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第45話 デート二日目 前編

 そして、翌朝。


「うっわ、聖良ちゃん酷い顔してるぜ?」

「大丈夫なのか?」


 嘉輪は用事があるとかで、デパートまでの護衛を津島先輩と石井君がしてくれることになった。



 そして、顔を合わせてすぐに言われた言葉がこれだ。



「う……やっぱりデートでこれはマズイですよね?」


 日付が変わる前には眠れたと言っても本当にギリギリだった。


 いつもより短くなった睡眠は顔にダイレクトに影響を及ぼす。


 つまり、クマが出来ていて顔の血色も悪い。



 といってもたった一日でここまでは酷くならないよね……。


 多分、眠りも浅かったんだ。



 それはきっと今日に限ったことじゃないのかもしれない。


 このデートのことを思い悩んでいるのも理由の一つかもしれないけど……。


 でも、多分それよりもっと前。



 定期的に思い出される、あいつのせい。



 昨晩も田神先生から迫られたらどうしよう? と思い悩んでいたら聞こえてきた幻聴。


『俺以外の男、意識してんじゃねぇよ』


 幻聴だと分かっているのに、実際に言われたような感覚にぶわっと何かが溢れたような気がした。

 次いでいつものように襲い来る熱。


 その熱を怒りに変えて、頭の中であいつをフルボッコにするとやっと落ち着くんだけど、その頃にはかなり精神疲労がたまっている。


 そういうことがたまにあって、今日みたいに本気で疲れが取れない日があった。



 キスマークが消えて思い出すことが少なくなったはずなのに、ちょっとのきっかけで出てくるあいつの存在。


 まるであのキスマークは消えたんじゃなくて、あいつの私への執着ごと私の体に滲みこんでしまったかのよう。



 きっとそのせいもあるんだろうな。


 みんなの思いを素直に受け止めきれないのは。



 だから、どういう形であれ岸とはもう一度会わなきゃいけない。


 あの顔をぶん殴って、ハッキリさせなきゃいけない。



 その決意だけはしっかりと私の中にあった。



 ……でも、今の厳戒態勢の中あいつがこの学園の敷地内に潜入してくることなんてないだろうし、その決意を実行に移すことはまだまだ先になりそう。


 というわけで、結果的にうだうだ考えたり周囲に振り回されたりという私らしくない状況におちいってるんだ。



「ま、時間だしとりあえず行くか」


 心配そうに眉を寄せつつ、津島先輩がうながした。


「どうしても無理そうなときは言え。先延ばしにするとか、出来ないわけじゃないからな」


 一緒に歩きながら石井君がそんな助言をくれる。



「ありがとう」


 お礼の言葉を返して、思った。



 石井君を良いなって思ったときみたいに、誰かを自然と好きになれたらいいのになって。


 石井君に対してはもう友達としか思えないから、私に取っては過去の気持ち。


 でも、あの時のように優しく心臓がトクリと脈打つような恋が出来ればいい。


 そう思った。



 ……そう思った私はすでに気づいていたのかもしれない。


 そんな優しい恋は、私にはもう出来ないんだってことを。


***


「……ってかよ、お前も顔色悪くね?」


 昨日と同じ待ち合わせ場所に行くと忍野君がいた。

 その彼を見て、またもや津島先輩がそう口にする。


 でも実際に忍野君の顔色は悪かった。


 なんて言うか、今にも吐きそうな顔っていうか……。

 気持ち悪そうに見える。



「あ、おはよーございます。まーしばらく休めば治まるんで、気にしないでください」


 挨拶と共に答えた忍野君は弱々しかった。


「本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だって。って言うか香月こそ大丈夫なのか? 疲れてそうに見えるけど」


