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第7話 護衛のイケメン〜三日目〜①

 朝。

 目が覚めた私はうーん、と伸びをして起き上がると窓を開けた。

「……寒っ」

 思わず小さく叫ぶ。

 昼間はまだ暑いけれど、朝方は気温が下がってきている。

 息が白くなるほどではないけれど、肌寒く感じる。

 秋が近付いてるんだなぁ……とボンヤリ思った。

 その寒さで寝ぼけていた頭がスッキリしてくる。

 同じ様に気分もスッキリしてくれれば良いのに、心の片隅でモヤモヤしたものが晴れてくれない。

 昨日の愛良との会話から、ずっと頭の中でグルグルと答えの無い問答を繰り返していた。

 零士達が人間じゃないなんて、ある訳が無いのに……。

 それでもそれを完全に否定する事が出来無いだけの理由があって……。

「あーもう! また堂々巡りの思考になってる!」

 寝て起きれば少しは気分も楽になるかと思ったのに、起きた途端また同じ事を考えていて全く効果が無い。

 私はため息を吐いて窓を閉め、のそのそと着替えはじめた。

「お姉ちゃん、おはよ!」

「……」

 その明るさと笑顔が恨めしいぞ妹よ!

 と、ついそんな風に思ってしまったけれどそれも仕方ないでしょう。

 先にダイニングにいて、朝ごはんを食べようとしていた愛良は私のモヤモヤな気分とは正反対に元気だったんだから。

「……おはよう」

 愛良の笑顔に若干圧倒されつつ、何とか挨拶を返した。

 ついでに「お母さんもおはよう」と挨拶しておく。

 そんなお母さんはいつも通り忙しそうにしながら「おはよう」と返してくれた。

「……お姉ちゃん、元気無いね?」

「誰のせいだと思ってるのよ……」

 同じく朝ごはんを食べようと椅子に座ると、愛良は他人事の様に聞いてきた。

 返事が非難する様な言い方になったのは仕方ない――と言うか、最早当然だろう。

 実際愛良が昨日あんな事を言わなければ、私は僅かな疑問も忘れたままにして今日も普段通りに出来たのに。

 大体零士達の人外説を言った愛良本人が何でこんなに元気なのよ⁉

 いや、分かってる。

 愛良は悩みがあっても、寝て起きたら何とかなるよね!って思えるポジティブな性格だからね。

 私もどちらかというとポジティブな性格だけれど、たまに小さな事を考え過ぎてしまうときがある。

 愛良の様子を見るに、今回も私の考え過ぎなんだろう。

 どっちにしたって考えて答えが出る訳じゃ無いし。

 明るい愛良を見て悩んでいる自分が馬鹿らしくなった私は、気を取り直して朝食を食べ始めた。

「誰のせいって……あたしのせい? え? 何で? あたし何かしたっけ?」

 不安そうな顔でそう言った愛良は、全く思い当たる事が無いみたいだ。

 こうなると本当に自分の悩みが馬鹿らしく思える。

「あーもういいよ。そんな事より愛良も早く食べな。迎えが来ちゃうよ」

 説明するのすら恥ずかしくなってきたので、私はそう言って誤魔化した。

 そうして朝食を食べ終え歯を磨いていると、丁度チャイムが鳴った。

「愛良先に出てて!」

 歯を磨き終え、朝食の片付けを手伝っていた愛良に声を掛けると私も早々に歯磨きを終わらせる。

 すぐに玄関に向かったのに、玄関先にいた零士は。

「遅ぇ」

 と不機嫌極まりない表情で呟いた。

 ムカッ

 となったのは当然だろう。

 寧ろ大して待たせて無いのに顔を合わせてすぐこんな風に不機嫌に言われても、笑顔でごめんと言えたらその人は聖人並みの心を持っていると思う。

 ちなみに聖人でも何でもない私は「うるさい」とひと睨みして後は無視した。

「おはよう俊君、お待たせ」

 こっちには笑顔で対応する。

 一緒に学校に行くと目立って嫌だけれど、一応守ってくれるためについて来ているのだし、俊君自体はそこまで嫌いではない。

 ……まあ、苦手な部類ではあるけれど。

「あ、おはっ、おはよう聖良先輩」

 何故か笑いを堪える様に挨拶を返された。

 何が可笑しいんだろうか?

