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第16話 VとH

 ゆっくり意識が浮上して、薄く目を開けるとまだ慣れない天井が見えた。

 少しそのままボンヤリしていたけれど、思い切って布団から腕を出してグーっと伸びをする。

「んぐぐーーー!……よし!」

 そうして完全に目覚めた私は、身支度をする為にベッドから降りた。

 早いもので、土日の休みも終わり今日は城山学園初登校の日だ。

 土日はデパートに連れて行って貰って、必要な物を買い足したり。

 寮や周囲の場所を案内して貰って終わった。

 田神先生やみんなにはホントに良くしてもらってると思う。

 零士以外。

 何があれば便利だとか教えてくれたり、あの店のサンドイッチが美味しいとか案内してくれたり。

 零士以外。

 ホント、感謝するしかない状態だ。

 零士以外。

 こんなだから今のところ不満と言えるような不満は無い。

 零士以外。

 でも、零士以外で敢えて不満を言う事があるとすれば……。

「なんっで温泉入っちゃダメなのよー」

 つい声に出してしまう。

 でも誰も聞いていないんだから良いとしよう。

 先生を含めみんなの話では、女風呂だと当然ながら付いていくことが出来ず、守ることが出来ないから入らないで欲しい。

 との事だった。

 誰か信頼の出来る女生徒が一緒に入ってくれるなら良いと言っていたけど……。

 初登校すらまだなのにそんな女生徒いるわけがなかった。

 唯一知っている女生徒の弓月先輩はどうかと思って聞いてみたけれど、彼女一人だと心許ないとか言われて却下されてしまった。

 温泉に入るだけなのにそんなに警戒する必要があるんだろうか。

 はなはだ疑問だ。

 いっそコッソリ一人で入りに行こうかと思ったけれど、愛良に思考を読まれて釘を刺されてしまった。

 ジト目で「ダメだって言われたよね?」と。

 何のこと?ってとぼけてみたけれど、次は笑顔で「お姉ちゃん?」と圧をかけられた。

 とぼけても無駄。

 ダメだって言ってるでしょ?

 口に出していないのに、そんな声が聞こえて来た気がする。

 生まれた時からの付き合いなんだから思考を読まれるのも納得だ。

 不満はあるものの、私は温泉を我慢する事にした。

「でもやっぱり不満! 温泉入りたーい!」

 そんな声を上げてから、私は顔にパシャリと水をかける。

 冷たい水で顔を洗うとシャキッとして、不満も少しは収まってくれる気がした。

「はあぁぁぁ」

 それでもまだわずかに残った不満をため息という形で吐き出す。

 新品のタオルで顔を拭き、ふと鏡を見た。

 相変わらずの眠たそうな目。

 冷たい水で顔を洗ったばかりなのに常に怒ってるかのような赤い頬。

「……」

 目をすがめてじっくり見てみる。

 これがタレ目で、頬はピンク色……。

 髪はゆるふわウェーブ……。

 そう指摘されてから毎日のように鏡を見て確認してみるけれど、何年も思い込んでいたことはそうそうすぐには変えられないみたいだ。

 でも、私のこの顔がどんなに美少女でも中身とのギャップのせいで残念な感じになるなら、別に無理に自分の意識を変える必要もないような……。

 こんな風に思うから、尚更意識を変えられないんだろうけど……。

 でも性格はもっと変えることが出来ないんだから、やっぱり変える必要性は感じないなぁ。

「ま、私の意識が変わろうが変わるまいがそう大したことじゃないよね」

 結果、いつもそこに終着してしまう。

 うん、自分の容姿のことは気にしないことにしよう。

 もっと大切な事 があるんだし。

 まずは転入初日の今日を乗り切って、学園に慣れること。

 そしてまだ信じられ無いけど、吸血鬼だとかハンターだとかをちゃんと理解すること。

 理解出来ないとどんな風に愛良を守れば良いのか分からないし。

 それに田神先生達が本当に信頼できるのかっていう判断も出来ない。

 そういう色んな所を見て聞いて判断していかなきゃならない。

 あとは、そうだなぁ。

 お別れ会いつ出来るか聞いておかなきゃ……。

 寮に入った初日から、有香達から引っ切り無しにメッセージが届いた。

 結局あの日は何があったのかという事から始まり、お別れ会は仕方ないからまた今度やろうとか、それならいつ出来るかとか……。

 本当は次の休みにでも戻ってきてやろうと言われたけれど、愛良の状況が状況だし学園にも慣れなきゃいけないからもうちょっと待ってと言ったら、じゃあその翌週と言われてしまった。

 私的にはもうちょっと余裕が欲しいなぁと思ったけれど、これ以上待ってとも言えなかったのでとりあえずそれで俊君たちにも聞いてみると伝えた。

 愛良の方も似たような感じだったらしくて、一緒に昨日聞いてみたんだ。

 でも俊君達は中止のつもりだったようで「え⁉ やるの?」という返しから始まったし……。

 そして相談の結果、とりあえず私と愛良が学園に慣れてから考えるという事になった。

 有香達にそれを伝えたら不満たらたらだったけど。

 とにかく、私達が学園に慣れないと話が進まない。

 とりあえず今日は気合いを入れて登校しよう!