 心配すると逆に心配を返されてしまう。


「とりあえずお前らあんまり疲れることしないで休めるようなデートしろよ?」


 津島先輩はそう釘を刺して、石井君を連れて私達から離れて行った。



「はは……ま、とりあえず行くか」

「うん、そうだね」


 そうして並んで歩く忍野君は昨日の二人みたいに手をつないできたりはしなかった。



「手をつないだりとかはしなくていいの?」


 別に率先してつなぎたいわけじゃないけれど、浪岡君も俊君もしてきたからどうなんだろうと思って聞いてみた。


 すると忍野君は、弱々しい笑顔だったけれどハッキリと言う。


「そういうのは、付き合えてからするよ」

「っ! そっか……」


 気安さの中にある誠実な言葉に、少しドキッとしてしまった。


「あーでもどうしよっか? 一応考えてはいたんだけど、香月も体調悪いなら無理しない方が良いし……」


 体調を考慮してくれる忍野君にありがたいと思いつつ、同じくらい申し訳なく思う。



「ごめんね」

 だから謝ったけれど。


「俺だって体調良いとは言えないし、お互い様だって」

 と、気にするなと言われた。


 忍野君は前の学校の同級生で、一年のときには同じクラスだった。


 そういうこともあってか気安く接することが出来る。



 それに、他の皆みたいにそこまでグイグイとアピールして来たりしない。


 だから安心して一緒にいられる人だなって改めて思った。



「あ、映画とか良いんじゃね?」

「映画?」


 そう言えば、デパート敷地内に併設されている映画館があったな、と思い出す。


 この学園に来てから色々あったしバタバタしていて、行ったことはなかったけれど。



「そ。出来るだけつまんなそうなの見ようぜ? それなら寝れるし休める」

 いい考えだというようにドヤ顔する忍野君に自然と笑いがこみ上がってきた。


「っぷ! はは! 寝るために映画館行くの?」


「少なくとも動き回るよりは休めるだろ?」


 笑われても良い案だろ、と主張する忍野君は面白い。



「まあ、一理あるね。じゃあ行こうか?」


「おう」


 そうして、少しだけ顔色が良くなった私達は映画館の方へと足を運んだ。


 選んだ映画は、とりあえず派手なアクションとかのない恋愛映画。


 今日みたいな体調でなければ普通に楽しんで感動してと見られたんだろうけれど、寝不足も相まって私は途中からウトウトしてしまう。


 本当に寝るつもりはなかったのに、そのまま瞼を閉じてしまった。




「んっ……んんぅ?」


 突然周りが明るくなって、私は瞼を上げる。



 あ、そっか。

 私寝ちゃったんだ。



 視界はまだぼんやりしているけど、思考だけはすぐにハッキリした。


「……香月、起きたのか?」


 忍野君の声がして、数回瞬きすると彼の顔も見えた――けど。


「っっっ⁉」


 めっちゃ近くで覗き込まれていた。



 カッコイイというわけでもなく、かといって不細工でもない平凡な顔をしていた忍野君。


 それが吸血鬼となってからは目鼻立ちがハッキリして、髪の艶も心なしか良くなったように見える。



 前までが正体を隠していた状態だったというから、本来の忍野君は今のこの美男子の方なんだろう。



 そんなイケメンになった忍野君の顔が近くにあると、流石に照れてしまう。



「なっ⁉ ち、近いよ?」


 慌てて抗議すれば。


「悪い、寝顔可愛かったからさ」


 なんて悪びれなく笑う。


「かっかわっ⁉ って、まさかずっと見てたなんてことは……」


「あ、大丈夫。俺もさっきまで寝てたから。見てたのはほんの数分くらいだよ」


「そ、そっか」



 と安堵しかけたけど、数分でも結構な間見られてたってことなんじゃ……?



