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第35話 戦いの裏で

 とりあえず他の皆も心配だったため、カラオケ店まで戻ることにする。

 有香は無反応だったけれど、手を引けば歩けたので一緒に連れて行った。

 カラオケ店は異様な雰囲気だった。

 どこの部屋も歌っているような様子はなく、十数人が慌ただしく走り回っている。

 見覚えのある人もいたから多分味方だろう。

「聖良ちゃん⁉」

 そう私を呼んだのは津島先輩だった。

「聖良⁉」

 そして津島先輩のすぐ近くにいた田神先生も私に気付き反応する。

「どうして? いや、良かった」

「佐久間といるってことは波多に助けてもらえたのか?」

 走って近付いてきた二人は驚きつつも私の無事を喜び、そして予測する。

「はい、嘉輪は今愛良を助けに行ってもらってます」

 そう答えた私に二人は安堵の息を吐いた。

「波多さんが行ったのならよっぽどでない限り大丈夫だろう」

「それに愛良ちゃんのところになら零士も行ってるはずだからな」

「零士も? じゃあ石井君も助けに行けたの?」

 俊君と浪岡君はしっかり拘束されて無理だったのに。

 そう思いながら状況が違ったのかな? と考えていると後ろから声が聞こえた。

「……いや、行けたのは零士だけだ」

「石井君?」

 振り返ると話題の人物がいた。

 どういう状況なのかと疑問を口から出す前に更に人が増える。

『聖良先輩!』

 同時に放たれた声は俊君と浪岡君のもの。

 悲痛な声と共に走ってきた二人はそのまま私に抱き着いてきた。

 ちょっと苦しかったけれど、良かったと思う。

 ケガとかはしていないみたいだったから。

「聖良先輩、すみません! また、守れなくて……」

「でも、無事で良かった……」

 自責の念と安堵の言葉。

 今度こそは守ると言っていたのにあんな状態になってしまった。

 自分を責めてしまいたくもなるだろう。

 でもたとえ押さえつけられずにいたとしても、有香達を人質に取られたら同じ状況になっていたと思う。

 あまり自分を責めすぎないで欲しいな。

 そう思ってされるがままでいると、正輝君のスマホが鳴った。

「あ、嘉輪? ああ。うん、戻って来てるよ」

 電話の相手は嘉輪の様だ。

 応対する正輝くんの声から察するに、悪い状況は回避することが出来たみたい。

 電話を切るとみんなに向かって報告してくれる。

「愛良ちゃんは無事に保護出来たみたいです。ケガもしてないって」

 ちゃんと言葉で伝えられて、私は勿論みんなも胸を撫でおろす。

 愛良も無事だと分かったことで、一先ず私は空いている部屋で休ませてもらえることになった。

 田神先生以外の皆で大きめの部屋に入る。

 何でも護衛の人達の間で連絡が取れなくなっていたらしくて、津島先輩や田神先生もさっきカラオケ店の中に入ってきたばかりだったんだそう。

 だから田神先生はまだ連絡など色々しなければならないんだとか。

 私は暖かいココアをもらって一息つきながら何があったのかみんなの報告を聞いた。