 身支度を整えながらそう決意した所で、タイミング良くノックと愛良の声が聞こえた。

「お姉ちゃん、準備出来た? そろそろ食堂開く時間だよー」

 考え事をしていたら少し時間がかかってしまったみたいだ。

 もう朝食の時間だったらしい。

「今出るー」

 そう返事をしてクローゼットに備え付けてある姿見で身だしなみを確認する。

 ぱっと見寝ぐせはないし、制服もファスナーを閉め忘れたということもない。

 クルリと回って後ろ姿を見て、スカートがめくれていないことも確認する。

「よし、OK」

 そう呟いて私は鞄を持ちドアを開けた。

「おはよう愛良、お待たせ」

 ドアを開けてすぐに朝の挨拶をする。

 家にいた時は身だしなみを整える時点で顔を合わせていたので、なんだか少し変な感じ。

 でも慣れていくんだろうな。

「おはよう、お姉ちゃん」

 愛良からも挨拶を返してもらって、二人で歩き始めた。

「寮の朝ごはん食べるの始めてだねー」

「うん、今朝はどんなメニューなのかな?」

 お互い転入初日で学園のことも気掛かりではあったけれど、まずは朝食の話題になった。

 寝坊したり食べない生徒もいるから、寮の食堂で土日の朝食はやらない事になっているらしい。

 土日に朝食が欲しければ、上原さんの所で簡単なサンドイッチかおにぎりをもらえる。

 昨日と一昨日は私達も上原さんの所でもらって食べた。

 だから食堂での朝食は初めてなんだ。

 和食か洋食かはその日その日で変わるらしいから今日はどっちなんだろうねぇ、と会話しながら歩いていると前の方から声をかけられた。

「二人とも、おはよう。今呼びに行こうと思ってたところよ」

 片手を上げながらそう言って近付いてきたのは弓月先輩だった。

「あ、弓月先輩。おはようございます」

「おはようございます。呼びにって、何か用事でもあったんですか?」

 挨拶と同時に疑問を口にすると、「用事ってほどのことじゃ無いけれど」と前置きした弓月先輩は一緒に歩き始める。

「田神先生に頼まれたの。あなた達食堂で朝食取るのは初めてだから、付き添ってほしいって」

「そうなんですか?」

 ちょっと過保護っぽいなぁと思いながら返すと、弓月先輩も同じ様に思っていた様で少し苦笑していた。

「心配し過ぎな気はしたけれど、今日から新しい学園生活でしょう? 少なからず緊張するだろうから、朝くらいは付き添ってあげたほうが良いかな、とも思って」

 その説明に私と愛良は一度顔を見合わせてから弓月先輩に向き直った。

「そういうことなら、お願いします」

「少しでも知っている人がいると安心するので」

 そうして私達は三人になってエレベーターを降りて行った。

 食堂は一階の男子寮側にある。

 朝食はテーブルに既にセッティングされている様で、今朝は和食だった。

 お盆の上にご飯と味噌汁。卵焼きと焼き海苔、あとは少量のお新香。

 弓月先輩の話だと、卵焼きが納豆だったりと違う時もあるらしい。

 夕食は自由席になるけれど、朝食は来た順番に端から詰めて座るらしい。

 そして食べ終わったらお盆を持って指定の場所に食器などを片付けて出て行く。

 その辺りのシステムも説明されないとすぐには分からなかっただろうから、やっぱり弓月先輩に来てもらって正解だったみたい。

 味は可もなく不可もなく。

 普通に美味しかった。

 食べ終わったら寮を出て登校だ。

 部屋の鍵を上原さんに預けると「いってらっしゃい」とにこやかに送り出してくれる。

 寮から学舎までは徒歩で10分くらい。

 みんな同じ寮から学校に行くので、ぞろぞろと集団登校しているみたい。

 たまに忘れ物でもしたのか流れに逆らって走って戻って行く人がいるけれど、それ以外はみんな真っ直ぐ道を歩いている。

 寮から道なりに進むと高等部の校舎の方が手前になるため、私と弓月先輩は足を止めて愛良を見送った。

 愛良にも付き添ってくれる女子中学生がいれば良いのに。と思いながら見送っていると、弓月先輩が顔を覗き込む様に聞いてきた。

「やっぱり心配?」

「……そう、ですね。ただでさえ愛良が一番狙われやすいらしいし、愛良に付き添ってくれる女子中学生でもいればいいなぁとは思います」

 と、控えめに言ってはみたけれど、本音はいれば良いなぁ、じゃなくてむしろ居なきゃダメでしょ⁉って思ってる。

 愛良のことちゃんと守ろうと思ったら、男子よりいつも近くに居られる女子。しかもV生じゃなくてH生じゃないのかな?

