凪から、夕食ミーティングの際の話を聞き出すことが出来ず、とりあえず、こっそり、興水にLINEを入れて、ミーティングの内容を共有して貰った。
『水野から聞けば良いのに』という興水の言葉は、ごもっともだったが、仕方がないので『こっちに来るのが遅くなって、ワタワタしてたら、聞きそびれて、うっかり寝ちゃったんだよ』と言い訳をしておいた。
今日は、設営日だ。
あちこちからの業者が入るし、物品の搬入出などがあるから、体力的に大変なので、しっかり朝食を食べてから行くことになった。
「緑山社長のお話は大丈夫だったのか?」
藤高が心配して聞いてくれたので「問題ありません。ただ、新企画のお手伝いの案件が出たので、帰社してから、企画書を纏めます」と応えておくと、「それはよかった」と手放しで喜んでくれた。
凪は自分の案件で電話が掛かってきたらしく、席を外していたので、興水に、
「なあ、この間、ラーメン屋に行ったの、凪に言ったの?」
と達也は、なんとなく確認しておく。興水の性格で、わざわざ、凪にそう言うことを言うとは思わなかったので、違和感があったからだ。
「えっ? この間……って、水野の代打やったとき?」
「そうそう」
「別に言う必要はないから、言ってないけど?」
怪訝そうに言う興水の言葉は、本当のようだった。
「ふうん……そうか」
「なんで?」
「えっ? 凪が、俺たちがラーメン屋行ったの知ってたからさ」
興水と話していたら、池田が首を突っ込んできた。
「えっ。お二人ラーメンとか食う系ですか?」
「そりゃ、ラーメンくらい食べるだろうよ」
「なんか、興水さんって、ラーメンとか、ビジュアル的に、あんまり合わない感じじゃないですか」
「あー」
なんとなく、納得した達也に対して、興水は「なんだそれ」と顔を顰めている。
「で、美味しいラーメン屋なんですか?」
「特に美味しくもまずくもない、町中華って店だったなあ」
「昭和な感じだったね。……オッサンたちが、野球中継でヤジ飛ばしてた」
興水が笑うと、「野球見ながら中華は良いなあ」と藤高が言う。
「あっ、藤高さん野球好きでしたもんね。朝比奈も好きじゃなかった?」
朝比奈に話を振ると、顔を真っ赤にして「すすすす、好きですっ!」と慌てて言う。
「えっ、朝比奈は、野球好きなんだ」
「この間、朝比奈と二人で、スポーツバーに行ったんですよ。野球見ながら、美味しいビールって、結構良かったですよ」
「へー、良いなあ」
藤高が乗り気のようだったので、「一緒に行ってきたら良いじゃないですか」と、さらっと告げてみる。朝比奈は、急なことであたふたしていたが、藤高は「今度行くときに誘ってよ」と軽く朝比奈にいう。
「俺は、野球じゃなくて、ラグビーかサッカーの時にして下さいっ! けど、藤高さんも自分で誘ったら良いじゃないですか」
池田が、口を挟んでくる。
「あー、いやさ、若い子たち、オジサンとか上司から誘われたら、嫌な思いするかなとか思うからさ……下から誘ってくれたら、行こうとは思うけど」
「そう言うところも、気を遣ってるんですねぇ」
池田が、感心したように言う。
「……だって、せっかく入ってくれた子達に、そんなつまらないことで辞めて貰いたくないしねぇ」
「つまらないこと、ですか」
「そうだよ、飲み会に誘われて、断りづらくて嫌になったとかさ、そういう話は、管理職やってると、死ぬほど聞くのよ、ねぇ、興水くん」
「仰る通りです」
神妙な顔をして、興水が肯く。
「たしかに、昭和なイメージがありますよねぇ、『いまから飲みに行くぞ!』とかっていう上司で、断れないヤツって……」
「せっかく仲間になって貰ったんだから、できるだけ一緒にいたいじゃない。だからね、割と、僕らも苦労はしてるのよ」
藤高の言葉はしみじみとしていた。
「……あの、藤高さん」
朝比奈が、おずおずと、口を開く。
「ん、どうしたの、朝比奈」
「本当に、今シーズン中に……なんなら、この仕事おわったら、一緒にスポーツバーか野球観戦に行きましょう! 社内に、野球の話出来る人増えるの嬉しいですし!」
「おっ、嬉しいな。じゃあ、本当に、誘ってね」
「はいっ!」
朝比奈と藤高が、野球観戦デートをこぎ着けるのを、微笑ましい気持ちで見守る。朝比奈の顔は、真っ赤だったが、きらきらして見えた。直向きな朝比奈の姿が、達也には眩しい。恋に、一生懸命になることが出来る朝比奈が、うらやましかった。
(朝比奈と比べたら……俺は、かなりこじらせてるんだろうなあ)
そう思うと、いくらか情けない気分になる。
昨日も、そうだ――。
素直に、『平気じゃ、なかった。モヤモヤした』と告げることは出来なかった。告げて、どうなるのか、解らなくて、怖い。
怖い―――。
変わることも、怖い。今のままでいれば、ただただ、達也は、与えられる甘さを享受していれば良い。けれど、そうではなくなったら、どうなるか解らなくて怖い。
もう、傷つきたくない。だから、逃げ回っている。それで良いのかどうか、解らない。良くはないと思っている。けれど――どうして良いのか解らなかった。
『俺だけ頼って』
と切々と訴えて来た凪の言葉を、まだ、受け入れることが出来ない。その、覚悟がなかった。