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第40話 血婚

「けっこん?」


 そう聞き返したのは愛良だった。


「そう、血の婚姻という意味で血婚けっこんという。その儀式を済ませれば、愛良さんは零士との結びつきが強くなって他の吸血鬼は手が出せなくなる」


 愛良と零士の儀式の説明をするということで、私達はいつもの会議室に集まっていた。



 とは言え、全員で聞くことでもないので私と愛良、その護衛として零士と嘉輪。

 そして説明をする田神先生しかいないけれど。



「それで、具体的には何をするんですか?」


 頭の上にハテナマークを浮かべたままにしている愛良の代わりに私が聞いた。



「吸血鬼は、一生に一度だけ自分の血を凝縮させて血の結晶というものを作ることが出来るんだ。零士にこれを作って貰って、それに愛良さんの血を混ぜ合わせる。そうすると綺麗なルビーのような石になるんだ」


 ふんふん、と頷いて相槌を打つ。



 血の婚姻というくらいだから、やっぱりお互いの血が必要ってことか。



「そして、それを愛良さんが飲み込む――」


「え⁉」

「は?」


 あからさまに動揺したのは私。


 愛良は何を言われたのか分からないというような声を上げる。


 飲み込む?


 飲み込むって言った⁉


 零士と愛良の血で作られたものを⁉



 思い出すのは忍野君のこと。


 私の“花嫁”の気配を隠そうとして、自分の血を使って作った飴を知らずに食べさせられていたって話。



 もうどうしようもないから仕方ないと割り切っているけれど、そんなものを食べさせられたってこと自体にはまだちょっと恨んでいたりする。



 本来の血とは成分が全く別物になっていると言う忍野君の飴ですら嫌だと思ったのに、ほぼお互いの血だろうっていう石を飲み込むとか……。



 ないわ……。



 正直ドン引きしていると、田神先生に「最後まで聞きなさい」と叱られてしまった。



「それを愛良さんが飲み込むのが本来の形だけれど、そんなことをする吸血鬼は今どきいないから、その石を装飾品に加工して身に着けておけばいい。そう言いたかったんだ」


「あ……ごめんなさい」


 私の早とちりだったことに気づいて縮こまる。



「え? でも身に着けるだけで良いんですか? その装飾品を奪われたりしちゃったら困りませんか?」


 何も言えなくなった私に代わり、愛良は素朴な――でも当然の疑問を口にする。


「それは大丈夫だ。外れないから」


「え?」

「は?」


 まさかの答えに私と愛良は一文字で聞き返す。



「大体がブレスレットにするんだけどね。継ぎ目のない状態でピッタリ手首に着けるから、外せないんだ」



 ああ、物理的に外れないってことか。



 って思ったら。



「それに試しに指輪にしたやつもいたんだけれど、一度つけたらどうやっても外れなくなったと聞いた。相手の人間は呪いみたいだねとか言って笑ってたらしいが……」


「呪いって……」


 呟いて、言葉が続かない。



 でも物理的に外れないようにするにしても、その呪いみたいなことになったとしても、外れないことには変わりないってことか……。



 微妙な気分ではあったけれど、愛良の心配は解消されたってことになるのかな?



