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第39話 それから

「聖良さん、これそこのテーブルに運んで頂戴」


「分かった!」


 慌ただしく返事をして、私は頼まれた飲み物をテーブルに運ぶ。



 私だけじゃなくクラスの皆が慌ただしく動いていた。


 昨日から学園の中は騒がしい。



 なぜなら学園祭真っ最中だからだ。



 私は夏休みが明けて少ししてからこの城山学園に転入したから、学園祭の準備はほとんど参加させてもらえなかった。


 まあ、それ以外にも色んなことがあり過ぎて準備を手伝うどころじゃなかったんだけれど。



 でも、流石に本番当日も何もしないわけにはいかない。


 何をするのか、私に与えられた役割は何なのか。


 それだけは聞いていたので、今まさにその役割をこなしているところだ。



 役割。

 つまりはクラスの出し物である喫茶店のウエイトレス。


 何だかメイド喫茶だとか色々案があったらしいけれど、それを集約して結局仮装喫茶になったとか。



 みんな準備をしていたみたいで結構本格的。


 ちなみに私はそんな準備は出来なかったのでデパートで買ってきた市販の衣装だ。


 悩んだけれど、無難に動きやすそうだったメイド服に決めた。


「お待たせしましたー」


「あ、聖良先輩」


 飲み物を持っていくと、そのテーブルには俊君と浪岡君が座っていた。



「二人とも、来てくれたの?」


「もちろんですよ。聖良先輩も仮装するって聞いてましたから」


 そう言って改めて私のメイド姿を見た浪岡君は、嬉しそうに笑った。



「見に来て良かった。可愛いですね、聖良先輩」


「え、あぅ。ありがとう……」


 突然の誉め言葉に照れてしまう。



 すると今度は俊君が話し始めた。


「でも可愛すぎて困りますね。他の男にも見られるとか……閉じ込めたくなっちゃいますよ?」


 いたずらっぽく言うから冗談だとは思うけれど、閉じ込めるとかはちょっと怖いよ。



「あ、ははは。もう、そんなお世辞言ったってなにも出ないんだからね」


 軽くそうかわすと、二人が揃って不機嫌な顔になる。



「お世辞なわけないじゃないですか」

「俺達の告白、まさか忘れてませんよね?」


 浪岡君、俊君の順にそう言ってジトッとした目で見上げられた。



「うっ……いや、忘れてはいないんだけれど……」


 でも二人が私を好きとか実感がわかないって言うか……。



 何と答えれば良いのか目を泳がせていると、何かを察したらしい二人はため息をついた。


「分かってますよ。だからこうやって機会があれば口説くことにしてるんですから」


 俊君がそう言って私に手を伸ばす。


 飲み物を置いた私の手をとって、唇を押し付けた。



「っ⁉」


 わざとらしいほどにチュッとリップ音を立てて離れると、妖艶な微笑みが見上げてくる。


「あっ! 俊先輩はまたそうやって抜け駆けして!」


 俊君の行動に何かを言う暇もなく、今度は浪岡君が奪うようにその手を取った。



 俊君の唇が触れた場所をハンカチで拭き取ると、そのままキュッと握りこまれる。


「あ、あの?」


「何度だって言いますからね。聖良先輩、好きです。その格好も、本当に可愛いです」


「っっっ⁉」


 ストレートな言葉に、私は息を止めて恥ずかしさを耐えることしか出来ない。



 そんな状況のところに、また新たな声がかかった。


「あ、香月。香月の仮装はメイド服かぁ……なんか、イイな」


 隣のクラスの出し物は良いんだろうか、忍野君がこっちの教室に入って来るとそう言った。



「……忍野先輩、自分のとこの出し物は良いんですか?」


 浪岡君があからさまに邪魔そうに言うけれど、忍野君は気にした風もなく普通に答える。



「ん? ああ、俺の担当の時間は終わったからな。零士なんて交代が済んだ瞬間に中等部の方に向かったんだぜ? 逆にすげぇよな」


 と、聞いてもいないやつのことまで話してくれる。



 忍野君は零士と同じ隣のクラスに転入した。


 学園祭直前というかなり変な時期の転入だったけれど、この城山学園自体が特殊なせいかそうやって出入りすることはよくあることらしい。



 それに、忍野君はもともと気さくなせいかクラスに馴染むのも早かったみたい。



 私の方が先に転入したのに……。



 なのに、私はまだ一部の人としか仲良く出来ていなかった。



 ……まあ、事情が違うからそれも仕方ないんだけれど……。



 そして零士に関しては……語るまでもない。


 愛良が零士を婚約者に決めたとハッキリ告げてから、零士の溺愛っぷりに拍車がかかってしまった。


 もう私も止めたりはしないので、存分にイチャイチャしてくれと思う。


 そうした方があいつも愛良のこと守れるだろうし。