 吸血鬼とかハンターとか、ちゃんと理解はしていないけれど、愛良を狙っているのが吸血鬼ならこの考えで間違ってはいないはず。

「そうね。愛良ちゃんに今一番必要なのが同学年の女子友達だからね」

 弓月先輩はそう言って同意してくれる。でも――。

「でも、そういうのはちゃんと自分で見つけた相手じゃないと信頼も出来ないから……。私が今日付き添ったのは、私が生徒会役員でH生で、会話をした事があるくらいは面識があるからだし」

 弓月先輩の説明にただただ頷く。

 その辺りのことはちゃんと分かってはいるんだ。

 だから田神先生達にもその事で文句を言うような事はしていない。

 一番近くに居るべき、信頼出来る友人は自分で見極めて決めて欲しいって私も思うから。

「それじゃあ私達も行きましょうか」

 そう促されて、私も弓月先輩と高等部校舎へ歩き出した。

 高等部校舎の生徒玄関で弓月先輩とは別れ、私は職員室で担任となる三橋 薫みつはし かおる先生と挨拶を交わす。

 焦げ茶色の髪をショートボブにしている溌剌はつらつとした女性教師だ。

 教師にも吸血鬼とハンターがいるらしく、三橋先生はハンター側の先生だそうだ。

「学園に吸血鬼でもハンターでもない人間が通うのは初めての事だから、不都合な事も出てくると思うわ。そんな時は遠慮なく私に言って頂戴ね」

 そう言って頼もしい笑みを向けてくれる三橋先生に、私はホッとする。

 肩の力が少し抜けたような感覚に、私は自分で思ってた以上に緊張していた事に気付いた。

「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」

 そんな無難な挨拶しか出来なかったけれど、顔は自然な笑みを浮かべることが出来た。

 教室は2ーA。

 廊下で待っていて、三橋先生に呼ばれてから教室に入っていく。

 促されるまま名前を言って、よろしくお願いしますと締めくくる。

 挨拶が終わってひとまずホッとして、改めて教室内を軽く見回した。

「……っ!」

 そして思わず息を詰まらせる。

 みんなが私を見ているのは良い。

 転入生なんて珍しいのだから、全員が見ているのは分かる。

 問題は、その目と表情。

 品定めしているような目。

 獲物を狙うような目。

 他にも、何とも言えない感情が乗せられた視線が私に向けられている。

 落ち着いたはずの心臓が、ドクドクと嫌に脈打ち始めた。

 それでも何とか落ち着こうと、呼吸を浅くしてみる。

 そんな私に気付いていないのか、三橋先生が着席を促した。

「じゃあ香月さんの席は後ろの窓際よ。座って頂戴」

 促されるまま後ろの席に座ると、視線が少なくなって何とか呼吸を正常に戻せる。

 世の転校生って、皆こんな視線にさらされるのかな?

 なんて一瞬思ったけれど、そんなわけない。

 私が吸血鬼の“花嫁”である愛良の姉で、愛良に劣るとはいえ特別な血を持っているからなんだろう。

 説明されても具体的にどんな扱いをされるのかピンと来ていなかった。

 でもこの視線を感じたら嫌でも実感する。

 この学園も、この学園に来てしまった私と愛良も、《普通》じゃないんだって……。

 でも、私ですらこんな感じなんだ。愛良は大丈夫かなぁ?

 後ろの席で少し落ち着けた分、他のことを考える余裕が出来た。

 すると心配になるのはやっぱり愛良の事。

 本当に、大丈夫なのかな?

