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第19話 反省会

「ひゃっ!」

 冷たさに軽い悲鳴をあげて目を閉じる愛良。

 それでも既に腫れてきて熱を持っていたのか、すぐに心地良さそうに安堵の息を吐いた。

「大丈夫? 愛良、口の中は切れてない?」

「……うん。ちょっと口内炎みたいにはなりそうだけど、大丈夫」

 それはやっぱりちょっとは口の中も切れてたって事じゃないかな?

 まあ、でも頬よりは酷くはないか。

 とりあえずそう納得していると、愛良が嘉輪の方を見る。

「それより、その人は? お姉ちゃんの友達?」

 聞かれて、そう言えば紹介していなかったことに気付いた。

 バタバタしていたし、愛良の頬を冷やすのを優先していたから。

「うん、同じクラスで隣の席の波多 嘉輪。吸血鬼だけどハンターでもあるんだって」

「は? 吸血鬼なのにハンターなの? え? それって良いの?」

 数時間前の私とほぼ同じ反応に、嘉輪は苦笑しつつ挨拶をする。

「気軽に嘉輪先輩とでも呼んで。VH生はまだ数は少ないけどね。でも中等部にもいたはずよ? クラスにはいなかった?」

「え? あ……えっと、クラスのみんなは何だか探る様な視線を送ってくるだけで話しかけてもくれなかったから……」

 視線を泳がせてから、観念したようにポツリと話してくれた。

 探る様な、値踏みするような視線は私も受けていた。

 でも誰も話しかけてこないとか……。

 愛良の様子だと結局友達も出来なかったんだろう。

 何よそれ、私より状況悪いじゃない。

 自分には嘉輪が話しかけてくれて助かったと思う一方、愛良のクラスには嘉輪みたいに話しかけてくれる人がいないなんてどういうことだと憤慨ふんがいしていた。

 でもそんな私とは対照的に嘉輪は冷静に話を進める。

「……愛良ちゃん三年だよね? 何組?」

「え? あ、一組です」

「一組ならかがみがいたはずだけど……ってそっか、あの子今日は用事あって休んでるんだっけ」

 何やら疑問を口にして自分で答えているけれど……。

「その鏡って子がVH生なの?」

 話の流れから予測してそう聞いてみた。

「ええ、そうよ。ちょっとクセのある子だけどいい子だし、愛良ちゃんのいい友人になってくれると思うわ」

「そうなんだ」

 相槌を打ちながら、クセのあるってところが少し気になるけれど、と密かに不安に思う。

 でも初日から友達が出来ないのは困る。

 学園に慣れるためにも。

 何より、愛良が安心して学園に通うためにも。

 友達は愛良自身に見つけて欲しいと思っていたから口は出さないつもりだったけれど、今日の様子を考えるとそうも言っていられない状況だと思う。

「ねえ嘉輪。その鏡って子、女の子なんだよね? 愛良に紹介してくれないかな?」

 正輝くんのときのことを思い出し、念のため性別を確認しつつ頼んでみる。

「お姉ちゃん……」

 愛良は私の言葉に少し驚いた表情をしていたけれど、あからさまに嫌な顔は見せなかった。

 だからそのまま話を進める。

「私には嘉輪がいてくれたから大丈夫だけど、本当なら愛良にこそ女友達が必要だって思っていたの」

 そんな私の言葉に嘉輪は仕方なさそうに嘆息する。

「だから聖良……あなたにも必要なんだって――まあ今は良いか。ええ、紹介するのは構わないわ。むしろ私もそうしようかと思っていたところだから」

 そこで一度言葉を切った嘉輪は愛良に向き直った。

「愛良ちゃんはそれでいい? 私は紹介するだけだけど、友達を用意してもらう様な感じで嫌ってこともあると思うけど……」

 最後の方は言葉を濁して、愛良の反応を待つ嘉輪。

 私も愛良の言葉を待つ。

 見ていられないと思って口出ししてしまったけれど、やっぱり自分の事だから最後の判断は愛良に任せたい。

 愛良は頬を冷やしたまま少し考え込み、顔を上げると嘉輪を真っ直ぐに見た。

「確かに紹介とか無しで自力で友達を作りたかったけれど、今日の事を考えると早めに信用出来る知り合いが欲しい。だから、仲良く出来るかは分からないけれど紹介お願いします」