 何より、恥ずかしがりながらも愛良は嬉しそうだし。



 そんな風に思いをせていると、今度は見回りをしていたらしい田神先生がこちらに気付いて近付いてきた。


「なんだお前達、こんなところで集まって」


 そうして田神先生も集まりの一部になると、彼は私に目をとめてフッと微笑んだ。



「聖良、その格好可愛いな……」


「っ! えと……」


 唐突な甘さを含んだ誉め言葉に戸惑うけれど、田神先生はすぐに表情を改める。



「だが、少しスカートが短くないか? 長いタイプの衣装はなかったのか?」


 なぜだかお小言が始まってしまった。



「確かに、こんなに足をさらしてるところ他の奴に見せたくないですからね」


 しかも浪岡君が同意する。



「やっぱり閉じ込めましょっか?」


 なんて冗談を言う俊君。


 ……冗談だよね?



「とりあえず黒い布調達してきて巻いとくか?」


 忍野君は衣装そのものを変えてしまおうとしているらしい。



「え? いや、今から変えても……」


 私はこれをどう収集つければいいのか分からなくて途方に暮れる。



 すると離れた場所から「聖良ー」と呼ぶ声が聞こえたので、これ幸いとその場から離れた。


「あ、呼ばれてるので失礼しますね」


 そうして向かった先には嘉輪がいた。



「嘉輪~。助かった!」


「ふふっ、今日もモテモテね」


「もう! 他人事だと思って!」


「実際他人事だしね」


 なんてやり取りをしつつ、私はウェイトレスの仕事に戻った。


 私の日常で、以前と変わったところがあるとすればこれだ。


 あの日、私に好意を寄せていると宣言した彼らに事あるごとに口説かれること。



 私としては後輩、友達、先生という風にしか見れないから実はちょっと困っている。


 みんな吸血鬼ということもあってカッコイイし、そんなカッコイイ人に口説かれたら嫌でも照れる。


 好きとかそれ以前の問題だ。



 それ以前の問題だから、ドキドキするのが照れているだけなのか、ちょっとは気があってそうなっているかの判断がつかない。


 彼等や周囲の様子から、早く相手を決めろというようなプレッシャーを感じるのも、判断を鈍らせてる原因だと思う。



「はぁ……」


 思わずため息をついた。


 ちょっと、ストレスになってるかもしれない。



 一度婚約者とか恋愛とかから離れて自分の気持ちと向き合った方が良いかも。



 そんな風に思いながら、学園祭は過ぎて行った。


***


 深く、深く深呼吸をする。


 神経を研ぎ澄ませて、握った拳に力を込める。


 そして短く吐いた息とともに拳を前に突き付けた。



「せい!」


「うん、まあまあだな。でもりきみ過ぎだ。少し力を抜け」


「はい!」



 学園祭も終えると、私は岸対策のために空手を教わっていた。



 岸――私に執着してるド変態。


 唯一、私が血を吸われた吸血鬼。


 あいつは捕まっていない以上また私の前に現れるだろう。


 そのときは――。



 絶対あの顔面殴ってやるんだから!



「はっ!」


「だから力み過ぎだ。愛良を見習え、姉なのに妹に負けてどうする」


「うっ……すみません」



 岸のことを考えるとどうしても怒りが前面に出て力が入ってしまう。


 私はゆっくり呼吸を整えながら愛良の方を見た。



 愛良はちゃんと教わった通り姿勢をキレイに保っている。


 こんな風にしなきゃだめだよね、と見本代わりにした。



 私が格闘技を習うと言ったら、愛良もやりたいと手を挙げた。


 少し驚いたけれど、確かに本物の“花嫁”である愛良の方が危険な目に遭いやすい。


 だから一緒に頑張ろう! ということで今に至る。


 愛良は婚約者を決めたとは言え、まだ決めただけだ。


 何か、その婚約者と契約をすれば狙われることはなくなると聞いたけれど、詳細はまだ聞いていない。


 田神先生はある程度準備が終わったら説明すると言っていたけれど……。



 私は室内の壁際にいる人物に目を向ける。



 そこには金魚のふん状態の零士がいた。


 前から愛良の金魚のふんだったけれど、愛良の婚約者と正式に決まってからは拍車がかかった。


 寮の部屋にいるときや授業があるとき以外は常に一緒にいるんじゃないだろうか?



 少し呆れ気味に零士を見ていると、相手も視線に気づいたのかこちらを見た。


 目が合うと、明らかに馬鹿にした目をして鼻で笑う。



『はっ、姉のくせに愛良より筋が悪いとか。意気込んでるから尚更カッコ悪いな?』


 そんな幻聴すら聞こえた。


 ついでに言うと。



『やっぱり俺の愛良はすげぇよな』


 なんてのろけも聞こえるけどどうだっていい。



 愛良が選んだから、愛良の相手として認めはしたけれど……。


 でも、やっぱり零士はムカつくわ!



