取りあえずその日は受け入れの準備もあるとかで田神さん達は帰って行った。
愛良一人ならこのまま連れて行っても良かったんだ。と言った赤井は、帰り際私に吐き捨てた。
「お前がいなけりゃ楽だったのに」
はん! 楽じゃなくて結構!
誘拐まがいなことする男に愛良を渡せますか!
何故か私も城山学園に行くことになってしまって呆然としたけれど、愛良一人を行かせることにならなくて済んだんだから良しとしよう。
……それにしても、次の土曜には城山学園の寮に入って、月曜には転入するとかどれだけ急なの?
時期も中途半端でおかしいと思ったけれど、何その性急さ! あり得ないでしょ⁉
手続きとかどうなってるんだろう?
てか、今の学校の転出手続きはどうするの?
こっちでやるの?
リビングのソファーに座ったまま、私は頭の中で文句やら疑問やらを延々と考えていた。
「お姉ちゃん、取りあえず着替えて来よう?」
そう言って肩を叩かれハッとする。
もう客は帰ったのだし、お母さんは夕飯の準備を始めている。
疑問や不安は沢山あるけれど、いつまでも座っていても仕方がない。
大体私達はまだ制服のままだ。
「そうだね。引っ越しの荷物も早めに取り掛かった方が良さそうだし」
苦笑気味に言って、私達はそれぞれの部屋に戻った。
今日は火曜日なので三日くらいしか準備出来る時間がない。
着替えは確実にいるとして、あとは何が必要なのか……。
田神さん、必要なものリストとか作って持ってきてくれれば良かったのに。
仕方がないので、愛良と相談しながら「夕飯出来たわよー」というお母さんの呼びかけがあるまで荷造りをしていた。
***
翌朝、私は顔を洗ってもまだ眠くて寝ぼけ
昨夜取りあえずワンシーズン分の荷造りを終えると、ふと思い立って友達にSNSでメッセージを送った。
少し遅い時間だったけれど、親しい友達にくらいは転校することを伝えておいた方がいいだろう。
急な話だから仕方ないとはいえ、明日みんなと一緒に知らされた場合「何でもっと早く知らせてくれなかったの⁉」と責められるに決まってるから。
するとみんなから心配のメッセージが返って来た。
『何で急に転校なんてことになったの⁉』
『土曜には引っ越しって、お別れパーティーも出来ないじゃない!』
それに対して更に返事を送ったりとやっていたら寝るのが遅くなってしまったんだ。
隣でご飯を食べている愛良も口数少なく半目状態なので、きっと私と似たような理由で寝不足なんだろう。
黙々と食べていると、愛良が「あ」と何かを思い出したように声を出した。
「そういえば、お父さんには何て説明するの?」
「あ、そうだねぇ……」
言われるまで大ごとに思っていなかったけれど、娘の通う学校が変わるのだから結構大ごとだ。
お父さんにも知らせないわけにはいかない。
お父さんは海外出張中のため去年から家にいない。
長期休暇で一度家に帰っては来たけれど、出張期間が五年なのでまだまだ先は長い。
国際電話なんて気軽に出来ないし、時差もある。
昨日急に決まったことなんてすぐには連絡出来るわけがない。
でもやっぱり言わないわけにはいかないし、いつ連絡しよう……?
そう考えていると、会話を聞いていたお母さんがキッチンから口を出してきた。
「お父さんにはお母さんから連絡するわ。あなた達は引っ越しの準備が大変でしょ? とりあえず、どうしても必要なものだけはちゃんと準備しておくのよ?」
お父さんへの説明という問題が早々に解決するとともに、心配そうなお母さんのお小言が入った。
「お母さん、それ昨日も聞いた」
「そうそう。それに一番必要そうな着替えの類は昨日全部準備し終わったもん」
私の呆れ気味な声に愛良も続けた。
そんな風に話をしながら朝ごはんを食べ終える頃、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。
「こんな朝から誰かしら?」
洗い物をしていたお母さんが愚痴っぽく言って玄関に向かう。
私はお隣さんとかかなぁ、と思って気にも留めずに食器を片付け学校へ行く準備を始めた。
愛良も食べ終えて食器を片付けていると――。
「聖良ー、愛良ー。お客さんよー」
というお母さんの声が玄関から届いた。
こんな朝っぱらから私達に用事のある客って誰だろう?
