頑張ると言いつつ選んではもらえないんじゃないかって思ってました。……きっと、僕以外を選ぶんだろうなって……でも!」


 うつ向き、震えるように話し出した彼は睨むように私を見た。


「何でよりによってあいつなんですか⁉ 僕達はあいつからあなたを守ろうと必死になってるっていうのに!」


「っ!」



 ストレートなその言葉は、私の胸に深く突き刺さった。



 言われると思っていた言葉。


 分かっていたけれど……ううん、分かっていて……それでも覚悟を決めていなかったからこそ突き刺さる。



 今まで守って貰って、助けてもらっていたから、岸のことを伝えるのが怖かった。


 彼らが忙しいのをいいことに、覚悟を決めるのでさえ後回しにしていた。



「そう、ですよ……いくら何でもこれは……俺達に対しての裏切りだ……」


「っ!」


 続く俊君の言葉。


 それも、言われるかもしれないと思っていたこと。


 でも、言われたら一番辛いだろうなと思っていたこと。



 実際、息が出来なくなるくらい突き刺さった。


「ちょっ、お前ら少し落ち着け。一回出よう」


 津島先輩が気を使って二人を部屋から出してくれる。



「……香月……」


 シンとなった部屋で呟くように私を呼んだのは忍野君だ。


 私が選んだ相手を応援は出来ないけれど、文句は言わないと言っていた彼。



 でも、流石に相手が岸だとそうもいかないだろう。


 だって、忍野君は岸に思い切り蹴られてたし……。



 でも彼は私を非難することもなく、ただ心配そうに見つめてくる。


 申し訳ないという気持ちはあったけれど、それ以上何も言わない忍野君にホッとした。



「……よりにもよって、岸か……」


 そして、普段でさえあまりしゃべらない石井君がボソリと呟く。


 それ以上何かを言うわけじゃなかったけれど、良く思っていないことだけは確かだった。



「……分かっただろう? 君が選んだ相手は誰も認めない。俺や彼らだけじゃない。学園の関係者はみんな認めない」


 淡々と、でもハッキリと田神先生が言う。



 分かっただろう?


 言われなくてもそんなこと分かってる。


 こんな、思い知らせるようなことされなくても分かってる。



 なのにこんな風にみんなを呼ぶなんて……私の自業自得だけれど、流石にちょっと酷いと思う。


 申し訳なさと恨めしい気持ちが入り混じった状態でうつ向くと、今度は思いがけないところから声が上がった。



「ぶっちゃけ俺にはどうでも良いけど……そいつはその岸って奴の“唯一”なんだろ? それなら周りがどうこう言う問題じゃなくねぇ?」


「は?」

「え? “唯一”⁉」

「な、に?」


 零士の言葉に、石井君、忍野君、田神先生と順番に驚きの声が上がる。



 そういえば、そのことは特に伝えていなかった。


 零士は愛良に聞いたのかな?



 でもみんなのこの反応は……。



 吸血鬼が自分の“唯一”を見つけるのは珍しいとは聞いた。


 でも、ここまで驚くほどのことなのかな?


 三人の表情はただ驚くというより、驚愕という言葉が合いそうなほどだ。



「吸血鬼は無意識でも常に“唯一”を求める存在。常にその存在に恋い焦がれる」


 今まで様子を見ていた嘉輪がそう語りだす。


「だから、“唯一”を見つけた吸血鬼の邪魔をすることは基本的に許されない。それはいずれ自分に返ってくるかもしれないことだから」


 そして、私と目を合わせて嘉輪はフッと笑う。



「昔の有名なハンターの言葉があるわ」


「え?」


「『吸血鬼は、愛のために生きる化け物だ』って。“唯一”を見つけた吸血鬼は、気が狂うほどに愛し尽くすから」


「愛のために生きる、化け物……」


 言いえて妙とはこのことだろうか。


 嘉輪の話を聞いた限りでは、確かにその通りのように思えた。



「愛良に言われて気づいたが、俺の“唯一”は愛良だ」


「っ!」


 その零士の言葉に一番に反応したのは石井君。


 愛良への未練――というほどのものではないだろうけれど、やっぱり気になるみたいだ。



「だから分かるんだよ。気が狂うほどに愛し尽くすって意味が。……その岸って吸血鬼、聖良を失ったら何しでかすか分かんねぇぞ?」


 だからつべこべ言わずに身を引いて好きにさせろ、と言い捨てた。



 まさか零士から助けの言葉が出てくるとは思わなくて、目を見開いて凝視する。


 そんな私と目が合うと、零士は嫌そうに顔を歪ませてそっぽを向く。



 ……イラッ



 その態度はやっぱりいつもの零士で、私は感謝するべきなんだろうけれどしたくないなと思ってしまう。


 まあでも、あとでちょっとだけお礼は言っておくか……一応。




「……“唯一”なら、仕方ないか……」


 そう硬い声で言ったのは石井君。


 忍野君は戸惑うばかりで……。



 田神先生は、悔しそうにギリッと奥歯を噛んでいた。




 “唯一”に関しての話は部屋の外に出た三人にも伝えられ、今日のところは解散となった。


 みんな納得はしていないみたいだったけれど……。


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