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第41話 デートの約束とH生

「聖良先輩、デートしましょう」


「は?」


 夕食時、いまだに他の生徒と一緒は心配だからということで会議室で食事をしていると、浪岡君が唐突に言い出した。



「正直言って、聖良先輩は僕のこと男として見ていないでしょう?」


 すわった目で真っ直ぐ見られて、私はそろそろと視線をそらす。


「そ、んなことは……ない、と思う……けど」


 一応否定はしてみるけれど、言葉もしりすぼみになってしまったしどう思ってるかなんてバレバレだった。



 浪岡君はどちらかと言うと可愛い系の顔立ちだし、弟とか守ってあげたいタイプと言うか……。


 そういう子が好きな女の子もいるだろうけれど、私は少なくとも異性とは見れなかった。



 ……申し訳ないけれど。



 はぁ、と大きいため息をついた浪岡君は「だからですよ」と気を取り直すように言う。


「一度二人きりでデートしてみましょう? それで、ちゃんと男として認識してもらいますから」


「え? ええ⁉」


 戸惑う私の代わりに、隣に座る愛良が「でも」と口をはさむ。



「二人きりとか良いの? 今は厳戒態勢中でしょう? お姉ちゃんも気を付けてってこの間田神先生に言われたばかりなんだよ?」


 そうだ、愛良の言うとおりだった。


 少なくとも二人だけとかは絶対に許されないと思う。



 そう考えると少し落ち着きを取り戻せた。


「要は近くに護衛になる人がいれば良いんですよね? だから、デパートでデートしましょう?」


「デパートで?」


「はい。それなら周りは学区内の吸血鬼やハンターしかいませんし、少し離れた所から護衛の人がついて来ても問題ないでしょうし」


「ああ、確かに」


 納得する愛良にいやいや! と慌てる。



「でもそういう事するとまたみんなに負担かかっちゃうんじゃない? 迷惑かけるのは嫌だよ?」


 この間お別れ会をするとなったときは下準備やら護衛の配置やらと色々手間をかけていたみたいだった。


 学区内のデパートならあそこまでは必要ないだろうけれど、わざわざ手間を掛けさせることではないと思う。



「そうそう。将成だけのためにはそんなこと出来ないよね? ってことで俺ともデートしましょ? 聖良先輩」


「はい?」


 離れた席で夕飯を食べていたはずの俊君までもが参戦してくる。



「なっ⁉ 俊先輩は少なくとも男と認識されてるでしょう⁉」


 割り込んでくるなと浪岡君は抗議する。



「でも“後輩”の域から出られていない気がするんだよね。……大体、一人だけいい思いさせないよ」


「あ、じゃあ俺も香月とデートしていいってことだよな?」


「はぁ⁉」


 そしてさらに今度は忍野君まで入って来る。



「なに言ってるんですか? 忍野先輩は弟みたいとかただの後輩とか思われてるわけじゃないでしょう?」


 浪岡君が参戦してくるなとばかりに突き放す言い方をした。


 でも忍野君は引き下がらない。



「それ言ったら俺もただの“友達”としか思われていなさそうだっての。それに好きな子とデートしたいって思うのは当然のことだろ?」



 いや、そこで“好きな子”とかサラッと言わないで!