 と思って表情を伺ってみると、愛良は安堵したという表情。


 呪いとか物騒な単語が出てきてもそこは構わないみたい。



 愛良って結構図太い性格してるよね……。



 そんな感想を覚えながらも、本人がそれでいいなら私が色々言う事じゃないと口をつぐんだ。



「納得してもらえたかな? とりあえず儀式自体はそんな感じで、まずは零士が血の結晶を作らないことには始まらない」


「それってどれくらいで作れるものなんですか?」


 愛良が聞くと、田神先生は少し考えながら答える。



「人によって差はあるけれど、大体ひと月くらいだと思ってもらえればいい」


「ひと月……」



 どうやって作るかなんて想像もつかないけれど、それなりに時間がかかるらしい。



「それで、そのひと月の間は愛良さんは特に気を付けて欲しい」


「え?」


 儀式のことを把握するので手いっぱいだった私達に、田神先生は厳しいほどの真剣さでそう言った。



「儀式をしてしまえば、君の血は零士にしか力を与えられないようになる。それくらい強いつながりが出来るんだ」


「……はい」


「そして、逆を言えば儀式をする前なら手が出せるってことだ」


「あ!」


 思わず声を上げたのは私。



 そうか、愛良を狙う吸血鬼にとっては儀式の前が最後のチャンスってことになるんだ。


 少し前にあれだけ手の込んだことをしてくれた人達。


 そんな人達が簡単に諦めるとは思えない。



「分かったかな? つまり、儀式前の今が一番狙われやすく危険だということだ」


 言葉にされて、身が引き締まる。


 部屋の中全体が緊張感に包まれた。


「そのため、儀式が終わるまでは厳戒態勢を敷くことになる」


 そう宣言した田神先生は、続けて具体的にはどうするのかを話した。



 明日からは愛良には護衛を三人以上はつけることになる。


 最近はH生の方にも信頼出来そうな人達が多くなってきたから、そっちの方にも協力を頼んでみることにしたらしい。



「寮と学校以外の外出も制限させてもらうけれど、ひと月の辛抱だからそこは我慢してほしい」


「はい、分かってます」


 申し訳なさそうな田神先生に、愛良は聞き分けよく大丈夫だと言った。


 そして零士の方を見る。



「零士先輩と共にあれるなら、それくらいの不便どうってことないです」


 零士以外には見せないであろう優しい笑顔。


 愛良は本当に零士が好きなんだなって思える笑顔。



 そんな笑顔を浮かべるようになった愛良を純粋にすごいなって思う反面、やっぱり少し寂しかった。


 ずっと守ってきた妹が遠いところに行ってしまったような感覚になるから。



 だからそんな愛良から視線をそらした。


 すると嘉輪と目が合う。


 嘉輪は私の心情を悟ってか、しかたないなぁって感じの困り笑顔を浮かべていた。


 だから私も似たような笑顔を返したんだ。


 愛良の答えに「そうか、ありがとう」と返した田神先生は、次に私を見る。



「このひと月はどうしたって愛良さんに守りが集中してしまう。でも聖良、君も危険だってことは忘れないで欲しい」


 呼び捨てにされたことで、今の言葉が先生として出た言葉じゃないって分かった。



「岸はまだ君を狙っているんだ。手薄になった隙を狙ってくるに決まってる」


 それはそうだろうな、と思ったからコクリと頷く。


「つきっきりで守りたいが、いくらなんでもそれは出来ないからな……。自分でも充分に警戒してくれ」


 田神先生の言葉に神妙に「はい」と返事をしてから、私は空気を少し和ませる気持ちで軽く思ったことを言ってみた。



「でもつきっきりって、女子寮に田神先生は入れないですし流石に無理ですよね?」


 と笑って見せる。


 それもそうだな、と言われて終わると思っていたこの話題。


 でも、地雷が隠れていたみたいだ。



 あごに軽く人差し指をそえて考えるそぶりを見せた田神先生は、妖しく流し目をして私を見つめた。


「っ⁉」


「それなら俺の家にくるか? そうすればつきっきりで守れるぞ?」


「っっっ⁉」



 妖艶な眼差し。

 その言葉。


 そして以前田神先生の家に行った時のことを思い出してしまったせいで、私の脳はボンッと破裂したかと思った。


「全く、可愛い反応をする。……本当にそうしようか?」


「い、いいいいいえ! それはそれで問題がありそうな……!」


 顔を真っ赤にしてテンパる。



 無理です先生!


 その色気は私には強すぎます!



 田神先生の顔を直視するのも辛くなって目をそらすと、もらい赤面している愛良が「ひゃー」と言っていた。



 だよね⁉


 零士っていう決まった相手がいてもそんな反応しちゃうよね⁉



「そうか? 残念だな」


 本気で残念に思っている様に言うからまたたちが悪い。



 でもそれで妖艶さを引っ込めてくれたので何とか通常の呼吸を取り戻せた。


 あの目で見つめられただけで心臓がバクバクしてしまうから。



 あーもう、心臓に悪いよ。



 そんな感じで儀式の説明は終わり、各々自室に戻って行った。


 女子寮のエレベーターに乗っているとき、嘉輪には「先生が優勢かな?」なんて茶化されたけれど。



 でもやっぱりまだ田神先生は先生としか思えなくて……。


 ドキドキはするものの、困るという感情の方が強かった。



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