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第14話 イクリプス

 そうして準備室いまここに──御堂の夢のなかに至る、というわけです。


「くそ……なにがどうなってる……」


「さて、どうなってるのかしらね」

「まあ、ひとつだけ確かなのは」

「私たち・・はあなたをゆるさない、ってこと」


 彼の正面と左右、三人のが順に答える。

 薬によって認知機能が低下している上に、自身の根城で油断しきった彼の夢は、無防備そのもの。

 他者の夢の内側に入れ子のように夢を潜り込ませるのが潜夢ダイヴなら、今は御堂の夢を内側から私の夢で侵蝕し、支配している状態。


 ──蝕夢イクリプス。そう呼びます。


「……魔女め……だが忘れるな、画像データは俺の手の内にある……」


 この状況でも、引きつった笑みを浮かべながら優位を主張する。見上げた図太さメンタルは、まるで異世界むこう小鬼ゴブリンのよう。


「じゃあ、それを保存してるパソコンのログインパスワードを教えて?」

「ばかな、教えるものか。……そうだ。もし俺に何かあれば、明日には画像データが自動投稿で全世界に公開されるぞ。解除できるのは俺だけ──」


 露骨な嘘の匂いが鼻につきます。

 データ公開の話はどうせいま思いついたのでしょうけど、万に一つの可能性がある以上、彼女たちの尊厳は守らねば。

 わたしはアンティーク椅子から立ち上がって、御堂の正面に立っていた一人目わたしの背後に歩みより、肩越しに同じ顔を並べて彼を覗き込む。


「いいから、お、し、え、て」


 そして囁きながら一人目わたしの肩を抱くように両腕をまわし、彼女の前髪メカクレを両サイドに除けた。顕わになる、なめらかな白い額と深淵そこなしの黒い瞳。


「クッ……!」


 目を逸らそうとする彼の顔面を、左と右のわたしの手が挟み込むように固定ホールドし、さらに指二本でまぶたをこじ開ける。


 ──蠱惑のチャーム魔眼アイズ


「……言わないッ……俺は地位ちからを、手放さないッ……」


 わたしの瞳の深淵に見入り、魅入られながら、いまだ抵抗する凄まじい執着心。けれどもここは私の支配域テリトリー


『パスワードは“3dosama315ミドーサマサイコー”だ』


 恥ずかしい文字列を甲高い声で朗々と読みあげたのは、彼の右の頬に斜めに開いた第二の口でした。 


「……なんだ、これ……」

「フフ、いい子ね。それでぜんぶ?」

『ログインもメールもSNSもぜんぶ同じパスワード。あと自動投稿の話は大嘘だ』

「やめろ、嘘だっ……いや、嘘じゃなくてっ……」


 混乱する彼の目の前で私たち・・・は次々に紫煙となって霧散し、前髪を解放した一人目わたしだけが残る。その背に、ばさりと漆黒コウモリの翼を拡げ。


「さあ、もうあなたにアドバンテージはない。あとは報いを受けてもらうだけ」


 右の翼の刃のごとき尖端を、喉元に突き付ける。

 彼の口から「ひッ」と息が漏れた。たとえ悪夢の中かも知れないと思えていても、確信を得られなければ死への本能的恐怖が失われることはない。


「待てまて待ってくれ! 聞いてくれ!」


 降参だとばかりに両手を挙げ、必死に懇願しはじめます。


「悪いのは俺じゃないんだ、どんなに良い絵を描いてもコネと金のあるやつらに勝てない、この世の中だ!」


 嘘の匂いはしないから、それは彼の本心なのでしょう。本当にそういう世界なのかも知れないし、己の力不足を転嫁しているだけかも知れない。

 でも、そんなことはどうでもいい。


「──だからコネを作るために綾さんたちを利用した? あなたにとってのミューズって、そういう意味なんですね」


 聖条院女学館の生徒という最高級の餌で権力者おとこどもを釣り、真っ黒な人脈と金脈を得た。そうして、コンクールで審査員特別賞を手にしたというわけ。

 彼女たちの身も心も、モノにように踏み台にして。


 ──ゆるせない。断じて。


「まってくれ! そうだ、きみの友達の坂田には、何かを強制したことはない!」

「本当ですか?」

「そうしてくれたら嬉しいと伝えたら、自主的にやってくれたんだ!」

「それ以上の強要はしてないと?」

「ない! 本当にそれだけだ!」

「──本当に?」


 たちこめ出した嘘の匂いに呆れつつ、私は問いかける。


『これは、坂田おまえにしか頼めないことだ』


 彼の頬に、再び真実の口が開いた。


『俺が夢を叶えるためにどうしても必要なことなんだ。それでも無理なのか?』

「やめろッ!」


 自分の頬を平手打ちする勢いで、その口をふさぐけれど、こんどは額に開いた別の口が言葉を継ぐ。


『わかった、無理しなくていい。この件は他の子・・・にお願いする。おまえはもういい・・・・


 これ以上、聞く価値までもない。


「それでは、御堂先生──」


 翼刃が黒い旋風と化して一閃する。続いて、ぼとりぼとりと何かが二つ足下に落ちる音。


「あ……あァッ……!? 手がッ!? これじゃ絵がッ……」


 商売道具を失ってわななく彼の、小綺麗にセットされた茶髪を片手で鷲掴みにし、ぐいと持ち上げ絶望の表情を覗き込んで──私は微笑とともに最期わかれを告げた。


地獄に落ちろごきげんよう

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