 愛良の言葉にホッとする。

 愛良はたまに変なところで頑固だから、今回ももしかしたら提案を拒絶するかもしれないと思ったから。

 友達とまでは行かなくても、信用できる知り合いは一人でも多く増やしておいた方が良い。

 そう考えていると愛良が私の方を見た。

「友達も出来なくて知り合いもいないんじゃあ、お姉ちゃんに心配かけちゃうからね」

「……愛良」

 私の心情もお見通しって感じだ。

「そっか、分かったわ」

 笑顔で頷いた嘉輪はいつ紹介しようかと考え始めた。

「いつにしようか? 早い方が良いわよね? 鏡の用事は夕方には終わって帰ってくるはずだから……」

 そんな風に考えを口に出している嘉輪を黙って見て待つ。

「そうだ。夕飯後、七時半頃にでも一緒に地下の温泉行きましょ? その時紹介するわ」

「温泉……!」

 その二文字の言葉に私は思わず目を輝かせる。

 でもそんな私を現実に戻すかのように、愛良が私をひじで小突いてから嘉輪に告げた。

「すみません。あたし達、田神先生から信用出来る女子と一緒じゃないと温泉には入らないで欲しいと言われていて……」

 そうだった。

 温泉の言葉でついすぐに了承の返事をしそうになったけれど、ダメだって言われていたんだった。

 でも……。

「嘉輪は信用出来るよ?」

 根拠は? と聞かれたら何も言えないけれど、嘉輪は信用出来るってハッキリ言える。

「うん。あたしもさっき会ったばかりだけど信用出来るって思う」

 ハッキリと自信を持って言った愛良は、次いで困ったように眉を寄せた。

「でも、田神先生がどう思うかは分からないから……」

「あ、うん……」

 信用出来ると思った弓月先輩でも、心許ないと言われて却下された。

 嘉輪と、その鏡って子がいても同じ様に言われる可能性はある。

 そう思ってションボリしていると、嘉輪は明るく言った。

「多分私なら大丈夫だよ。一応田神先生に聞いてみたら?」

 その自信が何処から来るものか分からないけれど、嘉輪が言うと本当に大丈夫に思えてくる。

 ふと、さっき耳にした言葉を思い出した。

 あれと関係あるんだろうか。

「嘉輪のその自信って、“純血の姫”っていうのと関係がある?」

 思い付いた事をそのまま聞いてみると、笑顔だった嘉輪の顔が苦虫を噛み潰したように崩れた。

「どうしてその呼び名を知ってるの?」

「え? さっきの女子達の誰かが言ってたのが聞こえて……」

 姫って嘉輪にピッタリだなぁと思ったから、ここまで嫌な顔をされるとは思わなくて少し戸惑う。

 そんな私のフォローをするためか、愛良も話し出した。

「あ、私も聞いた。純血って古くからいる吸血鬼の事なんだよね? その姫って、何かカッコイイなぁって思ったんだけど……」

 そこまで口にして、嘉輪の様子を見る愛良。

 嘉輪が嫌そうにしているのは分かっていたんだろう。

 私と愛良は二人で嘉輪の言葉を待った。

「うーん。そんな風に思って貰えるならちょっと照れるけど悪い気はしないかな」

 言葉通り照れ笑いをする嘉輪。

「でも、何て言えば良いかな……。純血って言っても強いってこと以外はみんなと大して変わらないから、私はあまり姫とか言われるの好きじゃないんだ」

「そうなんだ……」

