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第12話 吸血鬼の花嫁②

 入り口は自動ドア。

 入ってすぐ目の前にはソファーやテーブルが沢山あって、何人か飲み物片手にくつろいでいる。

 そのスペースの一角には結構大きなテレビが備え付けてある。

 ぐるりと見回すと、入り口横に左右それぞれカウンターがあり少し年配の人がいる。

「……」

 何処のホテルだここは!

 ツッコミたい。

 大いにツッコミたいけれど声にならない。

 何か叫びたくても声が出てこない私達を津島先輩は右側のカウンターに連れて行った。

 一見ホテルのフロントにしか見えないそのカウンターには五十歳前後の女性がいた。

「上原さん。この二人が今日入寮する香月姉妹です」

 津島先輩は簡単に私達を紹介すると、続けて私達に彼女を紹介してくれる。

「この人は上原うえはら 雪乃ゆきのさん。女子寮の管理をしてくれてるんだ」

「香月 聖良です」

「香月 愛良です。よろしくお願いします」

 ペコリとお辞儀をして私達は挨拶した。

「初めまして、上原です。何か困った事や疑問があったら遠慮なく言って頂戴ね」

 柔和な笑顔でそう返した上原さんは、何だか近所のおばさんとかそんな感じの雰囲気の人だと思った。

 女子寮の管理人って事は、寮母さんって事かな?

 そんな風に考えていると、上原さんは鍵を2つ持ってカウンターから出て来る。

「さ、早速部屋に案内するわ。ついて来て」

「今三時前だから、三時半頃にここに戻って来てくれ。田神先生から色々と話があるから」

 上原さんに促され、津島先輩の言葉に「分かりました」と返事をした私達は右側の女子棟へと向かった。

 上原さんについて行った先には階段では無くエレベーター。

 エレベーターの上部に表示されている階数は最大が8だ。

「8階まであるんですか……?」

 答えを求めた訳では無いけれど、思わずそんな言葉が出てしまう。

「ええ、あなた達の部屋はその8階よ」

 にこやかに言われ、沈黙。

 これはエレベーター必須だよ……。

 流石に毎日8階分の階段なんて上り下りしたくない。

 エレベーターで8階まで上がると、廊下が目の前と左側に伸びていた。

 それぞれ先には何も無さそうなので丁度L字型になっているみたい。

「こっちにランドリーとシャワー室があるわ。後で確認して頂戴ね」

 と、左側にある大きめの横開きのドアを指した上原さん。

 私達が頷くのを確認すると、目の前の廊下を進んで行く。

 廊下の両側に沢山ドアがあって、その横に番号と名前が書かれたプレートが付いている。

 名前がなく番号だけだったら、本当にホテルにしか見えなさそうだ。

「貴女達の部屋はここの一番奥。隣同士よ」

 そう言って突き当たりまで案内すると、持っていた鍵を手渡してくれる。

 愛良は824号室。

 私は825号室。

 私が一番奥で、愛良はその手前だ。

「部屋の中の物は好きに使っていいわ。足りない物があれば言ってちょうだい。用意するよう田神先生から伺っているから、遠慮せずに言ってね」

「ありがとうございます」

 とお礼を言ったものの、流石に何もかも頼む訳にもいかないよね。

 ……お小遣いで足りるかな?