 訝しむと、吹き出して笑われた。

 何故?

「す、すみません。いや、聞いてたけど、本当に二人って仲悪いんだなぁと思って……」

 そうしてまた軽く笑われる。

 笑われる理由は分かっても、その理由が納得いかなくてムスッとしてしまう。

 私の隣では愛良が諦めの様なため息をついていた。

 私と零士の仲を少しでも良くしようとでも思っていたのだろうか?

 そして無理そうだと思って諦めた、と。

 諦めて正解。

 零士と仲良くなるなんてありえ無い。

 寧ろ考えただけで鳥肌が立つので止めてください。

 ホント、マジで。

 しばらく笑っている俊君を零士も不機嫌そうに睨んでいる。

 今このときばかりは私と零士は同じ気持ちでいる様だけれど、それすらも何だか嫌だ。

 そんな気分を吹き飛ばす様に、私は少し大きな声で言った。

「なんでも良いから、早く学校行こう!」

 愛良は「そうだね」と頷き。

 俊君はまだ少し笑いながらのん気に「はーい」と答え。

 零士は無言な上に反対もしない。

 そうして私達はやっと最後の登校を始めた。

***

「おはよー」

「それでさー、昨日……」

 そんな声が飛び交う校舎内。

 一日経って少しは慣れたのか、今日は昨日ほど私達の周りに人が集まって来ない。

 いても二、三人で、それすらもずっと付いてくるわけじゃなかった。

 昨日と同じ状態を覚悟していた私は、拍子抜けした部分も少しあったけれどとりあえず安心したんだ。

 でもそれは二年の教室がある二階に上がるまでの事だった。

 別に二階に上がった途端周りを囲まれるなんて事があったわけじゃない。

 でも明らかにヒソヒソと何事かを囁きあいながらこちらを見ている人が多かった。

 ……何?

 なんか、すっごい居心地悪いんだけど。

 何を話しているのかは聞こえない。

 ただ、私と俊君どちらも同じくらい見られている事だけは分かった。

 とりあえず、教室で有香達に聞いてみよう。

 そう思った頃だった。

 教室に着く前に、この状態の理由を教えてくれる人物が現れた。

「あ、香月おはよー。あのさ、お前そのイケメンと付き合ってるってマジ?」

 挨拶と共にとんでもない事を言ってくれたのは去年同じクラスだった男子だ。

 忍野おしの 奏都かなと

 何故か飴を沢山持っていて、よくみんなに配っている。

 その為あだ名は“飴屋”だ。

「なっ、え? はぁ⁉」

 予想もしていなかった言葉にただただ狼狽うろたえる私。

 その隙に俊君は私の肩を抱いて「あ、そう見えますか?」なんて更に誤解を招く様な事を言っている。

 このままじゃ誤解が加速する!

 そう判断した私は勢いよく俊君を引っぺがして大声で否定した。

「無い無い! そんな事絶対無い! 付き合ってなんか無いから!」

 注目を浴びるのなんか気にせず、二年の教室全てに聞こえるんじゃ無いかというくらいの声量で叫んだ。

 私の大声に驚いたのか、ざわざわとしていた周囲が一瞬シン、と静まる。

 次いで聞こえてきたのはこんな声。

「あ、そうなんだー」

「ほら、やっぱり違ってたじゃない」

「でも彼の方はまんざらでも無いんじゃない?」

 そんな周囲の言葉に、忍野君が言った事と同じ様な話をさっきからヒソヒソ話していたんだな、と理解した。

 ちょっと待って。

 この噂、どこまで広がってるの?

 って言うか、それ以前に何でこんな噂が広まってるの⁉

「あ、そうなんだ。まあそうだよな。流石に昨日の今日で付き合ってるは早ぇか」

 と、忍野君はあははと笑う。

 とりあえず、この辺りにいる人の誤解はとけたみたいで良かった。

 一先ず安心したけれど、安心したままではいられない。

 この噂の出処を確かめないと。

 早急に!

