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第20話 温泉と友達

「温泉〜ポカポカ温泉〜」

 つい歌い出してしまうほど喜んでいる私に、隣を歩く愛良は完全に引いていた。

 でも私はそんな事も気にならないほど浮かれている。

 このままスキップもしたい気分だ。

 だって念願の温泉に入れるんだよ?

 しかも一度はダメって言われていた温泉に!

 ホント、嘉輪と友達になれて良かったー。

 私と愛良は反省会の後夕飯と雑用を済ませ、約束の十分前くらいに部屋を出た。

 ちょっと早いかなって思ったけれど、念願の温泉に入れると思うと待ちきれなかった。

 エレベーターの近くまで来て、その近くにある嘉輪の部屋のドアをノックする。

 すぐに「はーい」と声が聞こえ、ドアが開けられた。

「ごめんね、今準備してたところなの。すぐ出来るからちょっと待ってて」

 嘉輪はそう言うとまたパタンとドアを閉める。

 閉まったドアを見ていると、隣から「ほらね」と愛良の声が聞こえた。

「だから早いんじゃない? って言ったでしょ?」

「……」

 私はそれには答えなかった。

 うん、分かってはいたよ?

 でも待ちきれなかったんだもん。

 少し待って、またドアが開き嘉輪が「お待たせ」と言って出てきた。

「ごめんね? 急かしちゃって」

 待ちきれなかったんだから仕方ないでしょ、と思いつつも悪いとは思うのでちゃんと謝る。

 それに愛良からの謝りなさいよという圧が凄かったし。

「いいのいいの。私ももっと早く準備しておくべきだったし」

 手をパタパタと振って気にするなと言ってくれる嘉輪。

 でも次いで「あー」と気まずげに視線をそらした。

「ただ、鏡は来てるかちょっと怪しいかな?」

 そうだった。

 もう一人が待ち合わせ場所に来ていないと、どんなに早く行っても温泉には入れないんだった。

 愛良のために紹介してもらうっていうのが本来の目的なんだから、その鏡って子を無視して温泉に行くわけにもいかない。

 とりあえず、待ち合わせ場所だという一階の多目的ホール――あのホテルのラウンジみたいなところに向かった。

「んーやっぱりいないかぁ。あの子結構いつもギリギリだからねぇ」

 少し困ったように言った嘉輪だったけれど、気を取り直してソファーに座って待つことにした。

「ちなみにその鏡って子はどんな人なんですか?」

 待っている間に事前情報を得ようとしたんだろう。

 愛良が少し緊張した様子でそう聞いていた。

「どんな子かぁ……。うーん、一言で言うと……うるさい」

「う、うるさい?」

 いきなりいい評価とは言えない単語が出てきて私も愛良も戸惑う。

「いちいち騒がしいんだよね。まあ、根はいい子だから仲良くは出来ると思うけど……。あんまりうるさかったらはたいていいからね、愛良ちゃん」

「え? ええっと……はい」

 友達になろうという相手をそんな気軽に叩いていいものなんだろうか。

 愛良は戸惑いつつも、一応了解の返事をした。

 そんな話をしているとその鏡さんが来たらしい。

「あ、こっちこっち!」

 そう言って手を挙げた嘉輪の見た方を向くと、茶髪をツインテールにした元気そうな女の子がいた。

 その子はこちらに気付くとパァっと笑顔になって小走りで近付いてくる。

「嘉輪先輩! お声がけありがとうございます!」

 初っ端から声が大きい。

 表情を見ればテンションが上がってるのは分かるから、今だけという可能性もあるけど。

「で、こちらが香月姉妹ですか⁉ わぁ! 二人ともかわいい! 癒し系美少女とアイドル系美少女! どちらが愛良ちゃん⁉」

「え、えっと……あたし、だけど……」

 戸惑いながらも名乗り出た愛良の手を両手でギュッと握る鏡さん。

「ホントだー。確かに花嫁の気配はあなたが強いね! でも不思議。ほとんど変わりないように感じる」

 キョトンとした顔になり首を傾げる。

 そうなってやっと声の大きさが抑えられた。

 何ていうか、初めから強烈な人だな……。

 まあ、悪い子じゃないってのは分かったけど。

「こら鏡、初っ端から飛ばしすぎ。二人とも引いちゃってるじゃない」

「え? あ、ごめんなさい。あたしよく騒がしいって言われちゃうんだよね」

 ごめんね、とテヘペロしながら彼女は愛良の手を離した。

 何ていうか……普通に可愛い子だな。

 美少女とかいうわけじゃないけど、人懐っこいというか。

 うん、愛良と仲良くしてくれそう。

 そう思って愛良を見ると、戸惑いつつもその眼には喜びが宿っている。

 仲良くなれそうって思っていそうだな。

「ごめんね二人とも。この子が愛良ちゃんと同じクラスのVH生で、かがみ 瑠希るき。どうかな? 仲良くできそう?」