 ティッシュとかの消耗品。タオルとか、洗濯するなら洗剤とか……。

 軽く考えてみただけでもお小遣いじゃあ足りない気がする。

 ……どれだけ甘えて良いのかもちゃんと後で確認しておこう。

 次々と確認する事が増えて、内心ウンザリしながら私は部屋の鍵を開けた。

「鍵は各自で管理してね。でも安全面を考えると、寮を出るときは私の方に一度預けてくれると助かるわ」

「はい、分かりました」

 返事をすると、上原さんは「じゃあまたね」と言い残し去って行く。

 ドアノブに手を掛けた私達はお互いに顔を見合わせた。

「じゃあ部屋の確認をしますか」

「何かちょっとドキドキするね」

 少し笑いながら、ガチャリと音を立ててドアを開ける。

 確かに少しドキドキする。

 これから自分の部屋になる所がどんな様子なのかっていうのもあるけれど、この寮の外観と似た様な雰囲気のお城みたいな部屋だったらどうしようとか。

 ……でも、その心配は無用だった。

 ドアを開けてすぐにあったのは小さな玄関。

 右側に埋め込み型の靴棚があって、スリッパが一組ある。

 床は明るめの色のフローリングで、靴を脱いで上がるとすぐ左側にドアがあった。

 開けてみるとトイレだった。

 家のトイレと比べると狭いけれど、洋式の水洗だしウォシュレットも付いているから問題は無い。

 それどころかすぐにでも使える様に便座シートなども付けられている。

 そして片隅には小さな洗面台。

 未使用の歯ブラシとコップ、横にはタオル掛けとタオルもある。

「まさかこれも田神先生が用意してくれた物?」

 そうでないとしたら前にこの部屋を使っていた人の物という事になる。

 でも流石にそれは無いだろう。不衛生だ。

 って事はやっぱり田神先生が用意してくれた物なんだ。

 すぐにでも生活出来る様に整えてくれたんだろう。

 玄関を上がって目の前にはもう部屋があるけれど、突っ張り棒で目隠しののれんがかかっていた。

 シンプルなグリーンののれん。良く見るとつる草模様の刺繍がされている。

 そののれんを潜り抜けると、そこは六畳ほどのワンルームだった。

 左側にベッド。優しい色合いの布団が既に敷いてある。

 右側には机があって、筆記用具なども準備されてあった。

 そして目の前には窓。

 こちらもカーテンがレースと厚手の物が付けられている。

 中に入ってぐるりと見回すと、入り口から見て左側にクローゼットが備え付けてあった。

 扉部分には姿見が付いている。

 全体的にグリーンで纏められた落ち着く部屋だった。

 クローゼットを開けてみると、そこにはバスタオルなどタオル一式だったり替えのシーツだったり。

 生活に必要そうな物は私服以外の物が揃っていた。

 そんな中、制服が一着だけハンガーに掛かっている。

「これ、城山学園の制服かな?」

 良く見えるように手に取ってみる。

 セーラー服なんだけれど、よくあるタイプとは少し違う。

 大抵は紺に白のラインだけれど、これはラインの部分が赤だ。

 それとスカーフではなくネクタイ型。

 左胸には校章だろうか? 複雑な形の紋章が刺繍されている。

 スカート丈は膝上くらいかな?

「セーラー服かぁ。中学以来だなぁ」

 呟きながら、愛良の方はどんなだろうと思った。

 同じ中学の浪岡君が赤チェックのズボンだったから、ブレザーかなぁ?

 制服を戻して持って来た着替えなどを整理し始める。

 と言ってもそんなに多く持って来た訳じゃ無いからすぐに終わってしまった。

 他にする事も無いので、隣の愛良の部屋を見に行く事にする。

 間取りは同じだろうけれど、どんな風に整えられているのか興味がある。

「愛良はグリーンってイメージじゃないしねー」

 と呟きながら廊下に出た。

 隣の部屋のドアをコンコンと軽くノックする。

 それだけでも中にはちゃんと聞こえるようで、すぐに中から足音が聞こえてドアが開けられた。

「あ、お姉ちゃん。あたしも今そっち行こうかと思ってたんだよ」

 そう言って愛良は部屋に招き入れてくれる。

 パッと見た感想は、ピンクだった……。

 間取りは左右反転している以外は同じで、全体的にピンクで統一されている。

 でも悪趣味な感じではなく、優しい色合い。

 薄めのピンクがメインで、所々にメリハリを付けるように濃い色や模様がある。

「へー、いい感じじゃない」

 愛良のイメージとしては悪くない部屋だ。

 そう思って口にした感想に、愛良も「お姉ちゃんの部屋はどうだった?」と聞いてきた。

「間取りは左右反転してるだけで、全体的にグリーンで纏められた落ち着く部屋だったよ」

「そっかぁ。まあ、お姉ちゃんはピンクってイメージじゃないしねー」

 答えを聞いた愛良は、さっき私が彼女に対して思ったのと同じ感想を口にした。

 ……やっぱり姉妹って事かな?