 俊君と浪岡君はあの後拘束され、他に拘束された人達と一緒に見張りのいる状態で別の部屋に隔離されていたらしい。

 色々試行錯誤して抜け出そうとしたけれど、ことごとく失敗したと落ち込んでいた。

 ちなみに石井君もその隔離部屋に連れて来られたんだとか。

 石井君の話では愛良がいた部屋の状況もこっちと似たようなものだったらしい。

 ただ、岸が来たかあのシェリーという茶髪美人が来たかの違いだけみたいだ。

 そして愛良が連れ去られた後で零士だけが自力で拘束を解き、愛良の元へ行ったのだと。

 私と愛良が一度合流したときには零士が来た様子とかは無かったから、多分あの後に愛良の元へ行ったんだろう。

 そうして一通り話を聞くと、今度はみんなが私に何があったのかを聞いてきた。

「岸にあれ以上変なことされてませんか? ケガはしてないですよね?」

 浪岡君の言葉に「うっ」と反応しそうになったけれど、表に出さない様にポーカーフェイスを心掛けた。

 それに答える前に俊君も続けて質問してきたのでバレてはいないと思う。

「それにその人……確か聖良先輩の前の学校の人ですよね?……どうして……」

 忍野君に視線をやりながら少し戸惑い気味に聞いて来る。

 言葉は最後まで口にしなかったけれど言いたいことは分かった。

 どうして忍野君がここにいるのか。

 あと、俊君達は吸血鬼の気配とかも分かるらしいから、どうして吸血鬼になっているのかってことだろう。

「忍野君は私を助けに来てくれたの」

 私が分かることはそれだけだ。

 それだけだけど、少なくとも敵じゃないってことだけは伝えておきたい。

 と言ってもその言葉だけじゃあ安心できないんだろう。

 皆は忍野君の説明を聞こうと彼に視線を集中させた。

 皆の視線を集めて「うっ」と戸惑いを見せる忍野君だったけれど、説明しないわけにもいかないって分かってるんだろう。

 渋々と今話せる範囲のことを語った。

「俺は人間に成りすますすべを手に入れ、人という“”に“しの”ぶ吸血鬼の一族だ」

 岸にも語った言葉を口にして、続ける。

「最近学校の皆――いや、この街全体の雰囲気がおかしくなってたんだ。表面上は普段通りなのに、誰かに操られている傀儡かいらいの街みたいになってて……」

 そこで顔を上げて私を見た。

「吸血鬼が関係してるってことは分かったけど、俺にはどうすることも出来なくて……。そんな時に香月が姉妹で戻って来てるのを見た」

 あの雑貨屋さんでのことかな?

 そう言えばあの時かなり慌てていたね。

「“花嫁”が戻って来てるって知って、今のこの街はそのために作られたんだろうって思った。野に忍ぶ俺達は本当なら知らないふりをして隠れてやり過ごすべきなんだけど……」

 そこで言葉を止める。

 私を見ながら強い躊躇いを見せた。

「忍野君?」

「……でも、香月が……本物の“花嫁”である妹と同程度の“花嫁”になってしまったのは、多分俺のせいだから……」

「え?」

 またうつ向いてしまった忍野君の言葉が理解出来ない。

 私が“花嫁”になってしまったのは忍野君のせい?

 私、忍野君に何かされたことあったっけ?

