「じゃあ普通のつなぎ方なら良いですよね?」
と、指を外して普通のつなぎ方で握られる。
「……まあ、それなら」
色々と文句を言いたかったけれど、とにかく恋人つなぎを止めてくれるならと吞み込んだ。
ずっとここで問答しているわけにもいかないし、浪岡君もムスッとしつつ納得したしね。
……でも、俊君とのデートは疲れそうだな。
と、内心ため息をつきたくなった。
……けれど。
「聖良先輩、ここのスイーツ可愛いですよ?」
「あ、本当だ。動物の形してる」
「あ、でもみんなで食べるなら分けてシェア出来るものの方が良いですか?」
「うーん、でも可愛いのも捨てがたいよ」
と、普通に楽しく買い物をしていた。
「愛良ちゃんにお土産でも買っていきませんか?」
という俊君の提案の元こうして色々物色している。
「でもどうしてスイーツ系? なんか迷いなくこのエリアに来たけど……?」
ふと疑問に思って聞いてみると。
「聖良先輩、俺達の相手して疲れちゃうでしょ? 帰ったら愛良ちゃんと甘いものでも食べて疲れを癒してください」
「……」
浪岡君にも見透かされていたけれど、俊君にも見透かされてたみたいだ。
申し訳ないと思うと同時に、さりげない気遣いに胸がキュッとなる。
へらへらと笑う様子も、私に気を遣わせないためのものに見えてくる。
異性として。
恋愛対象としては見れないと思うのに、やっぱり好きだなぁって思ってしまう。
それはあくまで友達とか、後輩に対するものでしか無いんだけれど……。
ハッキリさせた方が良いのかな?
それとも、俊君はハッキリさせないで欲しいと思っているのかな?
どっちにしろいずれはハッキリさせて伝えなきゃならない。
あなたは選べないって。
とても申し訳ないけど、多分どう転んでも浪岡君と俊君は選ばない。
どうしても恋愛対象に見れないんだ。
そんな申し訳無さを胸に秘めて、愛良へのお土産を買うと休憩のため私達はカフェに入った。
カフェオレでホッと一息つくと、俊君がおもむろに質問してくる。
「聖良先輩は俺達のこと振るつもりでしょう?」
「っ⁉」
どストレートな聞き方に言葉だけじゃなく息も詰まる。
カフェオレを飲んでる最中だったら確実に噴き出してる。
いや、だから飲んでないときを見計らったんだろうけれど。
「さっき手をつないだときの様子でバレバレですよ」
そう言って苦笑いする俊君。
「あのつなぎ方は嫌だって顔にありありと浮かんでましたから」
「……」
そう、だったんだ……。
無意識にしてしまった表情だったから、自分じゃ分からなかった。
でも、そうと知られてしまったなら早めにハッキリした方が良いのかもしれない。
そう覚悟して、私は口を開いた。
「俊君、あのね――」
「ストップ!」
でも止められてしまう。
「まず俺の話を聞いてください」
弱々しい微笑みでそう願われて、私は黙るしかなかった。
「俺と将成のことは本当に恋愛対象外なんですよね。せまったりしても困った表情がほとんどだし……多分聖良先輩の中では年下は守るものって意識が強いんじゃないですか?」
「……うん、多分そう」
ずっと愛良を守ってきた。
小学生の頃なんかはその延長で自分より年下の子たちを世話してたから、愛良の同級生にはみんなのお姉ちゃんって呼ばれてた。
そのせいか、年下に対してはお姉さんでいなきゃって無意識に思ってそういう風に行動していると思う。
「それが分かっちゃったらもうなんかどうしよもないのかなって……」
「俊君……」
そのままごめんと謝りそうになる。
「謝らないでくださいね?」
でも、また先に止められた。
「謝られても、フラれても、簡単に諦め切れるような気持ちじゃ無いんです」
「……」
改めて言われると重く感じる。
でも、軽く考えちゃいけないことなんだ。
「だからお願いです、聖良先輩。誰か一人を決めるまでは、好きでいさせて下さい」
「……分かった」
そうとしか答えられなかった。
「……というわけで、ちょっとくらいは欲を出しても良いですよね?」
「へ?」
そのまま重くなりそうな空気を明るくしようとしているのか、イタズラっぽい笑みを見せる俊君。
でも言葉の内容が少し不穏だった。
どういうこと? と首を傾げていると、テーブルの上に出していた右手を掴まれて、持ち上げられる。
あ、何か嫌な予感。
そう思ったときには、私の指先に彼の唇が触れていた。
「⁉」
チュッとリップ音を立てられ、恥ずかしさで固まる。
唇を離してニッコリ笑った俊君は、優しい声で意地悪なことを口にする。
「聖良先輩が一人を決めるまでは、ちょっかいくらい出させてくださいね?」
「え? ええ?」
「聖良先輩が本気で嫌がることはしませんから。せいぜいこうして恥ずかしがってもらうだけです」
「なっ⁉」
これは、開き直ったってことなのかな?