疑問に思って私は愛良と顔を見合わせる。
お互いに首を傾げつつも、あまり時間もないので鞄を持って玄関に向かった。
「げっ」
玄関に立っていた人物を見て、私は思わず頬を引きつらせる。
何で朝から嫌な奴の顔を拝まなくちゃならないのか。
どんなにイケメンでもその性格で美男子度は確実に減っていると思う。
というか、何で赤井がここにいるんだろう?
赤井も私の顔を見てあからさまに顔をしかめていた。
嫌な奴の顔をこれ以上見ていたくなくて、私は隣にいたもう一人の男の子に視線を移す。
そう、来客はもう一人いたんだ。
赤井よりも頭一つ分低い身長の男子。
顔立ちは、今まさに子供と大人の間の様な中性的なつくりをしている。
焦げ茶色の髪をすっきりとショートにしていて、人好きするような微笑みを浮かべていた。
見た目から何となく年下だと思う。
赤井と一緒に来たってことは、この子も城山学園の生徒なのかな?
白のワイシャツに、暗めの赤チェック柄のズボンを履いている。
赤井も今日はワイシャツだけど、ズボンは昨日と同じ学ランのものだ。
制服が違うってことは中学生なのかな?
そんな風に見ていると、彼はニッコリ笑って自己紹介をしてくれた。
「初めまして、愛良さん、聖良先輩。僕は城山学園中等部三年の
そしてペコリと頭を下げる浪岡君に私は可愛いな、と思った。
「あ、あたしと同い年なんだ? こちらこそよろしく、浪岡君」
自己紹介を聞いた愛良がにこやかにそう返す。
そして、続けて疑問をぶつけた。
「それにしてもどうしてあなた達がこんな朝から?」
そうそう、それが一番の疑問なんだ。
私も答えを求めて二人を見る。
すると赤井は更にムスッと不機嫌な顔になる。
これでは答えてくれそうにない。
それを浪岡君も感じ取ったのか、困り笑顔で説明してくれた。
「僕たちはお二人の護衛なんです」
『は?』
私と愛良の声が重なる。
「護衛?」
そしてそれまで黙っていたお母さんが聞き返した。
「昨日田神先生が話したと思いますけれど、城山学園は特別な――というか、特殊な人たちが集められています。そんな特殊な人たちを狙っている人もいるんです。だから学園で守らなくてはならないんですが……」
ああ、昨日の話で一番胡散臭かったやつか。
今聞いても胡散臭いな。というか、更に胡散臭いんだけど……。
特殊って言うのが一番訳が分からない。
目の前の二人はそういう何か特殊な部分があるのかも知れないよ?
でも私と愛良も特殊だっていうのが信じられないんだもん。
そう思って軽く眉を寄せたけれど、取りあえず黙って浪岡君の話を聞いていた。
「それで、昨日の時点で愛良さんと聖良先輩も城山学園に転入することが決まったので、お二人も狙われる可能性があるんです。なので僕たちが護衛に来ました」
この説明で理解してもらえたかな?
と言うように浪岡君は上目づかいで私達の様子を見る。
ちょっと何それ、可愛いんだけど!
……っと、それはまず置いておこう。
とりあえず二人が来た理由は理解出来た。
胡散臭いし、不信感ありまくりだけどとにかく分かった。
でも、同じ城山学園の生徒である浪岡君たちは狙われたりしないのかとか。
それ以前に二人は学校行かなくていいのかとか。
疑問は他にも山ほどある。
でも、それを全て聞いている時間はない。
もういつもなら家を出て学校に向かっている時間だ。
このままじゃ遅刻しちゃうよ。
とにかく家を出ようか、と声を上げようとするとお母さんが先に話し出した。
「色々聞きたい事はあるけれど、貴方達はこの子達が城山学園に転入するまで守ってくれるって事なのね?」
「はい。僕達は学園を休む事になりますが、水、木、金の三日間だけなのでなんとかなります。愛良さん達の学校の方にも迷惑は掛けないようにしますから……」
何とか了承してくれないかと浪岡君は言葉を濁す。
そんな不安気な浪岡君に、お母さんは「分かったわ」と簡潔に答えた。
「守ってくれるというなら断る理由はないもの。この子達のことよろしくお願いするわね」
そう言うと、お母さんは早々と私達を送り出した。
なんか、追い出す様な感じにも見えるんだけど……。
浪岡君の話を全て納得したわけじゃなさそうだし……。
朝から忙しいとか言ってたし、やる事が沢山あってイライラしてたのかな?