 何か言葉以上に色々あるみたいに感じた。

 想像も出来ないけど、嫌がってるんだからこれ以上追求しない事にしよう。

「まあ、とにかく一度聞いてみたら良いよ。もしダメだったら連絡して。あ、そうだ。愛良ちゃんの連絡先も教えて貰える?」

 ちょっと微妙な空気になったのを誤魔化すって訳では無いだろうけれど、嘉輪は明るくそう言った。

 そうして連絡先を交換したり他愛のない話をしているうちに愛良の頬の腫れも落ち着いてきたので、保健室の先生に処置してもらって三人で寮に帰った。

「あ、香月さん達。田神先生から伝言を預かってるわよ」

 部屋の鍵を受け取りに上原さんの所に行くとそう声を掛けられる。

「荷物を置いたらいつもの部屋に来て欲しいんですって」

「いつもの部屋、ですか?」

 いつも、って言うほどまだ使ってはいないけれど、話し合いをする時に使っている会議室の事だろう。

「あの会議室の事ですよね? 分かりました」

 私より先に愛良がそう返事をして、それぞれ鍵を受け取った。

 嘉輪の部屋も私達と同じ階だったらしく、エレベーターで八階まで一緒に行く。

「じゃあ、私の部屋ここだから」

 そう言って嘉輪が止まったのはエレベーターを降りてすぐ。

 801号室のドアの前だった。

「じゃあ後で温泉でね。ダメだった時は連絡して」

「うん、分かった」

 そうして嘉輪と別れた私達は自分の部屋に鞄を置いて会議室へ向かった。

 会議室のドアをノックして、「どうぞ」と言う声のあとでドアを開けると――。

 会議室の中でイケメンが揃ってどんよりとした空気を撒き散らしていた。

「……」

「……」

 愛良と二人、ドアの所で言葉も無く突っ立ってしまう。

 愛良と視線を合わせると、その目が語っていた。

 あーあ、お姉ちゃんが必要以上に非難するから。

 えっ⁉ でも守れなかったのはあっちでしょ⁉

 否定はしないけど、お姉ちゃんも八つ当たり入ってたでしょ?

 うっ! そ、それは……。

 視線だけの会話だから実際にそう言ったわけじゃないけれど、大体こんな感じであっているはずだ。

「どうしたんだい? どうぞ、座って?」

 ドアの所で立ったままでいる私達に、田神先生が促す。

 その声も少し気落ちしている様に聞こえるのは、田神先生の表情が申し訳なさそうだったからか。

 逆にこっちが申し訳なく思えてしまいそうな雰囲気の中、私達は座った。

 少しの沈黙の後、軽く息を吐いて田神先生が代表する様に口を開く。

「……今日の事は、すまなかった」

 そうして頭を下げられる。

 続いて他の面々も声を揃えて謝罪し、頭を下げた。

『すまなかった』

『すみませんでした』

 みんなに頭を下げられたこの状況。

 ハッキリ言ってドン引きだ。

 確かに愛良がケガをしたんだから謝罪くらいはあって当然だと思っていた。

 愛良を守るって言ってたんだから、ちゃんと守ってよって怒りも覚えた。

 でも私もH生の女子達があんな風に危害を加えてくるとは思っていなかったから、彼等も想定外だったのかな? と、落ち着いてからは思うようになった。

 だから、どんよりした空気の後の揃って謝罪はむしろやり過ぎって感じがする。

 ……あれ? もしかしてホントに私のせい?

 八つ当たり含めて零士に怒鳴ったから?

