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第6話 護衛のイケメン〜二日目〜 後編

 階段を一つ降りて、そこからすぐ近くの体育館を突っ切る。

 そして鍵がかかっていないドアを開け、外に出た。

 体育館にはバスケとかで遊んでいる男子生徒がいて騒がしかったけれど、そこを出てドアを閉めると一気に人の気配が薄くなった。

 はぁ〜。

 こんな穴場があったとは……。

 さっき人気の無い場所を探していた私は思わず関心していた。

 ここが目的の場所だったのか、鈴木君は足を止め私に向き直る。

「あの、さ……。転校するって話、本当なの?」

「あ、うん。来週からね。だからこの学校に来るのは明日で最後かな」

 実際に口にしてみて、寂しい気持ちが湧いてきた。

 ああ、そうか。

 もう明日で終わりなんだよね。

 今更ながら実感する。

 でもそんな私の内心なんて知るはずの無い鈴木君は会話を続けた。

「そうなんだ……。城山学園だっけ?」

「うん」

「転校やめる事って出来ないの?」

「それは、無理っぽいかなぁ……」

 最初のオドオドした様子は何だったのかと思える程に、鈴木君は次々と質問をしてくる。

 ていうか、話って結局何なんだろう?

 質問ばっかりなんだけど。

 そんな疑問を浮かべると、鈴木君は突然黙り込んだ。

 うつむいて、数秒。

 そして何かを決意した様に顔を上げ同時に言葉を発した。

「行かないで欲しいって頼んでも、無理?」

「は?」

 何を言ってるんだこの眼鏡男子は?

 無理に決まってるじゃん、としか言いようの無い質問に眉を寄せて訝しむ。

 しかも私が何かを言う前に、爆弾発言をしてくれた。

「俺、香月さんの事が好きなんだ!」

「……」

 言葉が出ないほど、驚いた。

 いや、だって。

 まさか告白されるとは思って無かったし。

 あ、でも良く考えればこの場所――体育館裏――に連れてこられた時点でそういうシチュエーションだった?

 っていうか、これ、初告白なんだけど!?

 どうすればいいの?

 付き合うの?

 いやいや、鈴木君は転校しないで欲しいって言ってるから転校やめればいいの?

 でもそれ無理だし!

 というか、まず第一に私は鈴木君の事そういう風に見た事無いんだけど⁉

 もう何が何だか分からず混乱状態。

 何を言って良いのかも分からなくて黙っていると、突然背後から聞き覚えのある声がした。

「まぁーったく。ちょっと離れただけでこんな事になっちゃってー」

 場違いな程明るい声。

 驚いて振り返る前に、声の主は私の腰を引き寄せ体をピッタリとくっつけた。

 んなっ⁉

 声を掛けられるまで全く気配を感じ無かったのにもビックリだったけれど、いきなりこんな風に抱き寄せられた事はもっと驚いた。

 だって仕方ないでしょ。

 ちっちゃい子供の頃は別として、男の子とこんなに近付いた事なんて無いんだから!

 金魚の様に口をパクパクさせて、私は隣の俊君を見上げる。

 頭の片隅の冷静な部分で、私今アホみたいな顔してるだろうなぁと思いつつ、同時に叫びたい心境だった。

 何で俊君がここに⁉

 いや、それよりもどうして私を抱き寄せたの⁉

 その疑問を口にしたいのに、驚きすぎて声が出ない。

 そんな私を見る事もせず、俊君は人を食った様な笑顔で鈴木君に視線を向けていた。

「邪魔しちゃってスミマセン。でも聖良先輩には決まった人がいるので、告白とかしても無駄ですよ?」

 これまた何を言っているのか。

 私、別に決まった人なんていないんだけど?

 それどころか彼氏いない歴=年齢なんだけど⁉

 もはや何処から突っ込めば良いのか分からない。

 結果として黙っていると、鈴木君と俊君の会話がおかしな方へ向かっていく。

「……決まった人? 君の事だとでも?」

「そこはご想像にお任せしますよ?」

 と言いながら私の腰を抱く手に力が入る。

 ちょっと待てぇーーーい!