 そう考えたけれど、あえてそこは言わない。

 普通に恥ずかしい。



「うう……すぐに起こしてくれれば良かったじゃない」


「だからごめんって」


 謝りながら立ち上がった忍野君は私に手を差し出す。


 あまりにも自然な動作だったから、私はついその手を取って立ち上がった。



「でもずっと見ていたいって思うくらい本当に可愛かったんだ」


「っ! っだから……そういうことサラッと言わないで……恥ずかしいから」



「本当のことだし?」


 ちょっとイタズラっぽい笑顔で忍野君は私の手を引いて歩く。



 あ、手……離すタイミング逃しちゃったな。


 そう思ったけれど、今更手を引っ込めるのも何だかおかしい気がするし……。



 あまり気にしない様にして私は話を続けた。



「可愛くなんてないよ。もう、忍野君お世辞はいらないから」


 照れ隠しもあって口にした言葉は半分本心だ。


 外見はそこそこ可愛いのかもしれないけれど、寝顔までそうとは限らない。


 それに私は零士に外見詐欺なんて言われるくらいだ。


 中身は可愛くないと思う。



 なのに私の言葉を聞いてピタリと足を止めた忍野君は「はぁ……」と深めに息を吐き、「あのな」と私を見下ろして続けた。


「俺、お前のこと好きだって言っただろ? 好きな子のこと可愛くないなんて思うわけないじゃん」


「っ!」


「香月さ、俺がお前のこと好きだって言ってるの責任感から言ってるとでも思ってる?」


「それは……」



 思ってない、とは言えなかった。



 私が“花嫁”と同等の血を持つようになった原因を作ったのは忍野君だ。

 彼はそれを気にしてる。


 だから責任を感じてるのは間違っていないはずだ。



 確かにそれとは関係なく好きだと言われたけれど、全く関係ないとは思えなかった。



「責任感だけで言ってるわけじゃない。それだけは分かってくれよ?」


 幾分真剣な目で言われて、私はすぐには答えられない。


 忍野君の言葉を素直に受け止められればいいんだろうけれど、どうしても考えてしまう。



 責任を取ろうとしてるんじゃないか、って。


 好きだって言葉も嘘じゃないのは分かるんだけれど、その考えがどうしたって張り付いて来る。



 だから私は……。


「うん……努力します」


 としか答えられなかった。


「まあとりあえずはそれで良いよ。責任感じてるのも嘘じゃねーし」


 忍野君はため息をつきつつ苦笑いする。


「俺はさ、もちろんお前のこと好きだから選んで欲しいって思ってるけど……でもこれ以上俺のことで振り回したくないとも思ってる」


「忍野君……」


「だから、もし俺以外を選んだとしても気に病むなよ? 応援――は出来ないかもだけど、お前が選んだやつなら文句は言わねぇから」


「……うん、ありがとう」



 忍野君の優しさに、私は泣きそうになってうつ向いた。


 だって、そんなことを言うってことは、自分が選ばれるとは思ってないってことだ。



 そしてそれは間違っていない。



 忍野君が私のことを純粋に好きだってこと。

 それをちゃんと受け止められても、きっと私は忍野君を友達以上に見れない。


 責任を感じてるんだろうって思いがはがれてくれない。



 ……違う、それは言い訳だ。


 私が忍野君を好きになることがない、言い訳。



 今、気づいた。


 さっき石井君を見て恋の種が目覚めた時のことを思い出した。


 そして、今その恋の種が忍野君では動きを見せないと思ったら、今の私がどんな状態なのか分かった。



 分かってしまった。


 驚愕に、泣きそうだったことすら忘れてしまう。



 私の恋の種は、芽吹いてはいない。


 でも、種の殻が破られている状態なんだ。

 無理やり、受け入れられるようにされている状態。


 そして芽吹いていないから、自分からは動けない。



 そうだ。

 だからアピールすると言いながらも、私が選ぶのを待つ姿勢でいる忍野君達三人のことを選べないんだ。



 殻を破ったのは絶対にあいつ。


 認めたくないほどムカつくけれど、破るなんて乱暴な真似をするのなんてあいつしか考えられない。



 きっと、あのキスマークを残されたとき。

 執着の証だと告げられたとき。


 あの瞬間に破られてしまったんだ。


 執着するほどの、強い思いを向けられたことなんてなかったから……。



 そしてその破かれたところから入って来るのは二人。


 一人はもちろん破った本人。

 あれ以来会っていないっていうのに、記憶だけの存在なのにどんどん侵入してくる。


 もう一人はあいつとは違って、もっと甘く妖しくするりと入り込んでくる。


 田神先生……。



 それでもやっぱり“先生”という立場が私の気持ちにブレーキを掛ける。



 どうしよう……なんで今気づいちゃったんだろう。


 この後、その田神先生とのデートだっていうのに……。


 うつ向き続けている私に、忍野君はあえて明るく「昼飯ハンバーガーで良いよな? 俺金欠でさ」なんて笑いながら言った。


 忍野君は自分のせいで私がうつ向いてると思ってるんだろう。


 でも違うんだ、ごめんね。



 忍野君とのデートなのに、他の人のことを考えてしまって後ろめたい。

 そのせいもあって、私はさらに顔を上げられなくなってしまった。


