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第90話 『特権階級』


 達也の位置情報を探す。こういうときのために、仕込んでおいて良かったと―――思いながら、凪は、いくらかの罪悪感を感じていた。


 達也の了承を得るという方法もあったはずだった。だが、それをしなかった。


 位置情報は新橋と銀座の中間あたりで止まった。


 正確な座標を計算するまでは、多少時間が掛かる―――と遠田が言っていたのを思い出す。


 出た座標を元にネットで検索すると、料亭だった。


(まさか、料亭に捕まってる……?)

 だとしたら、出国はしていない。まだ大丈夫だろう。


「運転士さん、済みません、状況が変わって……、新橋の、料亭にお客さんを迎えに行かなきゃならなくなりました」

「新橋って言ったら……八軒くらい料亭あるけど、どこ?」


 凪が告げた料亭名に、タクシーの運転士は「いやあ、凄いお客さんなんだねぇ」と運転士が感心したような声を出した。


「そうなんですか?」

「そうだよ、俺みたいな、流しのタクシーなんか、普通は近づけないよ。みんな、ハイヤーなんだから」


 運転士の言う『流しのタクシー』と『ハイヤー』の区別などつかなかったが、おそらく、かなり格式の高い場所であることは、理解出来た。


 そう言うところならば、突入するのは難しいだろう……。さて、どうしたものか、と思っていると、興水から電話があった。


『凪か?』

「はい。なにか、解りましたか?」


『ああ。達也から電話があった。……おそらく、自由に電話も出来ない状況で、なんとか掛けてきたんだと思う。場所は解った。新橋の料亭ということだ。しかし、どの料亭か解らないから、しらみつぶしに行くしかないな』


 興水の言葉を聞いて、凪は、ホッとした。


「興水さん。俺、場所解ります。……神崎さんの行きつけなら、新橋の外れの料亭です。俺も、現場向かいます。興水さんのほうは、空気読めない上司として……なにか、菓子折でも持って現場に向かってください。あと、藤高さんに、この件、先方に相談してください。……これは、略取誘拐事件です」


 電話越しの興水が、息を飲んだ。


『たしかに……、誘拐、だな……』

「そうなんですよ。だから、会社間の法務を通してください」


『解った……。お前は?』

「今、首都高、Bから銀座方面に向かいます。C1から銀座出口で行けるはずなので、ここから、渋滞にはまらなければ、三十分です」


 東京には―――多少の土地勘があった。だから、おおよそのルートは解る。運転士もその通りのルートを取っていた。


『わかった。とりあえず、無茶はするなよ?』

「解りました!」


 無茶をするな、とは言われたが―――今は、無理無茶のしどころだ。

 硬い表情でいた凪に「あのう」と運転士が声を掛けてきた。


「えっ? はい、なんですか?」

「なんか……トラブルに巻き込まれてる、みたいですけど……誘拐とか……って、聞こえてきたもんで」


「あっ、済みません。……詳しいことは言えませんが、俺の先輩が、仕事場から拉致されて、いまその料亭にいるって言うところまでは、解ったんですよ。なので、済みませんが、よろしくお願いします」


 運転士は、ややあってから「警察へは?」と問うので「上司が連絡して居ると思います」と答える。


「危ない感じなんですか? ……あんな料亭を使う人なんて、あんた、大分、特権階級の人でしょ」


 特権階級、という言葉に凪は苦笑する。確かに、神崎は、特権階級と言って差し支えはないだろう。なにせ、年収が、億越え。プライベートジェットも飛ばすことが出来るだろう。テレビに出演して、新聞の経済面を華々しく彩るような人だ。


「そうですね。特権階級の人です」

「だったら、無謀じゃない……? お兄さんだったら、店にも入れないよ?」


 確かに、それは運転士の言う通りだった。すくなくとも、店に入って、そして、達也を奪取するしかない。しかし、現在の凪では、店に入ることも出来ない。


「店に……問い合わせてみます!」

「へっ? ええっ? あそこは、信用第一でやっているような店なんだから、客でもない人が電話したって……」


 運転士が難色を示す中、凪は、調べた電話番号に連絡をした。


『はい、いつもお世話になっております』

 料亭名が告げられる。凪は、一つ呼吸して、「お忙しい中済みません。そちらのお店で……もしかしたら、犯罪行為が起きている可能性がありまして、ご連絡致しました」と、静かに、淡々と告げたのだった。


『はい―――……?』

 電話に出たのは、女性だったが、その女性が戸惑っているのが、よく解った。


『犯罪、ですか……』


 こういう、『秘密の場所』というのは、犯罪如きでは驚かないのだろうか……。凪は、この店に行ったことはなかったが、イメージだと、料亭というのは、食事をしている部屋と襖一枚隔てた場所に―――、お布団が敷かれているような、感じがあった。実際、どうだか解らないが……。


「はい。それで、力を貸して頂きたいんです」




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