 これじゃあ私の恋人は俊君だって言ってる様なものじゃない。

 違うでしょ⁉

 ただの護衛でしょ⁉

 何をトチ狂ってるのよ俊君ー⁉

「なっ⁉ ちがっ!」

 何とか声は出たけれど、言いたい事が多すぎてちゃんとした言葉にならない。

 そうしているうちに男子二人はどんどん話しを進めていく。

「嘘だ……」

「いいや、本当の事ですよ?」

 絞り出したような鈴木君の言葉に、余裕の笑顔で答える俊君。

 その後鈴木君はうつむきしばらく黙っていると思ったら、突然体育館のドアを開けて走り去って行った。

 呆然と鈴木君を見送った私は、ハッとして俊君から離れた。

「何であんな嘘ついたの⁉ 第一、どうしてここにいるの?」

 言いたい事は多々あるけれど、取り敢えず特に気になる事を叫ぶ様に聞いた。

「嘘じゃないですよ? それとここには、俺もトイレ行く振りして追ってきました」

 悪びれもなくニッコリと言う俊君に私は開いた口が塞がらない。

 でも待って。

 俺もトイレ行く振りしてって言った?

 “俺も”って事は私がトイレ行く振りして俊君から離れた事バレてる⁉

 少し焦ったけれど、俊君はそれについて追求してくる様子はない。

 それならこのまま誤魔化しても良いよね!

 内心アタフタしつつ、私の嘘がバレてる事は外野にポーンと投げ捨てた。

 そしてもう一つ、聞き捨てならない言葉の方を追求する。

「……嘘じゃないってどういう事? 私俊君と付き合った覚えもないし、誰か他に彼氏がいるわけでもないよ?」

 嘘や誤魔化しは許さない! という気分で私は俊君を軽く睨んだ。

「そんな風に睨まないで下さいよ、怖いなぁ〜。あとそれについてはまだ詳しい事は言えないんですよ。引っ越しが終わったら、田神先生から話があるはずなんで」

 だから今は追求するなと暗に言った俊君に、私は憮然とした面持ちでため息を吐いた。

 この様子じゃあこれ以上話してはくれなさそうだ。

 納得はいかないけれど、明後日には分かるって言ってるんだし、そのときにちゃんと聞くしかないみたい。

 何よりもう昼休みが終わる頃だ。

 そろそろ予鈴がなってしまう。

 取り敢えずは私の嘘が誤魔化せた事を良しとするだけで満足するしかないか。

 そう判断した私は、力無く「教室戻ろうか……」と口にした。

 その後は特に何事もなく授業を受けて過ごした。

 まあ、休憩時間の度に俊君に巻き込まれて囲まれるのは最早定番だったけれど。

 それでも、放課後までは特におかしな事もなく時間が過ぎていった。

 昨日と同じように、俊君に促されて愛良達を待つため校門まで行くと、丁度俊君の携帯が鳴った。

「あ、和也先輩だ」

 そう言って電話に出た俊君は、何度か相槌を打ち眉間にシワを寄せる。

「ああ、そうですね。分かりました。じゃあまた後で」

 そう言葉を終えて電話を切った俊君。

 私は、何だったの? と聞こうとしたが、その前に俊君に肩を抱かれ引き寄せられてしまった。

「ちょっ! 何するの⁉」

 ただでさえ目立つ俊君にくっつかれて更に注目を浴びてしまう。

 人目があるのに、勘弁してよ!