「どうしてお前のせいなんだ?」

 そう聞いてくれたのは津島先輩だ。

 でも、忍野君はうつ向いたままさらに顔を逸らす。

「それは……ちょっと、家族とも相談が必要になる話だから……」

 今は話せない、と消え入るような声で言った。

 聞いた津島先輩は納得は出来ないんだろうけれど、答えは期待できないと諦めるように息を吐く。

「それじゃあ」

 と、次に質問したのは俊君だった。

「今まで人間にしか見えなかったのに、どうやって突然吸血鬼になったんですか?」

 その質問には、忍野君は迷いながらも答えてくれる。

「これは、言っても大丈夫かな?……人間の血を飲むってことがトリガーなんだ。人に成りすましているだけだから、人間の血を飲むことで本来の吸血鬼に戻るって感じかな」

「ってことはあの時飲んだのって……」

 岸と対面したときに何かを飲んでから忍野君は変わった。

 あのドリンクのようなものは人の血だったのか。

「そうだよ、雑貨屋で香月と別れてから念のためと思って調達してきたんだ。……初めて飲んだからちょっと抵抗あったけど」

 そうして忍野君はまた悲しそうに笑う。

 もしかしたら忍野君は吸血鬼になりたくなかったんじゃないだろうか。

 でも、責任を感じて私を助けるために血を飲んだ、と。

 申し訳ない気持ちが湧いてくる。

 でもどうしてそこまで責任を感じてるのかが分からないから私としてもどんな言葉を掛ければいいのか分からない。

 そうしていると、部屋のドアが開いて愛良が入ってきた。

「お姉ちゃん!」

 飛びついてきそうな勢いの愛良を私は立ち上がって受け止める。

「愛良! 良かった……!」

 ギュッと抱き合って、本当に良かったと実感する。

 無事だと言われたし、嘉輪を疑っているわけじゃないけれど実際にこの目で見るまでは本当の意味で安心は出来なかったから。

「愛良、ケガはない? あのシェリーって人に酷いことされてない?」

 体を離し、顔や手など見える部分をチェックしながら聞いた。

「大丈夫、みんなが助けてくれたから」

 そう答えた愛良は「それよりお姉ちゃんだよ!」と逆に聞いて来る。

「あの岸って人に何もされてない⁉ あの人かなりお姉ちゃんに執着してたみたいだし……あの後変なことされてないか本気で心配したんだから!」

 その言葉に、私の表情筋が固まった。

 しかもその“あの後”の出来事まで思い出してしまい、羞恥と怒りが同時に湧いてくる。

「お姉ちゃん?」

 そして間近で私の顔を見ていた愛良がその表情の変化に気付かないわけもなく……。

「やっぱり、何かされたのね⁉ 本当に大丈夫なの? また男の人怖くなったりとかしてない⁉」

 まくし立ててくる愛良に慌てた。

 せっかくさっきの浪岡君の質問をスルー出来たのに!

 これじゃあ何かがあったというのがモロバレだ。

「愛良、落ち着いて。もう怒りの方が強すぎて怖くなったりとかはないから」

 実際、戻ってくるとき正輝君に労わるような背中ポンポンされた時も、特に怖いと思わなかったし震えも出てこなかった。

 何より、当の本人である岸に対してはとにかく怒りしか湧いてこない。

 もちろん怖いって思う部分もあるけれど、それを軽く上回るほどの怒り。

 有香に、私の友達にしたこと。

 私の意志に関係なく自分の女扱いしたこと。

 そして何より見える位置にキスマークなんてつけやがったこと!

 全てにおいて怒りしか湧いてこない。

 そのため男が怖くなったりはしていないから大丈夫だと愛良には伝える。

 でも、その会話をみんなも聞いていたわけで……。

「……やっぱり、何かされてたんですね……」

 低い声に、そろそろと顔を向ける。

 浪岡君が目に怒りをたたえながら落ち込むという器用なことをしていた。

「えっと……大丈夫だから、ね?」

 とにかく心配させたくなくて、今は無事戻ってこれたんだから問題ないんだと安心させたくて「大丈夫」を繰り返す。

 なのに、空気が読めないのか忍野君が暴露してしまった。

「何かされたって、あれだろ? 首にいっぱいキスマークつけられてたやつ」

「⁉」

 忍野君は言ってから恥ずかしそうに視線を落とす。

 恥ずかしがるくらいなら言うなー!

「え? いっぱいって、そんなに何度も血を吸われたってことですか?」

 愛良の後から入ってきて事の成り行きを見ていた瑠希ちゃんがそう言って驚く。

 ある意味血を吸われたっていう方がまだ良かったのかもしれない。

「いえ、血を吸われたのなら匂いで分かるでしょう? それくらい“花嫁”の血は強いから……」

 つまり、咬み痕のキスマークではないと暗に言う嘉輪。

 それを理解した瑠希ちゃんは真っ赤になった後に真っ青になった。

「えっと……ごめんなさい」

 いつも元気な瑠希ちゃんですらしゅんとさせてしまう現状に泣きたくなってくる。

「いや、謝らなくてもいいから……」

 そう言いながら周囲に意識を向ける。

 赤くなっている顔。

 逆に青くなっている顔。

 はたまた怒りを前面に出している表情。

 様々だった。

 ああ、もう。

 どうしようこの状況。

 困り果てていると、大きなため息が聞こえた。

 零士だ。

「そんなことはどうだっていい。さっさと寮に帰るぞ。……愛良を休ませてやらないと」

 と、愛し気な目で心配そうに愛良だけを見ている。

 ああ、うん。

 零士はブレないね。

 どんなことがあっても愛良一筋だ。

 でもその零士の発言のおかげで、とにかく帰ろうかということになった。

 零士に感謝はしたくないけれど、あれ以上詮索されたり腫れ物の様に扱われたりしなくて済んで助かったとは思った。

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