聖良を寮まで送り届けた俺は事後処理のためデパートの方へと戻っていた。
だが、途中で車を路肩に停車する。
冷静さを保っていられなくなったからだ。
胸の内から湧き上がってくる黒い感情を吐き出すように、「クソッ!」とハンドルに拳を叩きつけた。
脳裏に浮かぶのはひたすら謝ってくる聖良の泣き顔。
俺を選ばず、岸なんていうお尋ね者を選んだことを申し訳なく思っているような眼差し。
だが、そこに後悔はなく彼女本来の強さも垣間見えた。
選んでしまったんだ。
揺るがないほどの想いを誰に向けるのかを……彼女は決めてしまったんだと気づいた。
気づいて、しまった。
「クソッ! だから会って欲しくなかったんだ!」
また、悪態をつく。
だが声に出さずにはいられない。
煮えたぎるようなこの激情を少しでも吐き出してしまわないと……。
でないと、俺は何をするか自分でも分からなかった。
嫌な予感はしていたんだ。
あれほど酷いことしかされていない相手なのに、それでも聖良は岸に会おうとしていた。
岸の顔面を殴って気持ちをハッキリさせるためだなんて言っていたが、会おうとしている時点で惹かれていたんじゃないのか?
その可能性がわずかにでもあると思ったから、会わないでくれと言ったのに……。
会ってしまったのは仕方ない部分もあるだろう。
彼女は常に狙われていたのだから。
だが、自ら血を吸わせたのは……。
ギリッと、奥歯を噛みしめる。
聖良が、自分から吸わせた。
どういう状況だったかは分からないが、それが事実であることに変わりはない。
抵抗しなかった。
それは、あの男を受け入れたということだ。
その証拠に、彼女は岸を選んだ……。
危惧していた通りの状況にドロリとした黒い感情がマグマのように胸の内を焼く。
「……認めない」
そうだ。認められるものか。
聖良を――“花嫁”を手に入れられるところだったんだ。
彼女の心は俺にも向けられていた。
そして俺も、彼女を愛しいと思っていた。
そのままお互いを思って、うまくまとまりそうだったのに。
諦められるわけがない……岸になど渡すものか。
幸いと言うか、岸は違反者でお尋ね者だ。
周囲が聖良と岸の仲を認めないだろう。
「ちゃんと、分からせてやらないと……」
お前が選ぶべきは俺なんだと、岸を選んでも辛いだけなんだと、分からせてやらないと……。
そう考えてやっと心を落ち着かせることが出来た俺は、再び車を発車させる。
聖良、お前が選ぶべき相手は俺なんだ。
俺でなくてはいけないんだ。
早く、それに気づけ――。