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第47話 最後のデートと再会 ①

「妹の方が愛嬌あって可愛いよな」


 そう言われたのは小学生の頃だったか。


 でもいつもそうだった。


 愛良に限らず、選ばれるのはいつも私じゃない別の誰か。



 前は単純に私より他の誰かのほうが可愛いからだと思っていたけれど、今考えると性格が理由だったってことだろう。


 せめて見た目が性格と合っていればまた違ったのかも知れないけれど、見た目も性格もそう簡単には変えられない。


 だからどっちにしろ仕方ないことだったんだ。



 それでも、私じゃない誰かを選ばれるたび、私の心は少しへこんだ。


 傷というほど深いものじゃない。


 へこむ程度の、大したことのないもの。



 ただ、何度もへこまされてしまったからそのへこみが戻れなくなっただけ。


 ただ、それだけ……。



 それだけ、なのに!


『劣化版とか言うな。俺の女だ』

 シェリーが、私を愛良の劣化版だと言ったときに返された言葉。


『それが良いんじゃねぇか』

 勝気な態度で“じゃじゃ馬”と評されたときに返された言葉。


 そんな言葉たちと、彼から与えられる執着が、戻らなくなったへこみを埋めていく。



 違う!

 あんたじゃない!


 あんたじゃないはずなんだ!



 思い返しても酷いことしかされていないと思う。


 なのにどうしてあいつはこんなにも私の中に入り込んできてるの?



 会わなくちゃならない。

 会って、ハッキリさせなきゃならない。



 私の意思なんて関係なく、全てを奪おうとするあいつなんかに私はあげない。



 きっと、会って優しさのかけらも無いあいつを見れば、田神さんの方が良いと思えるはず。


 そうして田神さんの思いに応えられれば、きっとあいつの存在なんか私の中から消えてなくなるはず。




 だから、会わないと。


 会わないとならない。



 何度もした決意を繰り返すと、記憶の中の岸がにやけ顔で目の前に現れる。


 私はそんな岸をビシッと指差し宣言した。



「首を洗って待ってなさい! その顔ぶん殴って、あんたを私の中から追い出してやるんだから!」


 すると、岸の表情が変わる。


 笑顔なのは変わりない。

 けれど、獲物を狙うハイエナのような目をしていたのに突然力が抜けたように物悲しさを含んだ眼差しになる。


 悲しそうな、寂しそうな笑みを浮かべた岸は――。



『聖良……』


 と、私を求める言葉を口にした。



「――っは⁉」


 心臓を掴まれたような感覚がして、私は目覚める。


 ああ、そうだ。

 あれは夢だ。


 この一週間、毎晩のように見る夢。



 あいつに会って、ぶん殴って。

 私の中からあいつを追い出すんだと決意する夢。


 そして、それをあいつに宣言すると……。

 あいつは――岸は、悲しそうな笑みを浮かべるんだ。


 その笑みは見てるこっちまで苦しくなるような寂しさを秘めていて……。



 心臓をわし掴まれるような苦しさを私に与える。


 夢から引きずってきたその苦しみに、耐えるように一度目を閉じると一筋涙が零れた。



 深く息を吸って思う。


 岸が、あんな顔するわけない。


 私を丸ごと奪っていくような獣の目をしているか、周囲を馬鹿にしたようなニヤついた笑みを浮かべているか。

 大体がそんな顔だ。



 あんな……。


 あんな、捨てられて、でもそれを受け入れ慣れているような悲しい笑みなんて見たことない。



 だからあれはただの夢。


 きっと、田神さんに会わないでくれと懇願されたから。

 その申し訳なさから、夢に変な影響を与えただけに決まってる。



 そうだよ。


 見たこともないものを夢で見るわけないじゃない。



 そう決めつけて、私はベッドから降りた。


 みんなとのデートから一週間が経ち、今日は鬼塚先輩とのデートだ。


 でもみんなとのデートのときと違って憂鬱な気分はない。


 だって、デートって言うより護衛任務のシュミレーションって感じなんだもん。



 昨日も待ち合わせなどの確認をしつつされた説明は護衛の話。


 護衛はあまり見えない様にした方が良いよな?