 テンション高めな鏡さんに引いてるように見えたんだろう。

 嘉輪はちょっと不安そうに聞いてきた。

 まあ、ちょっと引いちゃったのは事実だけど……。

「はい。楽しい人だね、鏡さんって」

 笑顔でそう言った愛良に嘉輪はホッとしていた。

「瑠希って呼んで? 友達になるんでしょ?」

「あ、うん! あたしも愛良って呼んでね」

 そうして二人は握手する。

 何だか微笑ましい気持ちでその光景を見ていると、嘉輪が「よし」と手を軽く合わせた。

「じゃあ温泉行こっか?」

「温泉!」

 その言葉にすぐさま反応したのは当然私。

 待ちに待った温泉だ。

 あからさまな喜色に満ちた声を出したせいか三人とも軽く驚いている。

 愛良はすぐにジトっとした目になったけれど。

「あはは、私温泉好きでさ。でも信用できる人と一緒じゃないと入っちゃダメって言われてたから……」

 主に鏡さん――瑠希ちゃんに説明するためにそう話す。

「ああ……そうですね。それは必要です」

 てっきり一緒になってそれは残念ですねと言ってくれるものだと思ってたけど、瑠希ちゃんはむしろ納得の表情。

 吸血鬼側の認識ではやっぱりお風呂の中でも護衛役は必要ってことなのかな?

 認識の違いに少し戸惑ったけれど、何はともあれ温泉だ。

 やっと入れるんだから楽しく行きたい。

「まあ、じゃあ行こうか」

 嘉輪に促され、私達は地下へと降りた。

 エレベーターでも降りれるけれど、一階分だけなので階段で降りる。

 階段を下りた先には自動販売機や給水器があり、軽く休憩出来るように長椅子が置いてあった。

 自動販売機には牛乳瓶もあって、私は温泉上りは絶対コレだなとチェックしておく。

 その休憩所を挟んで、左側が男湯。右側が女湯だった。

 入り口には普通の温泉のように暖簾が掛かってあって、脱衣所も鍵付きロッカーに大きな鏡のついた洗面台。

 もはやまんま普通の温泉施設だった。

 中の温泉はどんなだろうなとウキウキしながら服を脱いでいると、瑠希ちゃんがじっと私を見ていることに気付いた。

「ん? どうしたの、瑠希ちゃん」

「……聖良先輩って、着やせするタイプだったんですね……」

 そう言って自分の胸を見る瑠希ちゃん。

 瑠希ちゃんの胸はまあ……ささやかというか。

 でも一部の男子にはとても需要がありそうな体型だ。

 私は瑠希ちゃんの目が物語っているように胸だけは結構ある。

 服を着ているとそこまで目立たないけど、EかFはあると思う。

 でも、それだけだ。

 ウエストはそこまでキュッとなってるわけじゃないし、胸に対してお尻のボリュームが少ない。

 ハッキリ言ってしまうとアンバランスなんだ。

 この体型もコンプレックスだったりするんだよね。

 だから羨ましそうに見られても困る。

「うーん、でも愛良の方がスタイルいいし。私は愛良の方が羨ましいんだよね」

 そう言って注意を愛良に向ける。

「何言ってるのよお姉ちゃん。あたしだってそんな自信持てる体型じゃないんだけど?」

 そう恨めし気に見てくる愛良はバランスのいい体型だと思う。

 胸はB……そろそろCになるんじゃないかな?

 そしてくびれもしっかり出ていて腰から足までのラインがキレイだ。

 ……うん、やっぱり羨ましいよ。

「うぅ……愛良ちゃんもあたしよりある……」

 さっきまでの元気はどこへやら。

 瑠希ちゃんは私達の胸を見てしょんぼりしていた。

「鏡、一々人と比べないの。太ってないならそれで十分じゃない」

 そう言った嘉輪を見ると……。

「……神々しい」

 思わずそんな言葉が出てきてしまった。

 出るところが出ててキュッとするところは締まってて、抜群にスタイルがいい。

 でもエロい感じとかはなくて、ただただ美しい。

 あれだ、ヴィーナスってこんな感じじゃないかなって思う。

 羨ましいとか思うのもおこがましい。

「完璧な体型の嘉輪先輩に言われても……」

 瑠希ちゃんはため息をつきつつ落ち込むばかり。

「あ、ははは。……まあ、みんな準備出来たんだし温泉行こう?」

 しょんぼりする瑠希ちゃんにずっと付き合っているわけにもいかず、私はそう提案した。

 中の温泉は……大変満足するものでした!

 メインとなる大きな湯舟。

 そして週替わりで入っているものが変わるという湯舟は、今日は保湿や肌荒れの改善作用があるというパセリ風呂。

 そしてサウナに露天風呂もついていて……。

 ちょっとした温泉施設よりも充実していた。

 帰りはもう始終鼻歌を歌っていて、嘉輪や瑠希ちゃんに「よっぽど嬉しかったんだね」と微笑まし気に見られていた。

 ……愛良は呆れていたけどね。

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