「それにしても、そんな根も葉もない噂流してるの誰よ?」

 噂を流した人物に芽生えた怒りから声がワントーン低くなる。

 それを感じ取った忍野君は少し身を引いた。

「根も葉もないってわけでもないぜ? 昨日鈴木の事振ったんだろ? そのときのことが噂になってるんだぜ?」

「はあ⁉」

 って事は噂の出処は鈴木君⁉

 そんな言いふらす様な人だとは思わなかったけれど。

 って言うか、自分が振られた話を言いふらすのもどうなの?

 鈴木君の人格を疑いかけたところで、忍野君が慌てて付け足してくる。

「あ、言いふらしてるのは鈴木じゃないぜ? なんか昨日応援してくれた友達に愚痴混じりに報告してたのを、原田はらだに聞かれたらしいんだ」

「……原田って、原田 明里あかりさん?」

「そうそう」

 その名前に思わず頭を抱えたくなった。

 原田 明里。

 同じクラスになった事は無いけれど、噂好きの女子として有名な子だ。

 話しやすいので私も何度か話したことがある。

 悪い子では無いんだけれど、面白いと思った事は誰にでも言いふらしてしまう。

 その所為で仲の良い友達とケンカになった事もあって、少しは自重する様になったみたいだけれど……。

 仲の良い友達の以外の人のこととなると今までとあまり変わらない様だった。

 実際、昨日のことなのに今の段階でここまで噂が広まっているなんて……。

 原田さんが暴走した結果としか思えない。

 今日は一日この噂を否定し続けなくちゃならないのか……。と遠い目になる。

 いや、それよりも今日一日で否定しきれるんだろうか?

 出来なかったら、明日からは来れないんだから噂は広まる一方なんじゃ……。

 いやいや、でもそんないつまでもいなくなった人の噂なんてしてるほど皆暇じゃないよね⁉

 と結論を出したけれど、今日一日否定し続けなければならないことは確実だった。

「ああもう、勘弁してよ……」

 片手を額に当ててうなだれる。

 すると忍野君が同情のこもった眼差しを私に向けて拳を突き出してきた。

「あー、とりあえずこれ食って元気出せ?」

 顔を上げて手のひらを出すと、その上にコロンとふたつの飴が落とされた。

 忍野君がいつもくれるべっ甲飴――ではなく、今日は珍しく甘いミルクの飴だった。

「良ければそいつにも」

 と俊君に軽く視線を送る。

 すると俊君は私の手から飴を一つつまんで「ありがとうございます」とお礼を言っていた。

「じゃあ今日は大変だろうけど頑張れ! 俺も出来るだけ皆に違ってたって言っておくから」

「ありがとう、お願いね!」

 去って行く忍野君に期待の眼差しを存分に向けて、私達は自分の教室へと向かった。

 でも私の廊下での否定の叫びはやっぱり教室内までは聞こえなかったみたいで……。

「あんた達付き合ってるって本当なの⁉」

 教室に入った途端、有香に血走った目で詰め寄られた。

 ちょっと、マジで怖い。

 有香の迫力に気圧され少し距離を取っているものの、他のクラスメイトも気になっているのかジッとこっちを見ている。

「まずハッキリ言うけど、付き合ってないから!」

 さっきみたいに俊君が余計な行動をする前にそれだけは告げておく。

 でないと変に誤解されてしまいそうだ。

「じゃあ、何でこんな噂が流れてるのよ?」

 ハッキリ否定したことで少し落ち着いたらしい有香がジトリとした目で見つめる。

 その目が「ちゃんと説明してくれるよね?」と語っていた。

 それから担任が来るまでみんなの質問に答える羽目になった。

 聞いてみるとキスしてたのを見たとかありもしない噂まであって、本当にもうどうしてくれようかと頭を抱えてしまったり……。

 とにかく、今日一日こんな様子なのかと思うとため息が絶えなかった。

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