 って、それ以前に――。



「まず第一に、私OKしてないよ⁉」


 そこだ。


 私の意志を置いて話を進めないで欲しい。



「んー……でも聖良先輩の心配事って護衛の人に負担かかるのが嫌ってところですよね?」


「え? あー、まあ……そうなるかな?」


 俊君に確認するように聞かれ、明確な理由としてはそれだよねと思ったので同意する。



「じゃあ、護衛の人達の了承を得られれば問題ないってことですね」


 すると浪岡君が笑顔で確定事項のようにそう言う。


「え? ええ?」


 なんだか勝手に話が進められて、混乱しているうちに護衛してくれる人達がOKしてくれるならデートをするということになってしまった。



 でも、その護衛してくれる人達が良いと言うとも思えないし。


 なんて思っていたんだけれど……。



 浪岡君達は護衛を総括していた田神先生を巻き込んで了承を得てしまった。


 田神先生いわく。



「俺も“先生”の枠組みから中々出られていないように感じたからな」


 とのこと。



 つまり、最初の三人と田神先生との四人とそれぞれデートすることになってしまった。


 どういう感じでデートするのかも分からないけれど、私の気持ちも育ってないのにそういうことばかりされてちょっと疲れてきた。



 だから、関係ない人にちょっと愚痴ったんだけれど……。



 まさか更におかしな事になるとは思わなかった。


***


 息を吸って、お腹の中心に力を込める。


 あとは教えられた型の通り動くだけ。


「はっ!」


 勢いよく、それでいて力み過ぎずに出来たと思った。



 でも……。



「どうした? 今日はいつもと違って覇気がないな」


 鬼塚先輩にはそう言われてしまった。


「……そう、見えますか?」



 確かにデートのこととかを考えると憂鬱ゆううつで、ため息ばかりをつきたくなる。


 でも表に出すようなことはしていないつもりだったんだけど……。



「はぁ……ちょっと来い」


 重めに息を吐いた鬼塚先輩は、ついてこいとあごで示した。


 黙って付いて行くと外に出るドアの方に向かう。



「鬼塚先輩、外に出るのは……」


 嘉輪の代わりに今日の私の護衛をしてくれている正樹君が声をかける。


 あまり離れたところにはいかないで欲しいってことだろう。



「心配するな。出てすぐのところにいる」


「そうですか。分かりました」


 そうして正輝君も納得したので、私はそのまま鬼塚先輩について外に出た。



 外は曇り空で少し湿気もあった。


 もう少ししたら雨が降るかもしれない。



「ちょっと座れ」


 出てすぐの石段になっている場所に促されて座ると、鬼塚先輩も隣に腰を下ろした。


「悩み事があるならとりあえず吐き出せ。ため込んでいると嫌なものばかり積み重なっていくぞ?」


 前振りも何もなく、単刀直入に本題を話し出す。


 空手一筋って感じの鬼塚先輩らしいと言えばらしいけど。



 でもデートが憂鬱とか、言って良いものなのか……。



 関係のない鬼塚先輩に言う事じゃないし、何より私の事を好きでいてくれてるみんなに悪い気がした。


「言え。別に言いふらしたりなんてしないから、とにかく言葉にして出してしまえ」


「っ……」


 この後におよんでためらう私に、鬼塚先輩は命令口調で言う。



 そこまでして言われたら口に出さないわけにもいかなかった。


 鬼塚先輩も私のことを心配して言ってくれているんだろうから。



「……みんなに好きだって言ってもらえるのは光栄なことだけど、私はそれに応えられないから辛いんです」


 一度言葉にしてしまうと、後はせきを切ったようにあふれ出してきた。



「誰を好きになるか、私自身にだって分からないのにみんなはどんどんアプローチしてくるし。それでいて早く決めて欲しいはずなのに無理に早く決めなくていいって感じだし」


「……」


「でもやっぱり揃って男として見てくれって迫ってくるし!」


 口に出しているとどんどん怒りが湧いてきた。


「大体みんな私の話聞かないし! デートだってちゃんとOKしたわけじゃないのに決まっちゃうし!」


 そうだよ。


 そう言えば私まずデート自体するなんて一言も言ってないし。


 なのに勝手に決めちゃって!



