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第85話 手荒なまね


 雑談しながらの移動を終え、会場に到着すると、会場内は様々な業者でごった返していた。


 達也たちも自分たちの仕事を淡々と進めつつ、気になる点などは、あちこちの業者とやりとりする必要があって、そのやりとりだけで、大忙しになった。


「……ヤバ……、あちこちに連絡しすぎて、充電切れそう」

 達也のスマートフォンは、充電の残量が少なくなって、スマートフォン本体から、通知が来ている。


「達也さん、モバイルバッテリーはないんですか?」

 凪が聞きながら、バックパックからモバイルバッテリーを取りだした。


「ないならどうぞ」

「でも、お前は?」


「ああ、俺は予備があるんで大丈夫です」

 モバイルバッテリーを二つも持ってきていたら重いだろうに……とは思ったが、ありがたく借りておくことにした。


「なんか、最近、充電は減るし、動作は重いし……機種変の時期なのかもしれないな」


 ため息を吐くと「ここ、人が多いから余計だと思いますよ」と言われて、納得した。確かに、大きなイベント会場などでは、バッテリーの減りが早くなることがある。


「そっか……ま、とりあえず、モバイルバッテリー借りるな。あとは……今日の帰り、コンビニで買っておくわ」


「俺の貸しますよ?」

「いや、いざというときの為に、多めに合ったほうが良いだろうと思って。もしかしたら、PCを使わないとならない事態になるかも知れないし」


 今時、コンビニでもそれなりのメーカーのモバイルバッテリーが手に入るのがありがたい。


「とりあえず、今日は借りておくな」

「ええ、使って下さい」


 凪からモバイルバッテリーを借りて、充電がスタートしたのを確認していた時、「あっ、佐倉企画の瀬守さん! ちょっと、こっち確認良いですか!」と呼ばれたので小走りに駆け寄る。


「はい、なんでしょう」

「……バックヤードの確認をお願いしたくて。一般来場者に配るノベリティの置き場と数の調整を、したのですが……」


 声を掛けてきたのは、ORTUS社の女性社員だった。広報部のIDを下げている。


 神崎がテレビ出演していたこともあって、ノベリティを増やして貰えないか、交渉したのを対応して貰ったらしい。


「あっ、一緒に伺います」

 女性と一緒にバックヤードに向かう。


 巨大な会場は、あちこちがブースとして区切られている。小さな展示を行うブース、休憩スペース、大型スクリーンを設置したメインブース、基調講演やCMに出演している芸能人がトークショーを行うブースなどがあり、壁で遮られた間に、様々な機材、配線、Wi-Fi設備、スタッフ達の通路などが設定されている。


 アイドル歌手達のコンサート会場の、メインステージからサブステージまでの間に延びる花道。あそこの下が、スタッフや出演者が通り抜けるための通路になっているのと同じだ。


 通路だけではなく、さまざまな部材も置かれている。パンフレットやノベリティの類いもそうだ。


 舞台近くの場所には、足場に似た骨組みの所に、鏡や、ティッシュペーパーのボックスが貼り付けてある。出演前に身だしなみを最終チェックするためだろう。そういう手配は達也の範疇外だったので、見ていて面白くなってくるが、気を引き締める。


「すみません、そういえば、ノベリティって、どのエリアのノベリティですか? うちの担当は、来場者特典のところとかなんですけど」


 各ブースでは専門のノベリティが配布されるはずが、そこは、部門単位で製作して居るはずだった。つまり、納品の業者も異なる。部門によっては、少しでも広告費を削減するために、印刷したものを、社員自ら、市販のOPP袋に詰めることもある。そこは、中小企業でも大企業でも変わらないようだった。


 達也の質問に、女性は答えなかった。

 通路内はうるさいので、声が通らなかったのかも知れない。


 やがてたどり着いたのは、会場の一番東側だった。大型什器の搬入が行われている場所なので、達也は門外漢のような気がしたが……。


「こちらでお待ちください。今、担当の者が参ります」

 それでは、と女性は去って行く。ひとり、トラックやフォークリストが行き交う中、ぽつんと取り残された達也は「えー……?」と声を上げてしまった。


 本当に、ここに、達也が関わるようなことがあるのだろうか。


(いや、まてよ……)

 もしかしたら、間違ってここに搬入されてしまって……荷物には担当者の名前を入れるように共通指示を出していたから……それで、『佐倉企画・瀬守』と書かれて居たのかも知れない。


 見回すと、シャッター前の所に、段ボールの山があった。そのあたりに、荷物があるのかも知れないと思い、フォークリストに注意しながら、シャッター前に向かう。


 各ホールヘ向かう荷物が、山になって積まれている。


 しかし、そこに達也に関わるような荷物は見当たらなかった。せめて誰かに聞ければ良いのだが……と思っていた達也の背後で、猛スピードでやってきた黒塗りの車が、キュキュッっとタイヤが音を鳴らして止まった。


 達也の、すぐ真後ろだった。


「えっ……っ」

 達也があっけにとられている間に、黒塗りの車から人が出て来る。


 神崎だった。


「神崎……さん?」


「あまり手荒なまねはしたくなかったけど。……君の周りのガードが固いからね。こうさせて貰ったけど、心配は要らないよ」


 神崎は、にこりと笑う。神崎が手を上げると、どこにいたのか、数名の男たちが出てきて、達也を後ろから羽交い締めにした。


「少し、時間を貰いたいんだよ。一緒に行こう」


 歪んだ笑顔を浮かべながら、笑う神崎と共に、黒塗りの車に押し込められた。後ろ手に拘束されて、手首は、縛られているし、声も上げることは出来ない。布で塞がれているのだけは解った。


 車の後部シートに悠然と座る神崎の足許に転がされ、抵抗する間もなく、車が走り去る。


(ちょっ……これは、さすがに、犯罪だろ……っ!)

 だが、声はむなしく、車は猛スピードで走り出したのだった。


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