 そう思って叫んだけれど、俊君の普段とは違う硬い声に遮られた。

「行きますよ。愛良ちゃん達、誰かにつけられてるみたいだから」

「え?」

 私にだけ聞こえる様に発せられた言葉は予想外過ぎるもので、私は理解するまで少し時間がかかった。

 その間にも俊君は歩き出し、詳しく話してくれる。

「学校を出て少ししてから気付いたらしいです。撒くために回り道をするから、合流出来ない、と」

「は、え? はあ?」

 少し時間はかかったけれど、言ってる事の理解は出来た。

 言ってる事だけは。

「ちょっと待って。取り敢えず言ってる事は分かったよ? でも、何で愛良が誰かにつけられるなんて事になるの?」

 そう、まずそこからして分からない。

 なのに俊君は、信じられないものを見る様な目を私に向けた。

「……愛良ちゃんや聖良先輩が狙われるって事は知ってますよね? だから俺たちが護衛として来てるんだし」

「それは、まあ……」

 でも護衛なんて本当に必要なのかな? とか正直思っていたので歯切れの悪い返事になる。

「なら、つけられてるくらいは寧ろ普通だと思ってくれないと」

 その言葉に私は今度こそ本当に声が出なくなった。

 狙われるって事は確かに聞いた。

 でも正直そんなに深刻だとは思っていなかった。

 しかもつけられるだけで普通とは違うのに、寧ろそれが普通だと思えなんて……。

 サァ……と、血の気が引いていく様な感覚がした。

 思っていた以上に深刻な状態だという事。

 そして今がどの程度危ない事態なのか、その判断が私では出来ない事にとても不安を覚えた。

「……愛良は、大丈夫なの?」

 思わずそう問いかけた。

 少し声が震えてしまったかもしれない。

「ん? ああ、大丈夫ですよ。つけられてるだけだから、撒ければ取り敢えず害はないし和也ならちゃんと撒く事が出来るんで」

 さっきまでの硬い声とは違って普段のヘラヘラとした調子の答えに少し安堵する。

 でも取り敢えずって事は、明日も大丈夫って保証があるわけでもないって事だ。

 それに石井君なら大丈夫って言うけど、その自信の根拠を知らない私からすればやっぱり不安だった。

 無事に愛良に会えるまで安心は出来そうにない。

 私は今どこにいるかも分からない愛良の所へ駆けつけたい気持ちを抑えながら歩いた。

 ……取り敢えず、腰の俊君の腕は離してもらって。

***

 ソワソワキョロキョロと、私は落ち着きの無い様子を隠しもせず家の前で愛良達を待っていた。

 俊君には「暑いんだし中で待ってたら?」と言われたけれど、少しでも早く愛良の無事な姿を見たくて外に出たままだ。

 そんな私に付き合って外にいる俊君には悪いと思うけれど、きっと中で待っていても落ち着かなくて外に出て来てしまうと思う。

 撒く為に回り道をすると言っていたから遅くなるのは当然だろうけれど、待っている方としてはその時間がもどかしい。

 スマホで時間を確認する度に電話をしようかと迷ってしまう。

 でも逃げてる最中なら邪魔になるかな? と考えてしまって結局電話は出来ないでいた。

 そんな風に待つ事二十分弱。

 いつもとは反対の道の向こうから愛良達の姿が見えて来た。

「愛良!」

 名前を叫んで、思わず駆け出した。

「お姉ちゃん!」

 愛良も走って近づいて来る。

「ごめんね? 心配かけちゃった? お姉ちゃんの方は大丈夫だった?」

 一番にそう言った愛良はいつもと変わりなく、何か怖い目にあった様な感じは無かった。

 それを見て私はやっと心から安堵した。

「無事なら良かった。私の方は何も無かったから大丈夫だよ」

 つけられたのは愛良なのに、何も無かった私の方を心配するなんて。

 本当、愛良はお姉ちゃん思いの良い子だなぁ。

 なんて思いながら苦笑する。

 そんな私達の横で俊君達が短い会話をしていた。

「和也先輩、首尾は?」

「問題無い」

 首尾は? なんて、無事を確認する言葉としてはおかしいなと思ったけれど、愛良が無事だった事に安心していた私は特に気にとめる事は無かった。

 その後は家の中に入り、俊君達は「また明日〜」と軽い調子で帰っていった。

 お母さんは出掛けていてまだ帰って来ないみたいだったので、私達はそのままリビングで冷たい飲み物片手に話をし始める。

 愛良がどんな目に遭ったのか、ちゃんと詳しく聞きたかったし。

