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第82話 癇癪


 結局、達也が移動出来たのは定時過ぎだった。


 特急のチケットを確保して、駅で待っていると、「あれ、瀬守さんじゃないですか」と声を掛けられた。


 振り返ると、そこにいたのは、遠田だった。妙な偶然もあるものだ、と達也は出張前に、なんとなく気分が下がるのを感じていた。遠田は、達也にとって、あまり、会いたくない類いの人間だった。


「あ、遠田さん」

「……電車って、こっち方面でした?」


 遠田は、達也の自宅を知っているのか、そんなことを聞いてきた。


「今から出張なんですよ。……だから、大荷物です」

 大荷物、といっても、大型のトートバッグ一つで済む。着替えとノートPCくらいしか入っていない。


「そうなんですか」

 ふうん、と別に興味がなさそうな顔をして、遠田が言う。


「遠田さんこそ、会社は、この辺じゃないでしょ。わざわざ、この辺に来たんですか?」


「まあ……、凪を呑みに誘おうとして、振られました。まあ、つい最近、一緒に飲んだばかりだから、良いんですけど」


 え、と達也の胸がドキリと跳ねる。

 最近。凪が、合っていた『友達』とは、遠田だったのだろうか―――? だとしたら、なぜ、素直に『遠田と飲みに行く』と言わなかったのだろうと考えて、そんなことを、凪が達也に言わなければならない、理由など一つもないということに気が付いた。


(そうだな、別に、恋人でも何でもないんだし……)

 最近、こんなことばかり考えて居ることに、いい加減、嫌気が差してくる。


「凪とあってるんだ」


「……瀬守さん、凪から聞いてないんですか?」

 遠田は、意外そうな顔をして、達也を見ている。目を丸くして、鳩みたいに、ぱちくりとさせていた。


「何でもかんでも話すわけじゃないだろ」

「まあ……そうですよね」


「あ、そろそろ、特急来るから」

「ああ、お気を付けて行ってらっしゃい」

 遠田に挨拶されて、達也は驚く。


「行ってらっしゃいって……、最近中々言われないからびっくりしたよ」


「ふうん? そうなんですか? 出張行く人に声を掛けるのは、当たり前だと思ってたんですけど」

 遠田は首を捻っている。達也は、「じゃ」と手を軽く上げてその場をあとにした。


 ホームの自動販売機で、飲み物を買って、丁度到着した特急に乗り込む。定時を過ぎた特急は、何故か賑やかだ。商談の出張帰りらしいサラリーマンの一行が、皆でビールを開けて盛り上がっている。


 その前の席では、コンサートのために移動するらしい女の子たちが、お互いの応援グッズを見せ合って、盛り上がっている。この路線には外国人観光客は少ないが、今日は偶然乗車していて、自分の家族とチャットをして居る。達也には聞き取れない言語だった。


(これは……ノイキャンが付いてないと、カオス過ぎてしんどいな)

 座席に座って、達也は、ため息を吐く。イヤホンをセットし終えた頃、特急が動き出す。


 チームのLINEに、メッセージを入れた。



『お客さんとのミーティングが終わって、今、特急に乗りました。

 二時間半くらいで到着する予定です。

 夕食のミーティング予定だったのに、参加出来ず済みません。

 あとで、ミーティング内容は共有して下さい』


 程なくして、返信があった。


『了解。

 こちらは、夕食のミーティング中。内容は、あとで凪から聞いて下さい。

 ホテルについたら、凪に連絡をよろしくお願いします。』


 藤高からだった。了解した旨、連絡をして、達也は一息ついて、飲み物を飲み始める。


 缶入りの甘い紅茶だった。


 電車内は、あちこちから食べ物の匂いがしてくる。弁当を開けている人もいれば、ビールを開けている人たちは、つまみを開けているらしく、さきいかと柿の種の匂いが漂ってきて、達也までお腹が空いてくる。


 そういえば、今日の夕食は、ミーティングを兼ねて皆で食事に行くという予定だったので、ホテルに入るまでの間に、食事は済ませておく必要があるだろう。


 最寄り駅では、コンビニくらいはあったが、この時間になると、品薄になるのは日々の生活で知っている。


(乗り換えの時に、どこかで食べて行くか……)

 乗換駅の時刻を確認すると、だいたい、電車待ちの時間が三十分ほどある。駅ナカで何かを食べる余裕くらいはあるだろう。


 それまでは、概ねヒマだ。寝てしまおうと思って目を閉じたとき、不意に、遠田を思い出した。凪と、一緒に食事に行っていた。凪は、それを隠していた。別に、隠してもいい……とは思う。達也には、何を言う権利もないだろう……。


(なんで、モヤモヤ、するかな……)

 達也は、少し考える。


 凪が、達也に隠したから。だからモヤモヤする。それは解る。じゃあ、なぜ、隠されて、モヤモヤした? 隠し事をしないというルールは、二人の間にはない。だが、暗黙の了解的に、凪が、達也以外の誰かと会うことはない、と思っていた……?


 凪は、いつも、達也を最優先してくれていた。だから、その『いつも』が、ずっと続くと思っていた。


 けれど、良く考えて見たら、『ずっと』続く事などあり得ない。

 何も、二人の間に約束はないのだから……。


(なんか、他のヤツと会うのはイヤとか……、ガキみたいだな)

 小学校の頃、そんなことを言っていた女の子がいたのを思い出した。



『××ちゃんは、私以外の子と遊んじゃ駄目なんだから!』



 そう考えたら、おかしくなった。これでは、子供の癇癪だと思ったからだった。




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