 でもあれは相手が零士だったからってのもあるし、みんなにここまでさせたかったわけじゃ無いんだけど……。

 ちゃんと反省して、愛良を守ってくれるならそれで良いんだけどな。

「愛良さんを狙っているだろうと思われるV生を中心に警戒していたこともあって、H生の女子生徒があんな理由で乱暴を働くとは思わなかったんだ」

 言い訳とも取れるけれど、私もさっき思い至った事でもあるからそのまま話を聞いた。

「この五人が学園内で人気があるのは知っていたけど、まさかあんな風に過激なタイプもいたなんて……」

 そこでまた少し黙り込む田神先生。

 すると今度は浪岡君が口を開いた。

「同級生で同じクラスになった僕が一番見ていなきゃ無かったのに……」

 その後悔の声に、愛良がすかさずフォローする。

「あの人達も浪岡君を一番気にしてたんだと思うよ。誰かに呼ばれて浪岡君が教室を出たところを狙うように声を掛けて来たから」

 となると浪岡君を呼んだ誰かっていうのも彼女達の手先かも知れないな、なんて推理してみる私。

 浪岡君も迂闊うかつだったかも知れないけれど、いない時を狙われたら仕方ない部分もあるかな。

「でも高等部の近くまで来たんでしょ? 花嫁の気配は俺達みんな分かるんだから気付いて向かうべきだったのに……」

 俊くんの言葉で初めて私達、主に愛良の気配を彼らは感じ取れるって事を知った。

「なのに向かったのは零士と和也だけ。しかも間に合わなかったとか……」

 そして津島先輩の言葉で石井君も向かって来ていた事を知る。

 まあ、間に合わなかったんだからどっちにしろ意味は無いんだけど。

「まあ、私もちょっと言い過ぎましたし。みなさんが周りからどう思われているのかもちゃんと考慮こうりょしてくれればそれで」

 やっぱり私の言った言葉のせいでここまで落ち込んでるのかな? と思ったので、フォローとこの話はおしまいにしようという意味を込めてそう言ったんだけど……。

『……』

 何故か、みんな揃って無言でジッと見られた。

 見回すと、愛良も同じ目をして私を見ている。

 ……何だか既視感きしかんが……。

「あーうん。今回はこっちが悪いし、こんな事言いたく無いんだけど……」

 気まずそうにそう切り出す津島先輩。

 続いたのは俊君だ。

「周りからどう思われているか、とか聖良先輩に言われるのは……」

 ちょっと……と最後の方は言葉をにごしていた。

 数秒は何を言われているのか分からなかったけれど、ふと私の外見の事を言われているんだと気付いた。

 理解したと同時に落ち着いたはずの怒りがまた少し湧いてくる。

 今回のことはここにいる五人の男子が自分の人気を把握していなかった事が原因のはずだ。

 何で私のことを言われなきゃならないの⁉

「何で私の話になるんですか? あなた達の人気を自覚してくれって事を話したつもりなんですが」

 声に怒りの感情を乗せてハッキリ言ってやった。

 でもそんな私の言葉に浪岡君が困ったように返す。

「えっと、じゃあ聖良先輩は自分の人気自覚してますか?」

「え? 私の、人気 ……?」

 って言うと前の学校での事?

 でも浪岡君の言葉のニュアンス的にそっちじゃ無さそう。

 それならこの城山学園でのことってなるけど……。

「転入一日目で人気も何も無いと思うんだけど……」

 そう呟く様に言ったら、いつかのように揃ってため息をつかれた。

「……いや、まあ、それこそ一日目から自覚しろってのも酷だとは思うけどね」

 田神先生がフォローするようにそう言ったけれど、続く俊君の言葉には驚きしか感じる事が出来なかった。

「ノーマークだった花嫁姉がメッチャ可愛いらしい。って噂が一年にまで広まってましたよ?」

「三年もそんな感じ。見に行こうって休み時間に教室出て行ったやつ何人もいたわ」

 うんうんと頷いて津島先輩が言う。

 そこに浪岡君が「そうですよ」と加わった。

「中等部には流石に噂届くのが遅かったけど、放課後には『愛良ちゃんも可愛いけど、姉も違うタイプで可愛いんだって? お前見たんだろ、教えろよ!』ってな感じで質問攻めされました」

 それもあって助けに向かえなかったんですけど、と付け加えられる。

 それで足止めされたなら、少なくとも浪岡君が愛良を助けに行けなかったのは私の所為でもあるってこと?

 え? マジで? 冗談じゃ無くて?

「お前は波多とずっと一緒だから気付かなかったみたいだけどな。クラスの男子のほとんどがお前に話しかけたそうにずっとソワソワしていたぞ」

 同じクラスだった石井君にまでそう言われてしまう。

 って言うか、石井君ってこんなに喋れるんだ。

 こんな長文話すの初めて聞いたかも。

 それにしてもみんなが言っていることが信じられない。

 本当にそんな風になっていたんだろうか?

 まあ、他のクラスの人達も見に来てるのは気付いたけれど……。

「えっと、それって本当の事? 冗談じゃ無くて?」

 みんなが嘘を言っている様には思えなかったけれど、どうしても信じられなくて確認してしまう。

 そして返ってきたのは呆れの眼差し。

 うん、冗談では無いって事か……。

 黙ってそれを受け止めていると、愛良にも呆れの口調で言われた。

「あたしも呼び出されたときに言われたよ? 姉の方も可愛いって騒がれてるけど、とかって」

「……」

 自分が可愛いとか自覚しなくたって問題ないだろうって思ってたけど……。

 これ、そうも言ってられない状況?

 黙り込んでしまった私に、田神先生は「とにかく」と話をまとめた。

「皆自分が周りからどう見られているのかこれからはちゃんと自覚して、それを考慮した上で行動するように。そういうことだ」

 その“皆”の中には私も入っているってことだろう。

 ああ……私もちゃんと自覚しないとダメなのか……。

 今朝も無理じゃないかなと思っていたことだけに、何だか遠い目をしてしまった。

 でも他人にはやれと言っておいて私が出来ないじゃ無責任にも程がある。

 出来るかどうかは取りあえず置いといて、自覚出来るように頑張ってみようと思った。

 その後は嘉輪のことを話して温泉に行ってもいいかを確認する。

 すると満場一致で問題ないと答えが返って来た。

「波多さんは純血種だからね。この学園で彼女にかなう者はいないんじゃないかな?」

 だそうだ。

 それは言い過ぎなんじゃ、とは思ったけれど、これで念願の温泉に入れると浮かれていた私はそれ以上追及はしなかった。

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