 同じ事考えてるとか。

「制服はどんなだった? 私はセーラー服だったけど」

 もう一つ気になっていた事を聞いてみる。

「あー、零士先輩学ランだったもんね。やっぱりセーラー服だったかぁ」

 そんな感想を漏らしながら愛良はクローゼットを開けて自分の制服を出して見せてくれた。

 思った通りブレザーだった。

 臙脂えんじ色のジャケットに、暗めの赤チェックのベストとスカート。

 白いブラウスに、赤いネクタイ。

「可愛いじゃない」

 愛良に似合いそうだと思いながら呟いて、ふと視線をクローゼットに向ける。

 そこにはもう一着、夏の制服と思われるものが掛かっていた。

 今はまだ衣替え前だから夏服があるのは分かる。

 私のセーラー服も半袖の夏服だった。

 でも冬服はなかったな。

「あれ? 夏服冬服揃ってるんだ? 私冬服無かったよ?」

 衣替えまで一週間位しか無いのに。

 そう思って疑問を口にすると、愛良はうーんと唸ってから答えた。

「お姉ちゃんの転校は急だったし、準備間に合わなかったんじゃない? 流石に衣替え前にはもらえるでしょ」

 とまあ何とも楽観的な言葉だった。

 でもまあ愛良の言う通りだし、これも田神先生に聞かなきゃ分からないことだ。

「それじゃあちょっと早いけど下に戻る?」

 持って来ていたスマホで時間を確認しながら言う。

 そのときついでに画面に出て来たメール着信のお知らせに有香の名前を見つけた。

 バタバタしてて、今の今まで気付かなかった……。

 一通だけでは無さそうな上に、他の人からも着信があるみたいだった。

 ……仕方ない、後で確認しよう。

 あまりの多さに返信が大変そうだと判断した私は、今は止めておこうと判断した。

「そうだね。ランドリー室とかも見ておきたいし、出ようか?」

 と言う愛良の答えに、私達は部屋の鍵とスマホだけ持って廊下に出た。

 さっき案内されたばかりの廊下を逆に進み、エレベーターの所に来る。

 ランドリー室の大きなドアを開けると、すぐ目の前には三台の自販機があった。

 軽くラインナップを見ても、お茶やコーヒー。スポーツドリンクから炭酸飲料まで一通り揃っている。

 これなら夜突然喉が渇いても大丈夫そうだ。

 値段も普通より少し安めになっていて学生に優しい。

 よしよしと頷いて右に視線を向けると、そこがランドリーになっていた。

 全自動の洗濯機が両端に三台ずつ並んでいて、それぞれの洗濯機の上に乾燥機が設置されている。

 その中の一台の前に、同じ階の住人であろう女子生徒が一人いた。

 目の前の洗濯機が回っているから、洗濯をしに来たんだろう。

 セーラー服姿の彼女は、入って来た私達に気付くと軽く瞬きし、ニッコリと微笑んでくれた。

「こんにちは、初めまして。近々転入して来るっていう姉妹かしら?」

 着ている制服が違う事で気付いたんだろう。

 挨拶と共にそんな質問をされた。

「あ、はい。香月 聖良です」

「妹の愛良です」

 学年は分からなかったけれど、落ち着いた雰囲気と優し気な笑顔から年上の様な気がして敬語で答えた。

「私は弓月ゆづき 美花みか。同じ階みたいだし、宜しくね」

 そんな自己紹介を交わして、私達は少しお話をする。

 やっぱり弓月さんは年上で、高等部三年だった。

 しかも生徒会に所属しているらしい。

 そしてこのランドリー室は自由に使って良いし、置いてある洗剤や柔軟剤、漂白剤なども無料で使って良いのだとか。

 ただ自分好みの香りなどにしたいからと、自分で買って来てそれを使っている人もいるんだそう。

 あとはランドリーの更に奥にあるシャワー室。

 ドアが四つあって、それぞれが一人用のシャワー室だそうだ。

 チラッと一室見たけれど、ドアを開けてすぐが脱衣スペースになっていて、更に奥のガラス戸がシャワー室みたいだった。

 一つの階の部屋数を考えると四室は少ないと思ったけれど、皆地下の温泉に行きたがるから問題無いんだそう。

 ま、私も温泉の方が良いもんね。

 そんな話をしているうちに待ち合わせの時間になってしまった。

 慌てて時間表示されているスマホ画面を見せて来た愛良に、私も慌てる。

「あ、弓月先輩ごめんなさい。一階で人と待ち合わせしてたんです」

 そう言って、挨拶もそこそこにランドリー室を出ようとすると。

「あ、最後に一つだけ!」

 強めの口調で呼び止められた。

 愛良と揃って振り返ると、真剣な表情があった。

「あなた達は特に、なんだけど……V生には気を付けて」

「ぶいせい?」

 聞き慣れない言葉をそのまま返す。

 ハッキリ言って、何を言っているのかサッパリ分からない。

「そう、制服の襟やネクタイにVの字が書かれたピンブローチを付けている生徒の事よ」

 そう言って弓月先輩は自分の制服の襟に手を添える。

 そこにはHの字が書かれたピンブローチが付けてあった。

 Vだと“ぶいせい”なら、Hだと“えいちせい”って言うのかな?

 なんて思いながら見ていると、愛良がおずおずと聞き返した。

「えっと……生徒達が何かで分類分けされてるって事ですよね? でも気を付けてって、何に?」

 愛良の疑問は当然だ。実際私も分からない。

 そのV生とやらの何に気を付ければ良いと言うのか……。

 愛良の質問に少し黙った弓月先輩は、真剣な表情をゆるめ微笑んで答えてくれた。

「その様子だとまだこの学園について説明を受けていないのね。……聞けば分かると思うけれど、V生の何かに気を付けて欲しいのじゃなくて、V生そのものに気を付けて欲しいのよ」

「???」

 尚更分からなくなった。

 でもそれ以上質問している時間も無いし、説明を聞けば分かると言うのなら早く下に降りた方が良い。

 私達は未消化な疑問を抱えたまま弓月先輩に見送られてランドリー室を出た。

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