 だから顔を下に向けたまま、せめて声だけは明るく聞こえるように返事をする。


「うん、それでいいよ」



***


 どこにでもあるハンバーガーのチェーン店。


 定番のセットメニューを注文して、テーブル席に座る。


 出来たら持ってきてくれると言ってくれた忍野君に甘えて一人席に座っていると、少し落ち着いてきた。



 この後田神先生とどう向き合うべきかソワソワする気持ちはあるけれど、とりあえずなるようにしかならないでしょ、と開き直るくらいには成れた。


 だから「お待たせ」と言って私の分のハンバーガーセットも持ってきてくれた忍野君の顔を見て「ありがとう」とちゃんと言える。



 それにお腹が空いていたせいもあったみたい。


 一口食べて美味しいと思ったとたん、元気が湧いてきた。


「んー! やっぱり人間の食べ物が一番だよな!」


 よっぽどお腹が空いていたのか、おかしなことを言う忍野君。


 元気が出てきた私は、笑ってそれを突っ込んだ。



「人間の食べ物って……忍野君面白い言い方するね。確かに美味しいけどさ」


 そう言ってまた一口食べようとすると、「あー……」と忍野君は視線をさ迷わせた。



「どうしたの?」

「あ、いや、なんでも……」

「いや、気になるから」


 気になるような態度をしておいてなんでもないは通用しないでしょう。


 ジッと見る私に観念したのか、忍野君はハンバーガーをもう一口食べてから話し出した。



「……今朝さ、俺具合悪そうだっただろ?」

「うん」


 どうしてそこから話が始まるのか分からなかったけれど、とりあえず頷いて聞く。


「今日の朝はさ、血液パック飲んできたんだ」

「血液パック……」


 確か、吸血鬼は一週間くらいの周期で血を飲まないとならないって言ってたっけ。


 この学園に来て初めの頃に田神先生やみんなが説明してくれていた。



 一週間の周期で血を飲まなくてはいけない吸血鬼。

 それ以外は普通に人間と同じ食事をとるけれど、その周期で血を飲まないと力がどんどん衰えて最後には死んでしまうんだとか。


 そのためハンター協会の方で吸血鬼達に血液パックを配布している。


 吸血鬼に人間を襲わせないために、ハンターである人間が提供しているんだとか言っていた。

 そうやって共生しているんだって。


 で、今朝その血液パックを忍野君が飲んだ、と。



「ほら、俺今まで人間として過ごしてきただろ? 血を飲まなくても良かったし。でもこの学園に来てからはそういうわけにもいかなかったから」


「えっと、つまり……慣れてない血を飲んだから具合が悪かったってこと?」


「その通り。だからやっぱり普通の食べ物の方が美味しいなーって思ったんだよ」


「……吸血鬼になったからって、必ずしも血を美味しいって思う訳じゃないんだ……?」



 漠然と、吸血鬼は皆血を美味しいと思って飲んでいるんだと思っていたから不思議な気分だった。


 忍野君は「うーん」と少し考えてから答える。



「まあ、別にマズイとは思わないけどな。でも今まで人間として生きてきたじゃん? 普通に血を飲むって行為に抵抗があるんだよ」


「ああ」


 そう言われれば納得がいく。



 突然吸血鬼になったら、多分私でもすぐに血を飲むことを受け入れることなんて出来ないと思う。

 味うんぬん以前の問題ってことか。


「結局のところ慣れるしかないみたいだけど……人間から吸血鬼になったやつとかって、結構そういうタイプが多いみたいだぜ?」


「へー。ってことは人間から吸血鬼になった人ってのも結構いるんだ?」


 どうやってなるのかは知らないけれど、確か嘉輪のお母さんもそうやって吸血鬼になったと聞いた気がする。


 だから私が思っていたより吸血鬼になった人間は多いのかな、なんて思ったんだけれど……。


「いや、そんなにいないだろ。命の危険が伴うのに好き好んで吸血鬼になろうとは思わないんじゃないか?」


「え?」



 命の危険?



 驚く私に忍野君はそのまま話してくれる。


「確か、人間の血を約三分の一抜いてから吸血鬼の血を入れると吸血鬼になるらしいぜ?」


「三分の一って……」


 確か人間は三分の一の出血で死んでしまうんじゃなかったっけ?



「三分の一抜く前にショック死することもあるし、境目を間違えば中途半端な存在になってしまうとか。色々リスクがあるらしいからな。好き好んではやらねぇだろ」


「じゃ、じゃあどういう場合に人間を吸血鬼にするの?」


 何だかちょっと怖くなって、具体的な例が欲しかった。

 自分がそうならなくて済むように。



「そりゃあたまたま死にかけたやつが目の前にいて、本人に吸血鬼になってでも生きたいかって聞いてからだろ」


 それ以外で吸血鬼になったって話はあまり聞かないな、と残りのハンバーガーを大きな口で食べながら言う忍野君。


 それを聞いて安心した私も、自分のハンバーガーを口に運んだ。



 つまり死にかけなければ吸血鬼になるなんてことにはならないってことだ。




 まあ、そんな状況でもなければ、吸血鬼になる覚悟なんてつかないだろうしね。


 そう納得しながら私たちは昼食を終えた。

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