そう考えると無理もないか、と思う。
私達の転校が急に決まったんだ。
しかも今週末と言うあり得ない早さで。
色んな手続きとか手配とか、沢山あるんだろう。
家を出た私達は、このままだと遅刻するので急ごうと早足で歩きだした。
そして数分も経たないうちに赤井が仏頂面のまま口を開く。
「ったく、めんどくせぇ……。お前が昨日しゃしゃり出て来なければこんなことしなくて済んだのによ」
そう言って私を睨む。
ムカッ!
何? 私が悪いって言いたいわけ?
「しゃしゃり出たくもなるでしょう? あんた達強引に話を進めるんだもん。大体そっちが勝手に来たんでしょ? こっちは護衛なんて頼んで無いんだけど!!」
唾が飛びそうなくらいの勢いで私は一気に言った。
本当に唾が飛んでもかまうもんか。
むしろかかってしまえ、この性悪!
大体護衛なんて本当に必要なんだろうか?
だって、学校行って帰ってくるだけだよ?
それに城山学園の生徒が狙われるっていうなら、私達より赤井達の方が狙われるんじゃないの?
怒りを露わにして赤井を睨み返しながらそんなことを考えていると、浪岡君が私達をなだめた。
「まあまあ、二人とも落ち着いて下さい。零士先輩は往生際が悪いですよ」
癒される様な笑顔を浮かべつつも赤井をたしなめる。
「ついでとは言え聖良先輩も愛良さん同様特別な人です。大体もう決まった事なのにグダグダと……女々しいですよ?」
可愛い笑顔のまま結構
……あれ? 浪岡君、もしかして中身は黒い?
「お姉ちゃんもだよ? 今のは赤井先輩が悪いと思うけど、守ってくれるって人にそんな風に険悪じゃあダメでしょ?」
浪岡君に続く様に愛良も私をたしなめる。
でも私は守って欲しいなんて頼んでない!
と口にしそうになってグッと喉に力を入れる。
分かってる。そういう問題じゃない。
こっちが望んでいる訳じゃないし、彼らにとっては義務でしかないけど、それでも守ってくれるんだ。
感謝はしても、嫌ってばかりいるのは良くない。
……分かってる、分かってるよ。
赤井と二人、年下に叱られて押し黙った。
チラリと赤井を見ると丁度目が合い、二人同時にフン! と鼻を鳴らして顔を背ける。
分かってるけど、嫌いなものは嫌いなのよ!
そんな私達の様子に浪岡君が軽く溜息を吐いた。
「この様子じゃあ、僕が聖良先輩に付いた方が良さそうですね」
浪岡君の言葉の意味を聞くと、どうやら護衛は同じ年ということで浪岡君が愛良に、赤井が私に付くことになっていたらしい。
当然の様に赤井は嫌がったらしいけど、学校に行くんだから同じ学年の方が都合がいいという事で田神さんが黙らせたんだとか。
でも、今の私と赤井の様子を見て浪岡君は一緒にしない方がいいと判断したという事だった。
良かった! そう判断してくれて!
一日中――もしかしたら三日間ずっと、この綺麗な顔なのに中身は最悪な顔面詐欺男と一緒に過ごすことになっていたら地獄だった。
愛良は赤井で良いのかな?
というのは気になったけれど、愛良は私ほどには赤井のことを嫌ってはいないみたいだった。
攫われかけたのは自分なのに、結構平然と話とかしてるよね……。
赤井が同行することが決まって「よろしくお願いします」と笑顔で言う愛良を見て複雑な気分になる。
愛良……もうちょっと警戒心持とうよ。
愛良を心配するのと同時に、私は愛良の分も赤井を警戒することを心に決めた。