あれ? でも振り向いてはもらえないって諦めてるんだよね?
え? 違うの?
何だかよく分からなくなってきた。
そうして混乱していると、また指先にチュッと唇が当たる。
「っ⁉」
「可愛いなぁ、聖良先輩。俺をフるんですから、これくらいは良いですよね?」
楽しそうな笑みを浮かべながら確認してくる俊君に、私は何とか声を絞り出した。
「……うぅ……。そ、それは……了承、いたしかねます……」
「えー? 残念」
おどけてそう笑った俊君の目には、わずかに悲しさが見て取れた。
***
「はぁ~……」
「まあ、予測はしていたけど。結局疲れて戻ってきたわね」
寮に帰って、私の部屋で愛良のお土産にと買ったバウムクーヘンを取り分けて食べながら嘉輪が言った。
なんとなく報告会みたいな感じになって、愛良だけじゃなく嘉輪と瑠希ちゃんも部屋にいる。
一通り話し終わった私は、思い切りため息をついてしまったんだ。
「あー……お疲れ様です、聖良先輩」
そういたわりの言葉を口にした瑠希ちゃんは、すぐに同じ口でバウムクーヘンを美味しそうに食べた。
大変そうだなと思ってはいてくれるみたいだけれど、結局のところは他人事扱いみたいだ。
まあ、実際そうなんだけど。
「でもまあ、少なくとも浪岡君と俊先輩は選ばないってハッキリしたんでしょう? それがちゃんと分かっただけでも収穫だったんじゃない?」
一口食べ終えた愛良は冷静にそんなことを言う。
愛良ってたまにシビアなんだよね……。
「……でもやっぱり心苦しさはあるし……」
なんてうだうだ言うと。
「自分たちのせいでお姉ちゃんがそうやって気落ちしてるって知ったらそれこそ俊先輩達悲しむんじゃないの?」
ピシャリと事実を言われてしまう。
「うっ」
「それに自分の心の整理は結局自分でしか出来ないんだから。俊先輩も浪岡君も彼らなりに自分の気持ちに決着はつけるんじゃない?」
「……」
なんか、
「……愛良、成長したね」
愛良の言うとおりだなって思うと同時に、その言葉が口をついた。
その成長が嬉しくもあり、ちょっとだけ寂しい。
「……うん、そうかもしれない。ずっと一緒にいたいって思える人が出来て……自信につながってると思う」
そう言葉にする愛良は恋するというより愛する人を得た大人の顔をしていて……やっぱり寂しいと思ってしまう。
「だから、お姉ちゃんにもそういう相手をちゃんと決めて欲しい。心苦しいとか、相手の気持ちばっかり気にしないでさ。お姉ちゃん自身の気持ちを大事にしてほしい」
「愛良……」
寂しいと思いつつちょっと感動していると、嘉輪が「そうね」と頷いた。
「生涯を共にするんだもの。血婚っていう儀式をする以上離婚することも出来ないわ。相手はちゃんと選ばないとね」
「あ、そっか」
はじめから離婚なんてするつもりで相手を選ばないから気にしてなかったけれど、私達の場合は普通の結婚とは違う。
後で無理だと思っても別れることは出来ないんだ。
それを思えば、確かにどうしても無理だと分かっている人を選ぶわけにはいかない。
愛良の言う通り、浪岡君と俊君は選ばないとハッキリしたことは収穫だったのかもしれない。
心苦しさや申し訳なさはあるけれど……。
「……うん、そうだね。ちゃんと自分の気持ちとも向き合いつつ相手を選ぶよ」
「あたし達は聖良先輩が選んだ人を応援しますよ!」
しっかり頷いた私に、瑠希ちゃんが後押しするように宣言した。
「うん、それが一番だよ」
「そうそう、聖良の気持ちが一番大事よ?」
愛良と嘉輪もそう言ってくれる。
「というわけで今日の反省は終わりですね」
いい感じにまとめた瑠希ちゃん。
でも、続けられた言葉に私はまた悩まされる羽目になった。
「後は明日のことを考えないと」
「うっ……」
考えたくなかった現実を突きつけられる。
忍野君は……まあまだそんなに迫ってくる人じゃないからいい。
でも田神先生は……。
無駄な色気を持って私に迫ってくる。
そんな人と明日数時間とはいえデートするなんて……私、色々と持つかな?
不安を募らせてその夜は中々寝付けなかったけど、何とか日付が変わる前には眠りに入れたのだった。