「でも本当に大丈夫だったの? つけられるなんて……撒くのだって簡単じゃなかったんでしょう?」

「……あー……それはね……」

 私の質問に何故か目を泳がせる愛良。

 言葉も歯切れが悪い。

「何? やっぱり何か怖い目にあったの?」

 愛良の様子は何かを隠している様にも見える。

「え!?」

 ビクッと肩を震わせ驚くのを見て、私はやっぱりと確信した。

「怖い事、あったのね? 何があったの? 教えて?」

「いや、怖い事って言うか……。まあ、ある意味怖かったけど……」

 続けた言葉も歯切れが悪い。

 私は黙って愛良を見る事で先を促した。

 すると観念したかの様て、困った笑みを浮かべて話してくれる。

「まず結論から言うと、つけられた事自体は怖く無かったんだよ? 石井先輩がそう言っただけで、あたしは気付かなかったから」

 ふむふむと頷きながら、なら何が怖かったの? と疑問を浮かべる。

「その後俊先輩に電話したと思ったら、突然お姫様抱っこされてしっかり掴まってろとか言われて……」

「ふむふ……え?」

「そこからが怖かったの。人一人抱き抱えてるとは思えない速さで走るし、橋の上から河原に飛び降りたりするし」

 と他にも色々危険なルートを走ったらしい。

 私はもう開いた口が塞がらない。

「もう本当、何度も気絶しそうになったよ」

 そう締めくくった愛良。

「……大変だったね……」

 私は言葉を探して、結局それしか言えなかった。

「大変なんて言葉じゃ片付けられないよー」

 と愚痴りながら、愛良はグラスの麦茶を一気飲みする。

 私も数回喉を鳴らしながら飲み、プハーと息を吐いた。

 そのまま数秒黙っていると、愛良が突然神妙な顔つきで口を開く。

「あのさ、お姉ちゃん……」

「ん? 何?」

「石井先輩って……ううん、零士先輩達って…………人間、なのかな?」

「は?」

 人間じゃなきゃ何だって言うのよ?

 その言葉は口にせずとも表情で伝わったらしい。

 愛良は真剣な顔で説明する。

「本当にね、あたしを抱えてるとは思えない程の速さだったの。石井先輩男だし、体鍛えてるみたいだし、力は強いと思うよ? でも、それだけじゃ説明出来ないような動きをしてたの」

 淡々と、でも何とか分かって欲しくて必死に話してるのが伝わる。

 でも、実際に見ても体験もしていない私には本当の意味で理解する事は出来なそうだった。

 それが分かっているのか、愛良は話の人物を零士へと変える。

「それに、零士先輩と初めて会った時の事覚えてる?」

「初めてっていうと……誘拐しようとした時の事?」

 思い出し、無意識に顔をしかめる。

 嫌いな零士の事は思い出すだけでも良い気分じゃ無い。

 それを隠すつもりも無いし。

 そんな私を見て少し苦笑した愛良はすぐに真剣な顔に戻った。

「零士先輩から逃げて、家の前でもう一回会った時さ。……零士先輩、離れてた場所から突然目の前に現れなかった?」

「っ……!」

 その事も思い出し、言葉を詰まらせる。

 ありえないと思った。

 突然目の前に来るなんてありえない、理解出来るわけない。

 だから無意識に忘れようとしていた。

 あれは何かの見間違いだったんだと思う事にして。

 このまま、何もなければ本当に忘れていたと思う。

 でも今愛良に言われて思い出し、それも叶わなくなる。

 あのときの不可思議さを、あやふやなまま終わらせて忘れる事はもう出来ない。

 一瞬すっとぼけようかと思ったけれど、愛良の真剣な目がそれを許してくれそうになかった。

 私は諦めて、グラスに視線を落としながら答えた。

「……うん、そうだったね……」

 カラン、と氷の音が嫌に大きく聞こえる。

 私の返事を最後に沈黙が続く。

 零士達が人間じゃないかもしれない。

 そんなあり得ないはずの事が、何故か現実味を帯びていた。

 あり得ない。

 でもそれだと零士の人間離れした動きを説明出来ない。

 そんな考えがグルグル繰り返し頭の中を巡る。

 どれくらいの沈黙だったか。

 しばらくして、最後に愛良がポツリと呟いた。

「もしかして、零士先輩が言った通り吸血鬼だったりして……」

 私はその言葉に何も返せなかった。

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