 私は登校初日の朝から、すでに不安でいっぱいになってしまっていた。

***

「香月さん」

「え? は、はい?」

 HRが終わってすぐに隣の席の女子に声を掛けられ、慌てて返事をする。

 同時に声の主を見て息を呑んだ。

 自分のことや愛良の心配ばかりで周りに気を配ってなかったから気付かなかったけれど、隣の席の子はとんでもなく綺麗な子だった。

 長い黒髪はサラサラで、暗い色の割に重そうに見えない。

 口紅何てつけてないだろうに、唇は程よく色づいていて少し妖艶さを感じる。

 鼻筋も通っていて、隙がないほど整った容姿をしていた。

 でも何より印象深かったのは瞳の色。

 少し灰色がかった薄いブルーの瞳。アイスブルーってこんな色なのかも知れない。

 引き込まれてしまいそうな瞳に、少し見惚れてしまった。

 ハッとする様な美人ってこういう人のことを言うのかな? と思っていると、彼女は自己紹介をしてくれた。

「私は波多はた 嘉輪かりん。隣の席同士これからよろしくね」

 そう言って人懐っこい笑みを浮かべていた。

 凛とした雰囲気の美人なのに人懐っこいとか、何て言うか魅力溢れる人だなって思う。

 何の疑心も持たず、私は瞬時に波多さんのことが好きになった。

 逆に嫌いになれる人がいたら見てみたいくらいだ。

「こちらこそよろしくね。波多さん」

「……」

「何? どうかした?」

 笑顔で返事をしたのに黙られてしまって、私はちょっと狼狽うろたえる。

「んー……。“波多さん”より、嘉輪って呼んで欲しいかな?」

 その返答に安心した。

 私が何か変なことをしたわけじゃなかったんだね。

「うん、分かった。よろしくね、嘉輪ちゃん」

「……嘉輪」

「……」

 ……呼び捨てろってことか……。

「よろしく、嘉輪」

「うん。改めてよろしくね、聖良って呼んでいい?」

「うん、勿論」

 そんなやり取りを最終的には苦笑いで終わらせる。

 ちょっと面倒臭いと思ったのは内緒だ。

 でも、こんな綺麗な子に名前で呼ばれると思わずドキドキしてしまう。

 同性すらも魅了してしまう美人さんだな。と思いながら改めて嘉輪を見たとき、襟に付いているピンに目が留まった。

 …………あれ? どうして?

「あ、これ気になった?」

 私の視線に気づいたらしい嘉輪が、ピンブローチを見せるように襟をつまんだ。

「うん。ピンのことは聞いたけど……。何で嘉輪の襟にはHとV両方あるの?」

 Hはハンター。Vは吸血鬼。

 嘉輪はどっちなの?

 ピンブローチを見つめながら難しい顔をしていると、嘉輪が説明してくれる。

「まあ、言ってしまえばそのままの意味かな? 吸血鬼でありながら、ハンターになる生徒って事」

 嘉輪の言葉を理解するのに少しかかる。

 そして、理解出来てもすぐには飲み込めなくて目を何度も開けたり閉めたりしてしまう。

「……吸血鬼でも、ハンターになれるの?」

 やっとの事で疑問を口に出来た。

 吸血鬼とハンターって相反あいはんする存在ってイメージだったから、どうしても一緒に考えられない。

「結論から言うとなれるよ。大体が親の片方が吸血鬼で、もう片方がハンターって場合の人が多いわね」

 吸血鬼とハンターの子供ならありってことか。

 ありえないでしょ!って言いそうになったけれど、この学園の様に共同生活までしているくらいだからありえなくはないのか、と思い直した。

 ……でも吸血鬼がハンターか……。

「……理解はしたけど、何だか変な感じ」

 思わず呟いた。

 だってハンターは吸血鬼を追う者ってイメージだから。映画や漫画などでは大抵そういうものだし。

 だから何となく違和感が拭えない。

「そう? 私は変に感じないけど……。まあ、でもそれは私の両親が吸血鬼と元人間のハンターだからってのもあるかも」

 何気なく口にした嘉輪の言葉に私は驚いて反応する。

「元人間のハンター? 元人間ってどういう事?」

 人間じゃなくなってるって事? それってつまり……。

 私が答えを自分で導く前に、嘉輪の答えが返ってきた。

「そりゃあ勿論、吸血鬼になったってことよ?」

 それを聞いて少し固まってしまう。

 田神先生は咬まれたからって吸血鬼になるわけじゃないと言っていたけれど、やっぱり人間が吸血鬼になることもあるんだ。

「言っておくけど、咬まれただけでなるわけじゃないし、ちゃんと本人の意思確認した上でするものだからね?」

「そっか……」

 それを聞いて一先ず安心した。

 それなら私や愛良が無理矢理吸血鬼にされるなんてことはなさそうだ。

 安心した私は、嘉輪がサッと目をそらして「大抵は……」と小さく付け加えたことに気付かなかった。

 後の話は大体田神先生から聞いたことと同じで、昔はともかく今のハンターは吸血鬼専用の警察のようなことをしているんだとか。

 だから吸血鬼でもハンターになれるんだって。

「そうなんだ……色々教えてくれてありがとうね、嘉輪」

 私はお礼を言って、あとは授業の準備などを一緒にやりながら過ごした。

 不安はまだ多いけれど、嘉輪は良い子みたいだし取りあえず一人友達が出来て良かったと思う。

 私の方は比較的良い滑り出しで、何とかやっていけそうと安堵した。

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