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第91話 救出作戦


『力を貸して……と言われましても、何のことか』

 電話先の女性は、戸惑っているようだったが、凪は、気にせずに続ける。


「そちらに、ORTUS社の神崎様がお見えになっていると思います。そして、若い男性を一人同行していると思います」


『そういったことにお答えするわけには……』


「……聞いてください。その男性は、弊社の社員で、名前を瀬守と言います。本日、神崎様に拉致されて、やっと、そちらにいるというのを、瀬守から連絡を貰って知りました。このままだと、神崎様から、何をされるか解りません。また……神崎様が、略取誘拐行為を行っているのは明白ですので、このままでは、そちら様にも、ご迷惑をおかけすることになりかねません。

 弊社としては、まずは穏便に、瀬守を安全に保護したいという所です」


 電話は切られなかったが、返答は無かった。

 どうすべきか……。


 思案していると、渋滞に差し掛かる。


「……この時間帯、湾岸線からの合流は、いつも渋滞するんだよ、新橋まで、少し長引きますね」

 タクシーの運転士も、心配そうに言う。


 凪のやりとりを、全部聞いているので、事情を察してくれたのだろう。


(どうする……料亭を出られたら、ホテルに連れ込まれる。そうなったら、手を出せない……)


 その時は、達也はそのまま軟禁しておいて、神崎は何食わぬ顔で、明日のイベントに参加するのだろう。


 そのまま、海外に逃げるつもりだろうか。

(パスポートもないし……ビザや電子申請も……)


 けれど、そういうものを突破出来る伝手でもあるのだろうか。不安になりながら、電話の返信を待つ。その時間が、永遠のように長く感じた。


 この電話が繋がっている先に、達也がいるのだ。


(最悪は、興水さんが間に合ってくれれば……)

 しかし、この情報を出して、難色を示しているならば、興水が訪ねて行っても、うまく行くだろうか。


「運転士さん。この料亭って、タクシーは車寄せまで入れますか?」


「いや、あの料亭に車寄せは無いから、あの辺に黒塗りのハイヤーがずらっと並ぶんでいたね。そう言うところを、週刊誌なんかが張り込んでたりするんだよ。選挙のちょっと前とかになるとね、すごいもんだよ、黒塗りの車がずらーっと並んでね」


 ならば、そうやって、出てきたとき。その一瞬だけがチャンスだ。

 興水と、凪と。二人がかりでならば、達也を確保出来るかもしれない。


 気持ちを切り替えていた時だった。


『お待たせ致しました』

 やや、緊張した声で応答があった。先ほどの女性とは違うようだ。


「はい」


『お話しは伺いました。……わたくしは、当店の女将でございます。当店は、秘密厳守の場所でございます。けれど……犯罪の舞台に使われるわけには参りません。確かに、神崎様、瀬守様はおいでになっておりますし、神崎様は急に当店に連絡されましたので、この事実を知っている方は、当事者に限られると、わたくしどもは判断致しました』


「あっ、ありがとうございます!! ……私は、佐倉企画という会社で、瀬守の部下で働いている、水野と申します」


『水野様、よろしくお願いします。……それで、どういたしましょう』

「……今から、そちらに伺います。今、首都高速の湾岸から銀座方面合流で渋滞中です。ですから、一時間くらい、時間を稼いで頂ければ、瀬守を連れ戻します」


『……神崎様は……』

「……一応、弊社の別のものが、神崎様の会社の方に、事情を連絡しているところです。現時点では、瀬守を無事に回収するのが一番なので……」


『解りました。万が一の場合には、当店でもお手伝い致します』

「神崎様のほうは、今日は、どういうご予定でしょうか」


『ただ、軽く食事をと仰いましたから……、そうですね。海外にお出になる前に、日本料理をたっぷり楽しんでいって欲しいと、そういうご提案をして、少しでも長く、お食事を楽しんで頂けるように致しましょう。……それと、神崎様は、洋酒は強いのですけれど、日本酒は弱いご様子で、いつもは、お料理とワインを楽しまれるのですけれども……お連れ様の為に日本酒など、とそちらをお勧めしておきましょう』


「助かります」

 神崎が、どの程度、荒事が出来るか解らない。だが、素面の凪と、泥酔の神崎ならば、泥酔の神崎の方が分が悪いだろう。そう言うことも考えてくれたようだった。


「あの、それで……代金は……」

『それは神崎様にご請求しますので』


 電話の向こうで、女将がにっこりと笑ったような気がした。なんとなく、今まで、この女将は、神崎から迷惑を掛けられていたのではないかと思ったが、余計な事を聞くのはやめておいた。とりあえず、今は、女将のその言葉に感謝するしかない。


 全てがカスタマイズの世界の料亭ならば、一体、一晩の会食でどれほどの金が掛かるか解らない。


 迷惑料などといわれたら、余計にどうしようもない。その支払いが、神崎に郁というならば、凪としては心強いことこの上ない。


「ありがとうございます!! では、瀬守のことを、よろしくお願いします」


 凪は、祈るような気持ちで電話を切った。

 とりあえず、なんとかなる。


 料亭は、味方になってくれそうだった。それだけでも、かなりありがたかった。



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