 とか。


 あそこ行くと配置が不安なんだよなぁ。

 とか。



 元々あった私への気遣いってどこに行ったんだろうと思うくらいほぼ護衛の話だった。


 まあ、でもそのおかげで今日は普通に楽しんで遊べそうだなって思うんだけどね。



 そんな風に考えながら選んだ服を着て準備を進めた。


***


「今日は私達H生の汚名返上の日だから、頑張るわ」


 そう意気込んでいたのは待ち合わせ場所まで護衛してくれている弓月先輩だ。


 この今の護衛もV生達ともめたらしいけれど、今日はH生の力を見てもらう日だと言って押し通したらしい。



 同じ学校に通っているんだから仲良く出来ないのかなぁと思う。


 まあ、私が思っているよりは仲は悪くないみたいだけど……。



 嘉輪が言うには、ほとんどの生徒はちゃんと仲良く出来ているらしい。



 でも古い家の人間だったりすると、ずっと吸血鬼と戦ってきた過去があるから中々難しいのだとか。


 その典型的な例が弓月先輩だと言っていた。


 そしてそういう人達は、昔は“花嫁”を自分達が守っていたっていう記録があるからそれを通したいみたいだってことも。



 だから私や愛良に近付いて来るH生はそういう古い家の人達が多いんだって。


 鬼塚先輩もその一人らしい。



 そうして結果的に私達に接触するH生がかたよっているから、仲が悪いように見えるだけなんだとか。



「まあ、この学園で恋人同士になる吸血鬼とハンターも出てきてるからそのうちVH生も増えるだろうし。そうなれば吸血鬼とハンターの確執もかなりなくなってくるはずよ」


 そのために作られた学園だしね、と付け加えながら嘉輪は言っていた。



 それらの事情を聞いたこともあって、私は弓月先輩の意気込みを否定することはしなかった。


「ケガだけはしない様に気を付けてくださいね?」


 弓月先輩の意気込んだ様子に、力み過ぎてしなくていいケガとかをしそうな人もいそう。

 そう思って笑顔を向けながら頼んだ。



 別に私は弓月先輩達が嫌いなわけではないし。


 ただちょっと、嘉輪への態度をもっと優しくして欲しいなと思うだけで。


 二人の仲は私が初めに思ったよりは悪くなかったけれど、やっぱり少し溝のようなものを感じるから。


 なかなか難しい問題だから、私の方から何かを言うことは出来ないけれど。



 そんなことを考えながら私は鬼塚先輩との待ち合わせ場所へ向かった。


***


 みんなと同じ待ち合わせ場所であるデパート前の公園につくと、鬼塚先輩が他の護衛の人達と話をしているところだった。


「お待たせ。どうしたの? 何か問題でもあった?」


 私より先に弓月先輩がそのことに反応して聞く。



「ああ、大丈夫だよ。一人所定の配置になかなか来ないって報告を受けてたんだが、今ちゃんと来たって報告が上がったから」


 鬼塚先輩は笑ってそう報告をしてくれて、他の護衛達を帰していた。


「そう? じゃあ、ここからは貴方が聖良さんをお願いね」


 そんなやり取りをして私は鬼塚先輩に引き渡され、弓月先輩もこの場からいなくなってしまう。



「えっと、今日はよろしくお願いします」


 二人きりになって、挨拶と共にそう言ってペコリと頭を下げた。


「ああ、こっちこそよろしく頼むな」


 鬼塚先輩はそう言って左手を差し出す。


 私はその手を見て数秒止まってしまった。



「……えっと、この手は?」


 なんとなく分かってはいたけれど、一応聞いてみる。



「そりゃあ、手をつなぐための手だけど?」

「え? つなぐんですか?」


 デートとは名ばかりと思っていた私は驚いた。

 でも。


「まあ、一応名目はデートだし。それにしっかりつかまえていた方が離れる心配も少ないだろ?」


 と、あくまで護衛のための手段だと言う彼にそれ以上突っ込むのも意味がない気がして、私は諦めの心境でその手を取った。



「さてと、じゃあ無難にゲーセンでも行ってパーッと遊ぶか」


 そんな気軽な言葉に思わず笑う。


「それ、鬼塚先輩が遊びたいだけなんじゃないですか?」


 なんて、同じく気軽な気持ちで聞いてみた。


「はは、バレたか」



 そんなやり取りで少し残っていた緊張感をほぐした私達は、鬼塚先輩の言う通りにゲームセンターでパーッと遊んだ。


 カートのゲームや音楽ゲームで勝負をしたり、UFOキャッチャーで大物を狙って失敗したり。

 デートだとか護衛のシュミレーションだとかも忘れるくらい笑った。


 おかげで、私がみんなの気持ちに応えられないことだとか、田神さんへの気持ちはどんなものなのかとか。

 それと最近見る夢の岸のことだとか。


 そんな色んな悩みを一時忘れることが出来た。


「久しぶりに本気で遊んだな」


 そう言いながらハンバーガーにかぶりつく鬼塚先輩。


 ゲームセンターで結構お金を使ってしまったようで、金欠だからとハンバーガーショップでお昼を食べることになった。



「そうですね。私もこれだけ遊んだのは久しぶりです」


 そう返事をして「でも」と付け加える。


「それでお金なくなったって言うなら、私の昼食まで奢ってくれなくていいんですよ?」


 そう、金欠だと言うわりに昼食は奢るからとお金を払わせてもらえなかった。

 今日は本当に楽しめたし、そこまでしてもらわなくても良いのにと思う。


「良いんだよ。デートでワリカンとかカッコ悪いだろ? 俺にカッコつけさせてくれよ」


 そう言って微笑む鬼塚先輩はカッコ良かった。

 でも。


「つっても、奢るのがハンバーガーって時点でカッコつかないけどな」

 と苦笑いする。


「良いですよ、私もハンバーガー好きですし」



 そんな楽しい雰囲気で昼食も終える。


 午後もこんな風に楽しく終われるといいな、と思いながらハンバーガーショップを出ると、朝に見たH生の護衛の人達が近付いてきた。



「おい、どうしたんだ? 護衛がそう頻繁に配置から離れたらダメだろ」


 鬼塚先輩はそう言いながらも彼らから話を聞く姿勢になった。



「悪い、でも杉村がおかしいんだ。突然立てなくなって、お前のこと呼んでるんだよ」


「は? 何だそれ?」


「なんか、お前に伝えないとってうわごとのように言っててさ、意識はあるんだが様子がおかしくて……」


「……分かった。俺が向かった方が良いんだよな?」


「ああ、助かる。“花嫁”の護衛は彼女に頼むから」


 そうして、もう一人が私に近付いてきた。



「初めまして、聖良さん。工藤よ。少しの間よろしくね」


「あ、はい」


 よく分からないけれど、とにかくこの工藤さんという女生徒が少しの間私の護衛をすることになるらしい。



「悪い聖良、ちょっと行ってくる。工藤、頼むぞ?」


「あ、はい」

「ええ、任せて」


 彼らH生の間でとんとん拍子に話が決まって、私はそれに従う以外にするべきことが無い。


 口をはさむヒマすらなかった。



 でもまあ、護衛の人達の指示には従った方が良いということは今までの経験から理解している。


 だから今回も大人しく従うつもりだ。



 そんな風に考えていた私は、V生とH生の違いを深く考えていなかったんだ……。

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