 憂鬱でため息ばかりついていたはずなのに、よくよく考えると怒りしか湧いてこなかった。



「……くはっ、やっとお前らしくなったな」


「っ!」


 ヒートアップしてきてつい鬼塚先輩の存在を忘れるところだった。


 笑われて、ハッとする。



「……今の忘れてください……」


 普通に恥ずかしかった。



「まあ、少しは発散出来たみたいで良かったよ。……だが、このままだといつまでも解決しなさそうな問題だな?」


「うっ……」


 その通りだった。



 結局のところ、私が誰か一人を選ばないと終わらない問題なんだ。



「……でも誰を選べば……」


 呟きながら考えてみる。



 多分一番意識している相手は田神先生。


 “先生”というのがネックで、私の方がなかなか一歩踏み出せないけれど……。


 でも多分、“先生”じゃなければ普通に意識はしていたと思う。


 実際初めて男の人だと感じたのは、先生の家で私服姿を見たときだったから。


 でも結局学校で“先生”として会ってしまうと男の人とは見れなくなって……。


 その繰り返しが逆に疲れるだけになってる気がする。



 そんな風に悩んでいると、鬼塚先輩がポツリと呟いた。


「別に、絶対あいつらから選ばなきゃならないわけじゃないだろ」


「え?」


「愛良の方はあいつの安全を考えてってことで上層部が相手を決めちまってて、でもとりあえずその中からちゃんと選べたから良いだろうよ」


 でもな、とムスッとした顔で彼は続けた。



「お前のことは上層部も意見割れてるって聞いた。元々“花嫁”はハンターが守ってきた存在だ。まあ、吸血鬼に奪われることもよくあったらしいけど……」


 そう言えば弓月先輩もそんなことを言っていたな、と思う。


 “花嫁”はハンターが守るものだとかって。



「そうやってハンターと結婚して、子供が出来て吸血鬼が諦めたって例もあるらしい」


「吸血鬼が諦めるんですか?」


 そんなことがあるのかと聞き返す。



「ああ、なんか子供を産むと血が変わってしまうらしいぞ。血婚って言ったか? あの契約をした場合はそうでもないらしいが……人間の俺には詳しいことは良く分からん」


 そう言って詳しい説明を放棄した鬼塚先輩は、「だから」と続ける。


「一応吸血鬼の中から婚約者候補は出されてるみたいだけど、お前はそれにこだわる必要ないんじゃないか?」


「……つまり?」


 鬼塚先輩の言いたいことが分るような分からないような……。


 なので聞き返してハッキリした答えを求めた。



「つまり、ハンターの誰かを選んでも良いんじゃないかってことだ。……俺とか」


「え⁉」


「ああ、あくまで例えばの話な。でも今のところ聖良と仲の良い男のH生って俺くらいだろ? それにまあ俺もお前のことは気に入ってるし……」


 そう言って少し照れ臭そうに頬をかく鬼塚先輩。



 ……これは、どうとればいいのか……。



 答えを迷っていると、鬼塚先輩がとある提案をしてきた。



「まあそう言うわけだから、そのデート? 俺も参戦してみていいか?」


「はい⁉」


 どうしてそういう話になったの⁉



 驚いていると、別の理由も話し出した。



「H生の護衛能力を試したいって意味もあるから」


「はい?」


 またさらによく分からないことを言われる。



「俺や弓月みたいに、“花嫁”はハンターが守るものだって思ってるやつは一定数いるんだ。そういうやつは吸血鬼だけが“花嫁”の護衛につくことを不満に思ってるのが多い」


「……はぁ」


 良く分からないまでも、とりあえず相槌を打つ。


「吸血鬼達の言い分では、“花嫁”を守るなら吸血鬼の方が適任だって話だがそんなのやって見なきゃ分からないじゃないか」


「まあ、そうですね」


 と言ったものの、その辺は良く分からない。


 身体能力が高いのは確実に吸血鬼だろう。

 でも、ハンターはそれに対抗してきた人達のはずだ。


 H生の護衛能力がどの程度なのか分からないのでハッキリしたことは言えないけど……。



 少なくとも、弓月先輩と鬼塚先輩、そしてそれなりに関わってきた同じクラスの一部のH生は信頼出来ると思ってる。



「だから、実験も兼ねて俺とのデートの時はH生中心でお前の護衛をしてみたいなと思ってな」


「はぁ……って、別にデートである必要はないんじゃ……?」


 疑問を口にすると、色々説明された。



 田神先生達とのデートの後ならどこをどう見て回ればいいのかなどマニュアルが作れるだとか、それによって吸血鬼側や学園側から許可が取りやすいだとか。



 つまるところ、私は護衛対象として実験台にされるようなものみたいだった。


 それもどうなんだろうと思ったけれど、H生にとっては必要なことなんだろうなと納得させた。



「まあ、気負う必要はない。俺とのデートは他の奴らとのデートでたまったうっぷんとかを晴らすために遊びに行くって感覚で良いと思うぞ?」



「うっぷんって……ふふっ」


 その言い方は皆に失礼だと思わなくもなかったけれど、ある意味あっていたのでつい笑ってしまう。



「やっと笑ったな」


「え?」


「気が強いからムスッとしてることも多いけど、お前は笑ってる方が可愛いよ」


 と、優し気に微笑まれた。



 その笑顔と不意打ちの『可愛い』に少しドキッとする。



 眼差しが田神先生や俊君達と被って見えて、まさかね、と思う。


 まさか鬼塚先輩まで私のこと好きとかないよね。


 鬼塚先輩は多分教え子でもある私に親身になってくれてるだけ。



 好きかも、とか。

 流石に自意識過剰だよね?



「というわけで、最後には俺とデートな」


「は、はぁ……」



 ……あれ?


 鬼塚先輩とデートすることも決まっちゃったの?


 ちょっと待って、最近の婚約者候補の人達への愚痴を聞いてもらうだけだったはずなのにどうしてこうなった?



「えっと、私はどうすれば……」


 ついていけなくて何をすればいいのかも分からない。


 そんな私に鬼塚先輩は心配するなと言う。



「お前は何も気負う必要はないんだよ。ただ、自分の心のままに行動すればいい」


 そう言われて、本当にそれで良いのかなぁと思いつつ、どうすることも出来ないのでその言葉に頷いた。


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