 多分、根本的に相性が悪いんだろう。


 互いに認めたとしても、きっといつまでもケンカするんだろうな。



 なんて思いながら拳を突き出したせいだろうか。


「おい、聖良。真面目にやってるのか?」


 と叱られてしまった。



「ご、ごめんなさい鬼塚先輩」


 私は慌てて空手を教えてくれている先輩に頭を下げた。



 彼は鬼塚おにづか 志築しづき先輩。


 光が当たると赤茶に見える黒髪に、こげ茶の目を持つたくましい体つきの三年生だ。

 ちなみに、H生。



 格闘技を習いたいと思ったときにまず相談したのが嘉輪だった。


 田神先生でも良かったかもしれないけれど、お別れ会での事後処理やら愛良と零士の契約の準備やらと何かと忙しそうだったから。


 それに、同じ女性である嘉輪の方が相談しやすかったというのもある。



 なにせ理由が岸の顔をぶんなぐりたい、だ。


 あいつに襲われたときに逃げる方法が知りたいのに、同じ男性に聞くのもちょっと……。



 というわけで嘉輪に相談したら、彼女はそれならと弓月先輩に相談しに行った。


 仲が悪そうだと思っていた二人だからビックリしたけれど、話をしている二人は普通の先輩後輩だった。


 前に嘉輪が言った通り仲が悪いわけではなさそうだ。



 そうして相談した弓月先輩の紹介で鬼塚先輩にこうして空手を習っているんだ。


 嘉輪の話では、V生だと基本的な身体能力が違うから教えるには向かないとのこと。


 だから弓月先輩に相談して、そして弓月先輩は“花嫁”に理解のあるH生の中で、格闘技を教えることに特化した人を紹介してくれたんだとか。



 それが空手部部長でもある鬼塚先輩というわけだ。


 部活動のかたわら教えてもらってるんだから、ちゃんと集中しないと。



「お前は型とかより集中力を鍛えた方が良いのかもしれないな」


「うっ……」


 鬼塚先輩にも突っ込まれてしまった。



「岸に会ったときにぶんなぐってやりたいんだろう? 気ばかり焦ると当たるものも当たらないぞ?」


「う……はい」


 鬼塚先輩にはそのぶっちゃけた理由も話していた。



 というか、どうして格闘技を習いたいのかと初めに聞かれたとき思わず力いっぱいそう叫んでいたから……。


 でも逆にその私の答えを聞いて教えることを了承してくれたらしい。



 何でも、岸が在学中に違反吸血をした人間の中に彼の幼馴染も入っていたらしく、不満を抱えていたらしい。


 岸……だろうな、とは思っていたけど……色んなところから恨まれてるね。



 でもその話を聞いた時一緒に言っていた言葉が私は少し引っかかっている。



「でもあいつは誰か一人に執着するタイプには見えなかったんだけどな……」


 って……。



 あれだけねちっこいキスするような奴が人に執着しないとか逆に耳を疑った。


 私の中の岸のイメージは粘着系の執着タイプだ。



 違法吸血――相手の承諾なく無理やり吸血することを言うらしいけれど、そんなことをしてまで求めるんだから在学中に血を吸われた人達もかなり執着されてたんじゃないかと思っていた。


 だからキスマークが執着の証だなんて言葉がすんなり出てきたのかと……。



 なのに鬼塚先輩の話だと全く違う。


 人に興味を示すことはあまりなく、ただ流れに乗るように過ごすやつ。


 でも、その流れから時折逸脱いつだつして違反行為を犯しては、素知らぬ顔で流れに戻って来る。



 そういうやつだったらしい。



 それを聞いた私は「え? 誰それ?」と本気で聞きたくなった。



 確かにあいつに初めて会ったときに吸血されていた彼女には執着が薄いように感じた。


 でもねちっこくいたぶるような話し方をしていたし、“花嫁”の血の方が気になったからってだけなのかと……。



 もし鬼塚先輩の語る岸の方が事実なら、あれだけ私に執着するのはなんでだろう。


 あんな、十個ものキスマークを残すほど――。



「っ!」


 当然ながらもう消えてしまったけれど、あの時のキスマークの数を思い出すと今でもカーッと熱が上がって来る。


 単純に恥ずかしいのはもちろんだけれど、あの得体の知れない熱がずっと私の中に潜んでいる。



 私が岸に対して思うのは怒りの感情だから、多分その熱は奴に対する怒りだろうって思ってる。



 だから私はその熱を原動力に今日も空手を頑張るんだ。


 あのにやけた顔面ぶちのめすために!



「はぁっ!」


「力入り過ぎだっての!」


 でも、怒りが強すぎるのかまた怒られてしまった……。

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